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Realizeー始まりの記憶ー  作者: 神木ひかり
3/29

【3】終止符

少年は、気づいた。周囲に潜んだ自分への視線に。自分を囲むようにして数人がそこに並んでいることが感じ取れたのだ。予想はつくが一応警戒をまわす。


「誰だッ!?」


気配的に、突破できる隙がないほどに綺麗に道を塞がれているようだった。全員が、大がらな気配を持って少年を見ているのに対し小さな身体は震えることをしなかった。


「やぁ、久しぶり。僕の可愛い奴隷くん」


その正面から出てきたのは青年に近い容姿をした青髪の男。黄色の瞳が闇に映える。それには物欲の意志、少年への強い執着が垣間見える、そんな男だった。


「僕のお気に入りの1人の君をそう簡単に手放すわけないじゃないか?君ともう1人の親友くんさえ居れば労働は効率的に上手く回る。だから、絶対に君を手放さない」


そう、彼こそが城の支配者、ダリウス・グーデンハイムだった。最凶の管理者であり、少年たちの悪夢の元凶である男。少年の身体を舐めるかのように観察して、満足そうに頷く彼は話を進めて手を前に出した。


「さぁ、帰ろう。1人馬鹿な人間はいたが、僕は君を傷つけたくないんだ。君は僕の大切な手足となるんだから」


薄らと貼り付けたような笑みが、少年を闇へと引き戻す。彼は、本物だった。


「探す手間が省けた……」


しかし、少年は至って冷静だった。コイツを殺せば、何もかも壊れて自由を手にすることが出来る。現実は味方してくれなかったが、自分の力だけでも助けることができるのではないか?思考は冷静を通り越して虚無へと達する。


少年の中で何かが壊れる音がした。


相対するハイムは、今までにいた誰よりも圧倒的な存在感があった。恐怖は、じわりじわりと身体を蝕んでいく。さっきまでの彼だったらそれに耐えきれていただろうか。だが、彼はその恐怖感を一切感じていなかった。


死ほどの苦しみを僕たちに味あわせてきたコイツらの存在とは何なのだろうか。僕たちは、十分苦しんだ。この鎖に繋がれた手足を何度となく呪ったし、身体に刻まれた切創痕、裂創痕、挫創痕はもう癒える事はないだろう。

眩い世界とは裏腹に存在する、何のために生まれてきたのか。全てに見捨てられて否定され続けた僕が、人を1人殺した程度でバチは当たらないはずなのだ。僕たちを何度も殺してきたコイツに制裁を降すことも悪くないのではないか。僕自身がコイツを殺せれば全てが終わるのだから。


死の意味。


それがハイムへの殺意へと変わった。少年の瞳に光はなかった。ただただ、殺す意思。


「無駄な足掻きだよ、少年」


少年は、低く前に前に突進して行った。ナイフを強く握り直して、ハイムとの距離を一気に縮める。


「終止符は打たれる。僕は、お前に屈しない」


少年は、男の心臓を狙った。流れるように男の懐に潜り込み、刃を突き出すのだった。


「死ねッ!!」


刃は、そのままハイムの身体にめり込んで胸部を突き刺した。その感触は確かに、そこに存在していた。


「ハァハァハァ」


ずっと、苦しんでいた。その元凶である男を今この手で殺った。呼吸が荒々しくなって、笑いが込み上げてくる。これで僕たちは解放される。だが、その笑いが喜びへと変わることはなかった。何かが引っかかったから。


そして、一瞬の緩みが仇となる。

次の瞬間、腿に強い痛みが走った。ガクリと膝をついて自分の腿を見るとナイフがグッサリと刺さっていて自分の血がダラダラと流れ落ちている。痛みで顔を顰めた。しかし、相手は待ってくれなかった。


生きているのだ。ナイフはちゃんとその胸を、その心臓を貫いたはずなのに。


ニヤリと笑ったその笑み。全身の毛が逆だって悪寒が走る。この男は、死んでいない。ハイムの足が少年の腹部を蹴り飛ばした。


「グッ……ハッ!!!」


身体が悲鳴を上げ、痛みが全身を襲う。後方に飛んで、そのまま木に身体を強打し、少年はそのままずり落ちる。意識が朦朧とした。ぐらんぐらんと揺れる自分に喝を入れ、精一杯に意識を保つ。自分の腿に刺さった刃を抜き取って男から視線を外さない。


「やっぱり、このくらいでは死なないねぇ。それでこそ、僕のお気に入りだ。でも面倒くさくなってきたというのも事実。今度は容赦しないよ?自分から、来てくれると楽でいいんだけど君は、そう簡単にはさせてくれないだろ?君の身体は、大事な道具なんだからさっ」

「僕は、まだ生きている……」


何故か、ハイムは死なないらしい。刃を突きつけても余裕の笑みだ。

辺りが明るくなってくる。僕たちの夜明けも近いのだ。絶対にコイツを殺して、置いてきた皆を助け出す。それが、今自分を立たしている唯一の信念なのだった。今まで道具として扱われてきて生きる意味を見失っていた。だが、外には広い世界が待っていた。そして、僕たちは生きていいんだなって思えた。決断した。絶対に生き抜く、と。


「まぁ、いいか。新しい、深い深い絶対消えない傷痕を残されれば君も自分の道を見失わなくてすむかもしれないもんねぇ。それはそれで面白い。君という存在を所有しているのは僕であり僕の印が付けられる」


男は、狂気的に笑った。そして、少年は彼の裏にあった本当の脅威を理解した。

それが残すものとは、絶望であった。

彼は、余裕なのである。ハイムの力は計り知れない。そして、周囲にいた人間のことを僕は呑気に忘れていた。彼らは僕をずっと監視し、逃げられないように囲んでいたのに。殺せると思った一時の自分がなんでそんなことを考えられたのか理解し難いものだった。それと同時に、今この状況で勝てるとは思えなかった。身体能力がどうのとかのレベルではないということを悟ったのだ。


だから、覚悟を決めた。


死ぬのは嫌だ。戻るのも嫌だ。だが、仲間を助けることが出来ないのが1番嫌だ。それが少年の選択となる。


多分現世はここで、1度途切れるだろう。つまらない人生だったと思う。人生を語れと言われたら、自分は労働の2文字しか残らないんだろうなって。だけど、大事な仲間ができて友達ができて親友ができた。そして、彼らが僕の中では大切な人たちとなった。我ながら、自分でも自己犠牲なんて馬鹿げた話だと思う。何、格好つけているんだろうと笑えてくる。

だけど、今自分がここで踏ん張らなければ残された皆はその一生を地獄で過ごさなければならなくなるのだ。それも、死んだ方がいいんじゃないかって思えるほどに強く後悔しながらその命を終えるのだろう。そんな道を彼らには辿って欲しくなかった。何もせずに自分が今ここで死ぬ、または戻るということになれば彼らの全ての努力が無駄となる。

それに僕は、仕方がなかったとしてもたくさんの人を傷つけた。それを物語っているのがこのナイフなのだから。たくさんの血は彼らの憎悪を映すかのようにまとわりついている。こんな罪人が何食わぬ顔で戻れるわけがない。

だから、ここで自分の全力を持って、目の前にいるダリウス・グーデンハイムという男をみちずれに殺してやる。どんな手段になろうとも。絶対に。


少年は、立ち上がった。ハイムの片手にナイフが三本握られている。


「終わりにしよう。ダリウス・グーデンハイム」


彼の名前を始めてフルネームで呼んだ。辺りはもう明るくなって街の人々が自分を探す声がより大きく聞こえる。


「ライト、僕は嬉しいよ。君に自分の名を覚えていて貰えるなんてね。そして君の命は僕のものだ。絶対に離したりなんてしない。大丈夫、君は殺さないよ」


走り出した。真っ直ぐ目の前の男を見て。

男の手から1本のナイフが飛んでくる。それが空を突っ切って少年を突き刺そうとばかりに襲った。自分のでそれを弾き返して、ライトは体勢を崩さない。だが、2本目を避けることは難しかった。彼の動きは速いのだ。少年の動きも決して遅くはないのにそれを上回るスピードを有する。そのナイフは少年の脇腹を貫通し、肉を抉りとった。

痛みは慣れだ、苦しさは耐えろ。自己を保ってアイツを討て。

少年は、自分の持っていた1本のナイフをハイムに投げつけた。


「血迷ったか、少年?」


それを簡単に、払い落としたハイム。明るい空がそれをより鮮明に映して音も、匂いも、景色も、全てを最初で最後のものとしてその目に留めるのだ。ハイムとの距離、わずか数センチまで来たところで彼のナイフが胸に突き刺さった。熱い、痛い、辛い。だが、少年は片方の手をポケットの中に突っ込んだ。


「馬鹿な小細工はやめておけ」


1番の親友、グリアにもらったもう1本のナイフをそこから少年は引き抜いたのだ。少年が城を脱する前、彼はこう言って僕にこれを渡した。


「絶対に、自由になろう。生きてちゃダメな人間なんているはずない。皆で絶対に世界を見に行こう」


だから、その言葉を裏切らないためにも。間接的にでもそれを達成するために、僕は刃を振るうのだ。明らかにハイムは、少し動揺した。それをつく!


「ッ!!!?」


刃は、ハイムの腹部に強く突き刺さった。さっきよりも何倍もの強さでその刃は彼の肉を抉った。しかし、それと同時に口から何かが吹きこぼれた。鉄の味の赤い塊。熱くて、痛くて、でもよく分からないこの感覚。だが、意識は遠のいていって、視界を暗くしていく。自分の腹部に手を当てた。何か固いものが自分の腹を突き刺していた。赤黒いその鋭い刃に少年の血がドバドバと落ちていく。少年は、確かにハイムに刃を突き刺した。


だが、それだけではなかったのだ。

背後から少年の腹部に貫通した刃があった。


死ぬ。その一言が脳内に浮かんだ。死にたくないと思ってもそれを身体は許さないのだ。中にぶらりと垂れ下がった足が地に着くことはもうなかった。


だが、アイツは殺せただろうか……現実が味方をしてくれなくても僕は1人で出来ただろうか……


現世は、悲劇だった。だが、ここで僕が終わらせる。皆の明るい未来がありますように。

そして、願わくば来世は楽しく明るい人生を謳歌出来ますように。

命が途切れる瞬間まで、少年は精一杯意識を保った。死ぬ寸前はやはり、生きていたいものだ。この世界に別れを告げるのはとても辛い。だけど、最後の最後で殺せたのは唯一の救いだった。だが意識がなくなる瞬間、その目の前にはハイムの笑みがベトりと残り、ライトは真っ暗な闇へと堕ちていった。




「あら、すみません。殺してしまいました。主が死んでしまうと懸賞が取り下げられてしまうと思いまして。咄嗟にその少年を刺してしまったのです」


若い女の声。黒の帽子を深く被っていてその表情は見えないが、漆黒のワンピースを纏っている。スラリとした長い足、その肌は絹のように白く透き通っていてそれはそれは、青ざめていた。真っ黒の黒髪がストンと落ちていて、片方の手には赤黒い鋭い剣が握られている。そして、その剣先は少年の腹部を見事に貫いているのだった。ハイムは、ナイフを彼女に向けた。


「ありえない。ありえない。ありえない。ありえない。ありえない。ありえない。ありえない。お前ッ!僕のお気に入りのそれを壊すなんて……殺してしまいましたじゃ済まねぇんだよォ!どうしてくれるんだ!?」


その光景が理解できないとでも言うようにハイムは女を強い眼差しで睨んだ。血走る瞳が、彼女を今にも殺さんとする。

だが、彼女はニタリと笑みを浮かべていた。


「僕の道具を壊すなんて……ぁぁ、そうだ。君が僕の新しい道具になってくれるのかい?そうだ、そうだよ。アハハハハ」


絶叫したあと、ピタリと止んだそれは彼女への新しい好奇心へと移り変わる。少年を囲むようにしていた男女がその影から姿を現してハイムの背後についた。手を上げていたハイムはゆっくりと前にそれを下ろす。と同時に背後の男女が前に出た。


「さぁ、選べ。僕の新しい道具となるか。それともここで死ぬか。罪は君が考えているよりもずっとずっと重いものなんだよ?断罪は絶対。つまりは、破壊者となった者に制裁を」


しかし、女が言った次の一言にハイムは驚嘆し高らかに笑った。なぜかそこでハイムは指を鳴らして話を始める。


そして、女は抜け殻となる少年を興味深く眺めているのだった。

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