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寒空に暖かな思い出  作者: 織田 智
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わたしの使命

 しとしと窓の外で雨が降って、側の木の枝に留まった小鳥は体を震わせてしきりに水を払っている。昨日は小春日和だと受信した情報では言われていたのに、今日はまた真冬に逆戻りだ。

 時刻は五時七分。室温は十二度で外気は三度。暖房を点けなくては寒くて体が上手く動かせない。ひとつの所作をするのでさえも関節がぎしぎしと軋み、スムーズに動けない不都合が生じて何ともならない。

 これが老いというものか……と改めて感じるも、それでもなお無理に体を起こし暖房の電源を入れる。


 わたしはシモーン。この家と四十年過ごした汎用型ヒト型AIロボット。家族の為に家事を担うと共に、家族のよき友達になるように作られた存在。

 

 今では枕元に置かれた端末ひとつで室温、湿度共に最良の状態に保たれるものが一般的になっているようだが、わたしが部屋を暖めるには従来の通り自分で起きあがり、壁に添えられたリモコンのスイッチを押さなければならない。現在流布(るふ)しているような最新型IoTという技術をわたしに導入する余裕は無い。


 暖房の電源を入れてから間もなく暖かい風が吹き出して、部屋の中の温度が一度、また一度と上昇していくのが分かる。部屋が生活するのに適度な温度になるにつれて、わたしの体の軋みも緩和されていく。関節部分がスムーズに動くようになり、先ほどまで動作の度に起こっていた金属音も殆ど無くなった。どうやら人間はひどくこの音を嫌うようで、わたしの整備項目にも“不快な音”というものが設けられているようだ。


 さあ、体が動くようになれば朝食作りだ。

 ——ええと……昨日は何を作ったかな。


 ああ——老朽化のせいで記憶まで曖昧になってきている。昨日の朝は何を作ったのか……いや、昨日の朝食はおろか夕食すら何を作ったのか上手く思い出せない。たった十二時間前の出来事なのにぽっかりと記憶が抜け落ちてしまっている。


 でも分からないものは仕方がない。昨日の事を思い出すことを諦めて、朝食を作ることにする。レシピは沢覚えているので、問題なく給仕をすることが出来る。

 今朝作るのはレシピナンバー九十二番、アランチーニとロケットサラダ。そこに春摘みのダージリンの茶葉をポットにセットして、いつでもお湯を入れられるように用意しておく。シルバーチップが多めの良い茶葉だ。カトラリーも綺麗に磨いて、茶器は英国老舗のワイルドストロベリー。これだけでテーブルの華やかさが何倍にも増す。


 朝食のセットアップが終わると、少しばかり疲れてしまった。人間はバッテリーが少なくなった状態のことを“疲れた”と表現するので、わたしも疲れているのだ。なので部屋の一角にあるわたしの専用席——そこに寄りかかり大切にしまってある古いフォルダから写真が入ったものを探す。

 だがその写真がなかなか見つからない。何せわたしがこの家に来てからもう四十年も経ったのだ。ほぼ毎日家族との写真を撮ったせいで膨大な数になっているということは、(まご)うことなき事実だ。四分と十五秒ロードしてアルバムを見つけたが、いくつかの写真は見られる状態にないことにも気づいた。

 ああ、やはり別の媒体にバックアップを取っておくべきだったと思うも後の祭りだ。もうそれらの写真は復元できそうにない。


 酷く破損している写真も一部あるものの、もちろん見られる写真も数多い。わたしは古い写真から順にページをめくってこの四十年間を思い返した。


 そうこうしているうちに二階で微かな物音がしたので、作りかけの食事を暖めてから綺麗に皿に盛りつけた。飲み物をテーブルに添えるのも忘れない。


 てきぱきと用意を済ませてから、わたしは写真を見るために元の場所にへと戻っていく。

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