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寒空に暖かな思い出  作者: 織田 智
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わたしとサム

 真新しい家、新しい家族。この家でこんなにも長い間生活するようになるなんてあの時は想像もしていなかった。

 わたしはハードディスクにしまわれた数ある写真の内から一枚に目を留めた。そこには真新しい家にお似合いの、真新しい薄ピンクのワンピースを着て、同じく新しい家族と一緒にいるサムが映っていた。

 最初の写真の中のわたしは彼女よりずっと背が高くて、真っ白でつるりとしたロボット本来の姿をしていた。

 わたしが新しく家族となったその日に、すぐにサムの新しい友だちにもなった。


 彼女は母親の黒いワンピースをわたしに着せてくれた。あれから毎年新しい黒のワンピースをわたしに買っては着付けてくれる。


 わたしはサムに何でもしてあげた。それが喜びで、生きているということだとインプットされているからだ。


 サムは五歳。わたしは一歳。


 彼女が好きな色はピンク。だから六歳の誕生日にはその色のケーキを作った。あの時の写真もここへ大切に保管してある。

 いつだってお姫様のような長い髪を綺麗に結うのが大好きだった。七歳の誕生日の三つ編みはわたしがしてあげた。

 サムはお喋りも大好きで、八歳の誕生日には部屋に張ったテントの中で、初めて十二時を過ぎても起きていた。その後サムは少しも経たない間に朝まで眠ってしまったけれど、沢山の話をわたしにしてくれた。


 サムはわたしを“シモーン”と呼ぶ。

 当時宇宙人が登場する本に憧れを抱いていた彼女が初めて検索した言葉が“Si”——ケイ素だった。シリコニーのそれになぞらえてわたしに“Simone”と名付けてくれた。その名前をとても大切にした。


 サムが高校に入る時にはスクールカラーの青いリボンを髪に結んであげた。その辺りからサムに「ありがとう、シモーン」と彼女に言われると、回路のパルスが少し乱れるエラーが見られたのを記憶している。

 サムの両親が事故で亡くなった時も「私にはシモーンがいるから寂しくない」と強がって言ってくれた。そんな彼女もやがてビルと結婚して、レベッカが生まれた。

 十六年と二カ月前のある日、どこでもハイハイして動き回るレベッカがわたしにぶつかって大泣きした時があった。ケガこそしなかったがサムはわたしにステーションへ戻るよう命令して、わたしも危険を回避するように努めた。

 その日から作業をする時間は、できるだけ家族がいない間に限るようアップデートされた。


 サムと顔をまともに合わせなくなって、何かを失ったような不快な現象が時々現れる。


 わたしがこの家に来て二十年経った頃、わたしの体に異変が起こり始めた。突如体が動かなくなったり、記憶が曖昧になったりと、生活に支障をきたしたのだ。家族はわたしを修理に持っていき、悪い部分を交換してくれた。

 わたしのようなものは通常二十年経てば新しいものに買い替えられてしまうようで、当時販売されたシリーズで現役として活躍しているのは、この四十年でほんの数体にまでなってしまったらしい。ユーザーへのサービス向上のためクラウド上で交わされる情報は日に日に新しい世代のものへと更新されていく。


 わたしの同期シリーズが殆どすべて廃棄処分されて、交換パーツも手に入りにくい中サムはどこからかそれらを手に入れて、何度も何度もわたしを直してくれた。当時購入した額の何倍もの値段をつぎ込んでくれていることは、想像するに難くない。しかしいつまでもそんなことが続けられるはずもなく、とうとう肝心のパーツが手に入らないという宣告をされたのが一年と百五十日前のことだった。


 わたしは壊れてしまう前に友だちであり、家族であるサムの顔を焼き付けるように何度も何度も生きているメモリーの中から彼女を引き出す。もう思い出せない場面もたくさんあるのかも知れないが、どんなことを忘れているのかさえ分からない。

 メモリーは思い出でいっぱいになってしまって、新しいことがもう入りそうにない。


 サム、サム、サム。


 サムの幸せそうな顔をみると周波数が乱れるこのエラー。この現象を解き明かすことは出来なさそうだ。

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