宝石配送の殺意
【問題】
A国にいる人が、B国にいる人に対して、宝石を渡したいと考えています。
しかし、A国は治安が悪く、南京錠を掛けた箱でないと、配送の途中に中身の物品が盗まれてしまいます。
南京錠をかければ、安全に配送はできますが、今度は鍵をどう送るかが問題となります。鍵自体も南京錠を掛けた箱に入れないと、配送の途中に盗まれてしまうからです。
どのようにすれば無事宝石を渡すことができるでしょうか。
ただし、南京錠自体はどこでも買えますが、1つの南京錠に対応する鍵はその南京錠とセットで売られている1つのみであり、箱には何重にも南京錠を掛けることができるものとします。
(とある国際電話)
B国の刑事:
もしもし。例の事件について相談したいんですが、今お時間大丈夫ですか?
A国の刑事:
大丈夫です。「例の事件」というと、被害者がサーシャの殺人事件ですね?
B国の刑事:
そうです。私の国でサーシャが殺された事件です。
まず、サーシャの司法解剖の結果を報告させてください。サーシャの死因は、やはり肺炭疽でした。
A国の刑事:
肺炭疽……というと、サーシャが死亡する4日前に配送で受け取った宝石が原因ということですね。
B国の刑事:
そうです。サーシャは死亡する4日前の3月10日、家を訪れた配送業者から宝石の入った箱を受け取っています。玄関口で受け取っているところを、彼女の新婚の夫が見ているのです。
そして、その箱を自室で開けて以来、サーシャは急激に体調を崩しました。
我々B国の警察で調べたところ、箱の中には宝石と一緒に炭疽菌が入っていたことが判明しています。
A国刑事:
まさか生物兵器が殺人の道具に使われるとは驚きですね。事実は小説よりも奇なりです。
B国刑事:
そうですね。
ところで、A国の警察に頼んでいたことの調査は終わっているでしょうか。サーシャは学生時代、A国のR大学に留学していました。ですので、R大学の関係者でサーシャに恨みを持ち、かつ、炭疽菌を入手できそうな人間の洗い出しを頼んでいたのですが。
A国刑事:
もちろん調査は完了しています。
B国刑事:
さすがです。A国の警察は優秀ですね。
A国刑事:
お褒めの言葉、ありがたく頂戴します。
調査の結果、条件に当てはまる人間が見つかりました。R大学でサーシャの同級生だったフローラです。
フローラはサーシャとかなり折り合いが悪く、R大学在学中、サーシャに脅迫文を送ったとして、一度書類送検もされています。
B国刑事:
フローラは炭疽菌を入手できそうなのですか?
A国刑事:
事件の直前、R大学の某教授の研究室から、サンプルの炭疽菌が盗難されていて、警察に被害届が出ているんです。
そして、その日、卒業生であるフローラがR大学の構内で目撃されています。
B国刑事:
それはかなり怪しいですね。フローラが、盗んだ炭疽菌を宝石と一緒にサーシャに配送した可能性はそれなりにあるように思います。逮捕状請求とまではいかなくとも、任意同行して話を聞いた方がよいのではないですか?
A国刑事:
私もフローラは怪しいとは思うのですが、実は、我が国の内国事情によって、フローラ、というより、A国の人間はみな、今回の犯行が難しいんです。
B国刑事:
内国事情? どういうことですか?
A国刑事:
これは大変お恥ずかしい話なのですが、我が国は今とても治安が悪く、南京錠を掛けた箱でないと、配送の途中に中身の物品が盗まれてしまうような状態なのです。ならず者集団が配送のトラックを狙っているんです。配送員の中に工作員が混ざっているという話もあります。
B国刑事:
それは知りませんでした。大変な情勢なんですね。それでは、A国では配送はどのように行っているのですか?
A国刑事:
盗まれても構わない物のみを送り、貴重品は送らないようにしています。
B国刑事:
なるほど……。しかし、今回は、炭疽菌と一緒に宝石が入ってますからね。
A国刑事:
そうなんです。ですから、A国からその箱をB国に送ることはできないのです。
ですので、犯人はA国の者ではなく、B国内の者ではないかと思います。
B国刑事:
うーん……とはいえ、B国内には、サーシャに特段恨みを抱いてそうな人物はいないんですよね……。
もしかして、南京錠を使えばA国からでも配送ができるんじゃないですか?
A国刑事:
南京錠ですか? たしかに市中ではよく出回ってますが。
B国刑事:
この国でもよく出回っています。
ならず者集団も、南京錠の掛かった箱は盗みませんよね? 中身が確認できないので。
A国刑事:
そうですね。しかし、箱に南京錠を掛けるとして、鍵はどのようにして送るのですか?
鍵を別途箱に入れて送ったら、その鍵が盗まれてしまいますよ。
とはいえ、その鍵を入れた箱に南京錠を掛ければ、その南京錠の鍵を送らなければいけなくなくなりますからね……。
うまい方法がないものですかね?
B国刑事:
うーん。悩ましいですね……。
もしかすると、1つの箱に南京錠を複数使った可能性があります。箱は何重にでも南京錠が掛けられそうな仕組みになっていましたから。
A国刑事:
1つの箱に複数の南京錠ですか……なおさら開ける方法が無くなってしまいそうですが……
B国刑事:
……いや、ちょっと待ってください。
私、分かってしまったかもしれません。南京錠を使った安全な配送方法が。
A国刑事:
どういう方法ですか?
B国刑事:
まず、A国の人が、宝石の入った箱に南京錠を掛け、B国の人に送るんです。
それを受け取ったB国の人は、箱にさらに自分が持っている南京錠を掛けて、A国の人に送り返すんです。
A国の人は、持っている鍵を使って、自分が掛けた南京錠を外し、またB国の人に送るんです。
A国刑事:
なるほど。その方法なら、B国の人は自分の持っている鍵で箱を開けられますね。自分が付けた南京錠ですから。
そして、配送の過程では常に南京錠が付いているので、箱の中身が盗まれる心配もありません。
さすがです。
B国刑事:
B国の警察もなかなか優秀なんですよ。
ということで、A国にいるフローラにも犯行可能なことが証明されましたので、フローラの取り調べをお願いします。
A国刑事:
分かりました。それでは、フローラの取り調べが終わりましたら、またご連絡します。
B国刑事:
了解です。ご連絡お待ちしております。
A国刑事:
それでは失礼します。
B国刑事:
失礼します。
A国刑事:
…………ちょっと待ってください。まだ電話を切らないでください。
B国刑事:
どうしたんですか?
A国刑事:
今ふと気付いたのですが、やはりフローラには犯行は不可能です。
B国刑事:
どうしてですか?
A国刑事:
R大学から炭疽菌が盗まれたのが、3月9日、すなわち、サーシャが箱を受け取った前日なんです。
先ほどの配送の方法では、箱がA国→B国→A国→B国と行き来することになるので、最低でも配送に3日以上かかりますよね?
フローラが炭疽菌を入手した翌日に、炭疽菌の入った箱をサーシャに送ることは不可能だと思います。
B国刑事:
たしかにそのとおりですね……。
A国刑事:
箱を1度も往復させずに南京錠を使って宝石を配送する方法はありますか?
B国刑事:
それはさすがに無理難題です。
とすると、フローラが犯人だという線は消えてしまいますね。捜査が振り出しに戻ってしまいました。
A国刑事:
お役に立てず申し訳ございません。
B国刑事:
いえいえ。捜査は試行錯誤の繰り返しですから。
改めて一から捜査し直してみます。
まずは、配送業者の女性を探すところからですかね。
A国刑事:
女性? B国では女性でも配送業者になれるんですか?
B国刑事:
そうですよ。B国では基本的に男女による職業差別はありませんから。
A国刑事:
それは立派ですね。A国は治安が悪いだけでなく、ジェンダー面でも他国から遅れをとっているので、女性が配送業者の職に就くことはまずないです。
B国刑事:
……ちょっと待ってください。サーシャに箱を届けた配送業者は、A国の業者ですよ。
A国刑事:
え?
B国刑事:
だって、私たちの国は陸続きの隣国同士ですから。
B国では隣国への人や物の移動、隣国からの人や物の移動のいずれにも一切の制限を設けていません。
A国の配送業者は、B国の配送業者に配送物をバトンタッチせずに、B国に入ることができるんです。
A国刑事:
言われてみるとそうでしたね……。
とすると、その女性の配送業者の存在は矛盾してます。我が国には女性の配送業者は一切いないので。
もしかしてですが、サーシャの夫が目撃した配達業者の女性というのは、背が高く、ブロンドの短髪で、少し目が釣り上がっていて、肌にはそばかすがありませんか?
B国刑事:
そうです。まさにそのような女性であったとサーシャの夫は話しています。
A国刑事:
完全にフローラの特徴と一致します……。
しかも、フローラが住んでいるのは、A国とB国との国境付近です。
B国刑事:
フローラはそもそも配送を使わず、配送業者に変装し、直接箱を持参した、ということですか。
A国刑事:
そのようですね。
炭疽菌が宝石とともに配送をされたという体裁をとれば、配送機能が事実上ストップしているA国に居住する自分は疑われないと考えたのでしょう。
それでは、フローラの取り調べが終わりましたら、またご連絡します。




