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公爵家の“癒し”募集

 ふらふらとしながら向かったのは家のある森へ向かう方の門ではなく、反対側の門だった。門を出て、いくつもの町や村を経由して数日してようやくたどり着いたのは、公爵領の領都ケイラーだ。


 そう、メイリーは公爵家のペット探しを受けるつもりなのだ。店員の話を聞いてるとき、メイリーはふと思った。


(人間が受けても大丈夫かな?)


 公爵家が求めているのは癒やしであって、植物やマンドラゴラのような魔法生物まで受けているのだ。人間が受けてもいいのではないだろうか?

 それに、ペットというのは養われてただ可愛がられるだけで癒やしを提供できるという夢のような存在。公爵家のペットともなれば、まさに夢のような生活が送れるのではなかろうか。


 そう思ったら、名案に思えてきたメイリー。思いたったが吉日とばかりにそのままなんの準備もせず、領都へと来たのだった。


 馬鹿か、メイリー。

 本気か、メイリー。

 諦めろ、メイリー。


 さて、問題の公爵邸だが、このまま見つからなければよかったのだが、意外とすぐに見つかった。見つけてしまった。色々な生き物を連れた人たちが大きな屋敷の前に列を成していたのだ。


 迷いなく最後尾に並ぶ。なんにも持っているように見えないフードを目深に被ったどう見ても怪しいメイリーに、人々は胡乱げな目を向ける。が、メイリーは気づかない。鈍いのだ。敵意には敏感なくせに。こういう目には全くと言っていいほど気づかない。


 そのまま並び続け、ついにメイリーの番になる。ちなみにもうフードは被っていない。フードを被ったまま屋敷に入ろうとしたら、門番に止められたからだ。お陰でさっきとは別の意味で目立っている。


 扉が開けられ中に入ると、執務室であろうそこはとても広く、奥に重厚感のある高級そうなデスクとイスが置かれ、そこに深く腰掛けている青年が1人。


 この青年が公爵なのだろうと目星をつけたメイリーは、青年をじっくりと観察する。観察されていることに気づいた公爵の金の瞳が、メイリーを鋭く射貫き、そして驚いたように少し目を見開いた。が、そんなことメイリーには関係ない。自分をちゃんと養ってくれる人かどうかの方が、今は大事なのだ。


「……あの、何も持ってないようですけど」


 公爵の机の少し前に立っていた執事の青年がメイリーに声をかける。が、やはり観察を続けるメイリー。執事は主人へ振り返るが、そちらも固まっていた。


「あの……ラディオル様?」


 声をかけるが反応はない。困ったように顔を行ったり来たりさせる。


 時間だけが過ぎていく中、扉が勢いよく開くかれた。


「おい!!たかが1つの“癒し”とやらを見るのにどれだけ時間かけてんだ!!」


 入ってきたのは、騎士服を着崩している橙の髪の男だ。どうやらいつまで経っても進まないため、しびれを切らして入ってきたらしい。


「バール!!いいところに!!」

「あ?どうしたんだよ」

「それが……二人とも全く動かなくて」

「ラディオル様も?」

「ええ。いくら話しかけても二人とも瞬き1つしなくて……」


 と、その時、メイリーがようやく動いた。


「うん、この人ならいいか」


 ぽつりと呟いたそれは執事と騎士の会話にかき消されたが、何か言ったことは二人も気づいた。


「あ、動いた」


 1人頷くメイリーに二人が近づく。


「なあ」

「ん?私に話しかけてる?」

「お前、何か持ってきて無ぇの?」

「バール!!わざわざ来てくださった方になんて言い方を!!」

「別にいいだろ、そんなこと。それよりも、早く出してくんねぇと、後ろがつっかえちまってんだよ。で、何持ってきたんだ?」

「私」

「は?俺が言ってんのは、募集してる“癒し”だぞ?」

「?だから、私」

「……お前、何言ってんのか分かってんのか」

「当たり前」


 メイリーは胸を張って言った。別に偉そうにできることでもないのに。


「ええっと、何故自分を……?」

「ペット募集だって言うから、いけるかなって来てみた」

「いやいやいや、もしかしたら何もないだろう」

「何故?私、調合できる。癒しグッズも色々作れるのに」

「だからといって、自らペットになる必要はないでしょう」

「私の夢、誰かに養われること。ペットは最適」


 ふんすと息を吐くメイリーは、ドヤ顔だ。


「つまり、俺に飼われたいと?」


 ずっと固まっていた公爵が言葉を発する。その声は何処か震えているように感じる。


「ん」


 コクリとメイリーが頷くと、ふらりと公爵が立ち上がった。


 ちなみに、他二人は『何言ってんだコイツ』というような目でメイリーを見ている。当たり前だ。


「何時から屋敷に移れる?」


 公爵の言葉に思わずギョッとする執事と騎士。


「今すぐでも大丈夫」


 しかし、やはりそんなことメイリーからすれば知ったっこっちゃない。普通に返す。


「いやいやいやいや、ラディオル様何言ってんだよ?正気か?」

「バール!!敬語を使え!!」


 騎士は思わず公爵に話しかける。執事も注意しときながら、その本心は騎士と同じだ。


「ユースは彼女の部屋の用意を、バールは来ている人を帰して募集を終了しろ」

「……本気ですか?」

「本気だ」


 公爵を問ただそうとする騎士を制し、執事は主へと問いかける。しかし、返ってきたのは真面目な声音ではっきりとした肯定だった。


「……分かりました。今すぐ用意してきます」

「おい!!」


 静かに頭を下げる執事に、騎士が突っかかろうとするが、二人の本気を感じ取って口を噤んだ。


「……分ぁったよ。今すぐ終了の知らせを出してくる」


 そして、それぞれが己が主の願いを叶えるため部屋を出ようとすると、その主から声をかけられる。


「ああ、そうだ。ユース、用意するのは翡翠の間で頼む」

「……本気ですか?」

「ああ」


 執事は驚きのあまり、思わず先程と同じことを聞いてしまうが、公爵は気にした風もなく答える。それに少し複雑そうな顔をした執事だったが、隣で首を傾げている騎士を引き連れ部屋を出た。







「なあ、翡翠の間って何処だ?」


 バールことバルリウスは、前を歩く執事のユースに問いかけた。


「翡翠の間というのは、代々の公爵家の奥方様つまり公爵夫人が使っている部屋のことだよ」

「あん?それって白百合の間って名じゃなかったか?」

「白百合の間というのは別称で、本当は翡翠の間と言うんだ。数代前の公爵夫人が大層な百合好きでね。部屋から見える手前の庭園の全てを百合へと変えてしまって、おかげで夏頃になると翡翠の間の窓からは見事な百合の花々が見えることから、白百合の間と呼ばれるようになったんだ」

「あ?てことはラディオル様、あいつを嫁にするつもりか!?」

「恐らくだが……」

「はあ!?番はどうすんだよ!?諦めんのか!?」

「いや、もしかしたら一生独身のつもりかもしれない。屋敷で一番綺麗に庭園が見渡せるのはあの部屋だから、綺麗な庭を見せてやりたいだけかもしれない」

「そ、そうだよな!!いやー、焦ったぜ。ラディオル様が犯罪に手を染めたらどうしようかと」

「馬鹿なことを言うな。ラディオル様がそんなことするわけ無いだろう」

「いや、だが、アイツどう見たって14歳、頑張っても16歳くらいにしか見えないぞ?10歳以上年が離れてるなんて犯罪でしか無ぇ……」

「…………」


 バルリウスの言葉に返す言葉がなく、ユースは沈黙する。


 二人は、メイリーが番だとは全く微塵も思っていなかった。見た目が幼いからというのもあるが、公爵の態度がいつもとあまり変わらないように思えたからだ。実際は珍しく驚いた表情をしたりいくら呼んでも固まって反応しなかったりとおかしなところはいくつかあったのだが、普通はいきなり抱きしめたりプロポーズしたりする者が多いため、それに比べ些細な公爵の変化には二人は気が付かなかった。

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