利休美衣奈は推理しない
利休美衣奈は探偵である。
謎を解くことにかけては、彼女の右に出るものはいないだろう。
しかし彼女は推理も捜索もしない。まず必要としていないのだ。
対面して目を見るだけで、相手が一番知られたくないことを盗み出す。
その能力こそが彼女を探偵たらしめる由縁なのである。
利休の元には、毎日多くの依頼が届く。
彼女の『目』を頼りにする者が、この都市には非常に多いのだ。
「うちの主人が誰と浮気をしているか調べてちょうだい」
今回の依頼は中年のご婦人。夫が誰と浮気しているか知りたいらしい。
彼女の目を前にして隠し事は通用しない。一番の隠し事であるならば。
「何を言う。私は浮気なんてしてない。調査などせずと――――」
「はい。じっとしててくださいね」
嫌がる夫を押さえつけ、無理やり目を合わせる。
探偵たるもの、武術の嗜みは標準装備だ。
秘密を暴くということは、最大の急所に触れるということ。
素直に覗かせる相手など、今まで一人もいなかった。
瞬き一回。ほんの一瞬の視線の交錯。
それだけで、探偵・利休美衣奈は人が一番隠したいことを暴く。
「推理の結果が出ました。ご主人、お相手は職場前のカレー屋で働く年下の給仕さんですね」
「ふざけるな! 何が推理だ!」
夫は激怒した。そして秘密を指摘された者が、決まって吐く台詞をまき散らす。
「どうせ妻から金をもらっているんだろう。出鱈目を言わされているんだ。ふざけるのも大概にしろ」
確かに傍目から見れば、利休は口で好きなことを言っているだけ。
利休の言葉に根拠は何もない。
「たとえお前が俺の頭を覗いて浮気相手とやらを見抜いたといても、そこには何の根拠もない。違うか」
「では、賭けをしませんか」
慣れたことのように、利休は息をつく。
「もし私の言葉が真実だと証明できれば、私が奥様に請求する予定だった調査費を、貴方に払ってもらいましょう」
「おおいいだろう。本当だと証明できたらな」
「では、今からオンラインストレージを開くので少々お待ちいただけますか」
「ストレージ? 好きにしたまえ」
余裕の夫。
「利用者名が●●。そしてパスワードが※※ですね」
だが利休のその一言で、彼は余裕を失った。
「何故それを…」
唖然とする夫を置き去りに、利休は処理を進める。
開かれたアカウントのストレージ内には、浮気相手との温泉旅行二人旅の写真が残っていた。
「馬鹿な!? どうやってこの場所を突き止めたんだ。厳重に隠してきたのに!」
激昂する夫。
利休は微笑する。
「一番知られたくないことを暴くのが私の力です。浮気相手が誰かという情報そのものは、貴方にとって重要でもなんでもなかった。貴方自身が仰る通り、私の証言では証拠になりませんからね」
「だから貴方は、自分が撮り溜めた愛人との写真の在処だけは私に知られたくなかった。証拠になりますからね。だから私は、『目』を通じてその情報を得ることができた、というわけです」
そのとき、画像を見ていた妻が探偵を突っついた。
「探偵さん。写真の女性がどう見ても主人より年上なんですが」
「ええ。だから最初の推理はただのカマカケですよ。あの時点で私には、ご主人の浮気相手が誰なのかまでは分かりませんでしたし」
「なっ…」
夫と一緒に、妻まで言葉を失った。
「どうせならご主人に払ってもらった方が嬉しいですからね。あえて私が見当違いなことを言っているかのように、乗せてみたんです」
そんな二人を放置して、利休は部屋を後にする。
「では、私はここらへんで。ご主人、支払いの方は後できっちりお願いしますね」