偽物の金貨の殺意
【問題】
アラビアの商人風の男にゲームを持ちかけられました。
「ここに金貨のずっしり入った10個の袋がある。このうち、1個の袋に入っている金貨はすべて偽物の金貨だ。もっとも、偽物の金貨は巧妙に作られており、触るだけでは区別ができない。唯一の違いは、金貨1枚につきたった1gの重さの違いのみであり、ハカリにかけない限りは、偽物の金貨と本物の金貨を区別することはできない。
ハカリ(目盛り式で1g単位まで測れるもの)を1回だけ使って偽物の金貨が入った袋を当ててくれ。もし当てられれば、本物の金貨の入った袋を1つあげよう」
どのようにすればこのゲームに勝ち、本物の金貨の入った袋を手に入れられるでしょうか。
俺がラクダに乗って砂漠を進んでいると、ちょうど進行方向に、小高い山のようなものが見えた。距離が近付くにつれて、それが山ではなく、袋をうず高く積んだラクダだということが分かってきた。
そのラクダに乗っているのは、おそらくアラビアの商人で、袋の中身は交易品か何かだろう。
俺がそんなことをぼんやりと考えていると、俺の存在に気付いた男が、俺に話しかけてきた。
「君もこれから首都に行くのかい?」
俺は知らない相手に自分の行き先を伝えることに若干躊躇したが、進行方向の先には首都しかないため、はぐらかすこともできなかった。
「ええ、そうだね」
「それは良かった。僕もちょうど首都に向かっていたんだ」
男は、心底嬉しそうな声をあげた。
「ここから首都までラクダで3日3晩かかるだろ?」
「そうだね」
「そんなに長い時間を一人きりというのは心細かったんだ。僕は話好きだからね。君、よければ首都に着くまでの間、僕の話し相手になってくれないかい?」
「……ええ、俺で良ければ」
「話好き」という自己申告通り、男は絶えず話し続けた。最近の砂漠の気候の話、この国の政治の話、果てには家族や恋人の話などのプライベートなことまで、初対面の俺に対して明け透けに話した。
俺は、この男のことを変な奴だとは思ったが、決して悪い奴ではないと思った。
男は自分の名を「ハシント」と名乗った。
2時間ほど一方的に話し続けたハシントが少しだけ黙ったタイミングを見計らい、俺は一番気になっていたことを質問してみた。
「ラクダに積んでいるその袋は何だ?」
「ああ、この中には金貨が入っているんだよ」
普通は不用意には言えないようなことを、ハシントはアッサリと答えた。
それだけではなく、ハシントはさらに「秘密」を教えてくれた。
「ラクダの背中には、金貨がずっしり入った袋が10個あるんだが、実はそのうち1つの袋に入っているのはすべて偽物の金貨なんだ」
「偽物の金貨?」
「そう。僕が作った精巧な偽物さ。どれくらい精巧かというと、見た目には全く違いはなく、触ってみても本物と区別することはできない」
「見分けることは全くできないということかい?」
「そのとおり……と言いたいところだが、実は1つだけ見分ける方法があるんだ。それはハカリで重さを測ること。本物の金貨が50gであるのに対し、偽物の金貨は49gしかないんだ。これは人間が手で持ってみても分からない重さの違いだけど、ハカリで測れば見破れるというわけさ」
「なるほど……」
こちらが心配になるくらいに、ハシントは明け透けにすべてを話した。もしかすると精巧な偽物を作ったことを俺に自慢したいのかもしれない。
ハシントが急にラクダを止めた。それに合わせて俺もラクダを止める。
ハシントはラクダの背中から10個の袋と、同じくラクダの背中に乗っていたハカリを下ろし、砂の上に置いた。
「ゲームをしよう。君がもしも偽物の金貨が入った袋を当てられたら、僕は君に本物の金貨が入った袋を1個あげるよ」
「え? いいのかい?」
「ただし、条件がある。ハカリを使っていいのはたったの1回きりだ。それから、このゲームの参加料として最初に君から金貨を1枚いただく。受けて立つかい?」
俺は逡巡する。
袋の大きさはサッカーボールくらい。袋一個に対し、金貨は100枚近く入っているに違いない。喉から手が出るほどに欲しい。
もっとも、偽物の金貨の入った袋も含め、袋はすべてで10個ある。ハカリを何回でも使ってもいいのであれば、すべての袋に入っている金貨の重さを比べることはできる。
しかし、果たしてたった1回ハカリを使うだけで、10個の袋から偽物を1個あぶり出すことなどできるのだろうか。
俺にはそれは到底不可能に見えた。
俺はしばらく考えた末、
「分かった。受けて立とう」
と、ゲームへの参加表明をした。
「それじゃあ、まず、参加料で金貨1枚いただくよ」
「ちょっと待ってくれ。今、出すから」
そう言って、俺はポーチの中に手を伸ばすと、ガサコソと中身を漁った。
そして、そこから太陽の光を反射して銀色に光るものを取り出した。
「……そ、それは……」
「ごめんよ。ハシント、俺は君と違ってお人好しじゃないんだ」
俺はポーチから取り出したナイフで、ハシントの心臓を一突きした。
ハシントは「ウッ」と短く唸ると、あっけなく絶命した。
俺は、ハシントが地面に下ろした10個の袋とハカリを、俺のラクダの背中に順に積んだ。
これで俺は難なく本物の金貨の入った袋を9個手に入れたのである。
偽物の金貨は、首都に着いた後でハカリを使って見分け、処分すればよい。
俺は軽く穴を掘ってハシントの死体を埋めると、ラクダに乗り、首都に向けて再度出発した。
すっかり陽が落ちて暗くなった頃、首都の方向からやってきたラクダが、俺に近付いてきた。
そのラクダに乗っていたのは、警官だった。
「ちょっと君、聞きたいことがあるんだがいいかね?」
俺は焦った。
まさか俺がハシントを殺したことがこんなにも早くバレてしまったのか。
俺はこのままラクダを走らせて逃げ出したい衝動に駆られたが、金貨の袋を10個も載せた状態で、ラクダがスピードを出せるとも思えず、やむなく制止した。
「聞きたいこと? なんですか?」
俺はなるべく声が震えないように努めて話す。
「実は最近、金貨を偽造する輩がいてね。警察は今、偽物の金貨について捜査をしているんだ」
ハシント殺しの件ではないようだ。
俺は少しだけホッとしたものの、完全に安心できる状況でもないことは明らかだった。
「君は見るところ、袋に入った金貨をいっぱい持っているようだが、それは偽造されたものではないね?」
「もちろんです」
「じゃあ、そのうちとりあえずまず1つの袋の中身を見せてくれないか?」
やはり警官は、俺のラクダに乗っている袋に入った金貨が偽物ではないかと疑っているのだ。
10個の袋のうち、偽物の金貨が入っているのはわずか1袋である。俺が適当に1つの袋を選び、警官に渡しても、それが偽物である可能性は10%しかない。
とはいえ、たかが10%、されど10%である。
この10%の確率が当たってしまえば、俺は監獄行きとなってしまう。
運に身を任せることはなるべくしたくはない。
警官が見張っている中で、あまり下手な動きはできないだろう。ハカリを何度も使ってしまえば、警官に怪しまれる。
もっとも、ラクダの背中から袋を持ち上げる際に、こっそりとそっと1回だけハカリを使用するのであれば、おそらく警官にバレずにできるだろう。
俺は偽物の金貨を見分けるため、先ほどの「ゲーム」について再び考えることにした。
本物の金貨と偽物の金貨の違いはたった1つ。本物の金貨が50gであるのに対し、偽物の金貨が49gだということである。
ランダムに袋から1枚金貨をハカリに乗せてみて、それが49gであれば、偽物の金貨であることは確定だ。
もっとも、それは10%の確率であり、90%の確率で、50gに針が触れる。そうなれば、偽物の金貨の入った袋を特定することはできない。
とすると、10個の袋すべてについて何らかの計測を行わなければならないのだ。
とはいえ、10個の袋から1枚ずつ取り出してハカリに載せたとしても、それは499gとなるだけで、一体どの袋に偽物の金貨が入っているのかを特定することにはならない。
では、一体何枚ずつ載せればいいのか。
――閃いた。
俺は、ラクダの方に振り返ると、素早く、左奥にある袋から順に、1枚、2枚、3枚、4枚、…10枚と、1枚ずつ差を設けて計55枚の金貨を取り出すと、それをハカリにかけた。
2743gとなった。
本物の金貨55枚分の合計である2750gと比較して、7g分欠損している。
ということは、今ハカリに載っている金貨のうち、7枚が偽物の金貨であるということである。
よって、左奥から7番目の袋が偽物の金貨の入った袋である。
「おい、お前、何やってるんだ? 疚しいことがなければ早く袋を渡せ」
「すみません。ちょっと、袋が鐙に引っかかってしまっていて……」
俺は、本物の金貨が入った袋であると確信しているもっとも左奥にあった袋を警官に渡した。
警官は、その袋の中から1枚金貨を取り出すと、じっくりと観察したが、見た目だけでは本物と偽物の区別はできなかったようで、ハカリにその金貨をかけた。
「50g……」
目盛りを見て、警官は呟く。
俺の推理どおり、それは本物の金貨の重さだった。
しかし、警察は、次に驚くべき言葉を発した。
「これは偽物の金貨だ」
「なんで!!??」
俺は慌てて聞き返す。
「この国で通用する金貨の重さは、すべて49g。それより1g多いからこれは偽物の金貨だ」
――俺はようやく気付いた。
俺はハシントに騙されていたのである。
ハシントは、10個の袋のうち9個の袋が本物の金貨であり、1個の袋が偽物の金貨だと言っていた。
しかし、それは逆だったのである。
ハシントが持っていた袋のうち、本物の金貨が入っていたのはわずか1袋であり、残りの9袋はすべて偽物の金貨だったのだ。
そして、ハシントは俺に「ゲーム」を持ちかけ、参加費として俺に1枚金貨を払わせ、俺が勝った場合には50gの金貨の入った袋、すなわち、偽物の金貨の入った袋をあげようとしていたのだ。
これは「ゲーム」ではなく、ハシントが俺に仕掛けた詐欺だったのである。
警官は、唖然とする俺を縄で拿捕し、言った。
「この辺りで偽物の金貨を作っているのは、ハシントという男だという情報が入っているんだ。君はおそらくハシントとグルなんだろ? 警察署でハシントとの関係について根掘り葉掘り聞くから覚悟しとけよ」
主人公は気付いてませんが(というか、作者も読者様にご指摘いただくまで気付きませんでしたが)、警察に袋を1つ提示する際に、確実に50gの袋を渡すためには、実はランダムに1つの袋からコインを取り出し、それをハカリにかけるだけで足ります。
主人公はテンパりすぎて、そんな簡単なことにも気付かなかったみたいですね(おい)。
どの方法をとろうが、主人公に訪れる結末は同じなわけですが。




