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憂鬱な朝

                      0


燃える家の中で幼い少年はへたり込んでいる。


その目に方向性は無く、その姿に色は無かった。

周囲には紅く染まった冷たい人間が、楓のように無数に散らばっている。

赤々と燃え続ける炎のせいで少年は暑くてたまらないはずだが、

彼は動こうとはしない。


すべてがどうでもいい。


そう思い、少年は瞼を閉じた。



                      1




「! はぁ、はぁ、はぁ......」

シンプルなセミダブルベッドで、少年「ブラッドリー=アルフォード」は飛び上がるように目覚めた。

「な、なんだ... いまのは...」

どうやら酷い悪夢を見たらしい、体中にびっしょりと汗をかいている。

ブラッドリーは自分の呼吸を落ち着かせながらゆっくりと体を起こし、

「暑苦しい... とりあえず、シャワーでも浴びるかな」

と、シャワールームに向かおうとしたが、ビーーーという独特のチャイム音が耳を貫き、足を止めた。

「なんだぁ?こんな、早朝に」

ブラッドリーは面倒臭そうにインターホンのモニターに近づき、応答する。

「はい、どちらさま...」

「ブラッディ、おきてる?」

応答するや否や、食い気味でモニターから聞こえたのは明るい成人女性の声だった。

ブラッドリーはこの顔に、嫌というほど見覚えがあると言わんばかりに、げぇ、と、怪訝な顔をする

「シャーロット...... 何の用だ?」

「そんなに警戒しないで、今日は料理の味見をしてもらおうと思ってるだけだから」

「............いいよ、入っても。丁度、お腹空いてるし」

ブラッドリーは一瞬躊躇った後、そう言って玄関のドアを開けた。

テーブルまで来るとシャーロットは辺りを見渡しながら

「しかし..相変わらず殺風景ね、この部屋は」

「別にいいだろ、僕はシンプルな方が落ち着くんだよ」

シャーロットは、あら、そう?と適当に返事するとキッチンへ向かい、鍋に水を入れ始めた。

「待ってて、今、お茶の用意をするから。その間、シャワーでも浴びてきたら?」

ブラッドリーの汗に気付いたのか、シャーロットがそう言った。

「ああ、そうするよ」


ブラッドリーはバスルームへ向かい、裸になってシャワーを出す。

サーという水音が浴室に響き、シャワーの水がその細身で華奢な身体を撫でる。

「......」

彼の薄茶色の瞳はどこか物憂げだ。

「...くそ、去年まではこうじゃ無かったのに」

彼はさっき見た悪夢を思い出していた。

実を言うと最近ずっと同じ悪夢に悩まされていて、それが始まったのは去年の四月頃。

理由は分かっている、恐らくは...

「..最近、魔女を一匹も殺してないからな」

ブラッドリーは栄養失調の子供の様な弱弱しい眼でそう、独り言を呟く。






結局、ブラッドリーがバスルームから戻ってきたのは30分以上経った後だった。

「あ、やっとでたの?もうお茶入ってるわよ」

「ああ、うん」

ブラッドリーは呟くような声で返事するとダイニングテーブルの椅子に座った。

テーブルの上にはホットのロイヤルミルクティーとアップルパイが置いてある。

「ささ、お茶の時間にしましょー」

シャーロットもテーブルにエスプレッソコーヒーとアップルパイを置き、席について食べ始めた。

「うん、やっぱり、シナモンを多めに入れたのが正解だったわね」

一人で感想を述べる彼女を見てブラッドリーも無言で食べ始めた。



毎日見る悪夢。いつもと同じ平和な日常。予定のない日々。満たされない渇き。


こんな日々はこれからも送り続けるのだろうか?

ロイヤルミルクティーまろやかな甘い香りと、エスプレッソコーヒーの僅かな酸味がある苦い香りが入り混じった空間でブラッドリーはそんなことをなんとなく考えていた。

「ねえ、ブラッディ」

不意に、

「えぁ?」

呼ばれた声でブラッドリーは現実へと引き戻された。

「そろそろ、外に出て見ない?最近、ずっと引き籠ってるでしょ?」

「ッ、別に必要ない。僕は今の生活に満足しているし」

嘘だ、このつまらない毎日に満足など出来るはずもない。

けれど、少なくとも苦しくないのも事実だった。

それに...... 僕を笑顔で迎えてくれる場所など存在しない。

そう、ブラッドリーは心の中で思った。

「そういう訳にもいかないの」

シャーロットの表情が真剣になる。

「このままだと貴方、廃人になるわよ」

「ハッ、そんなわけ...」

「いや、なる!確実に、あと3年5ヶ月12日6時間10分32秒であなたは廃人になるわ!」

「な、なんでそんな正確な数字がわかるんだよ!」

思いのほか正確な数字を出されたことにブラッドリーは突っ込みつつ、内心、図星だった。

「昨日、「Irisアイリス」に聞いたらそう言われたのよ」

Iris(アイリスって、人工知能(AI)の?」

「ええ」

ブラッドリーは「Irisアイリス」と呼ばれる人工知能(AI)を知っている。

と、いうか”経験”している。

(嫌というほど、な)

人工知能(AI)「Irisアイリス」は「シイナギ魔術研究会」によって開発された国内最高峰の”対魔術犯罪者戦闘用”人工知能(AI)である。

「昔はよく、あんたも彼女に倒されてたわよねぇ」

「---ッ、うっさいな! そんなの大分前の話だろ」

そう言われて反射的に反抗するブラッドリーだが、その国内最高峰の人工知能(AI)が算出した結果は認めざるを得なかった。


しばらくの沈黙の後、

「とはいえ、このままずっとこうしてる訳にもいかない、か......」

ブラッドリーがため息混じりのウィスパーボイスでそう切り出した。

「そうそう、何事も転換が大事よ?」

「でもなぁ、外に出るって言ったってどうすれば...」

「それなら任せて、いい考えがあるの」

相変わらずの先が見えないため息声のブラッドリーを右手で制して、シャーロットはカバンの中からある一枚の書類を取り出した。

「何?それ......」

「ふっふーん、何だと思う?」

シャーロットは目をキラキラさせながらその書類をテーブルに置いた。

読んでみるとそこには線で区切られたいくつかの枠があり、最上部に大きな黒色の活字でこう書かれている。

「私立メイザース総合高等学院|オックスフォード・カレッジ|実践魔術科の入学許可証」

「なっ、入学許可証だと!?」

ブラッドリーは驚きを隠せなかった、自分が考えていた”いい考え”と180度違ったからだ。

「いやー、私もブラッドリーちゃんを外に出させるにはどうしたら良いか日頃から考えていたのよ。

それを先々月所長に相談したら、この学校への入学を勧められたから.......」

「それで...... 入学志願したと?」

「えぇ」

「けど、僕、入試試験とか受けてないよ?」

学校というものは普通、前期中等教育までは無条件で入学できるがそれ以降はなんらかの入試を経なければ入学できないはずだ。

ブラッドリーにはその心当たりが無かった。

そう考えていた矢先、シャーロットはさらりと

「あぁ、所長がコネで全国の教育機関と繋がっているから入試は必要ないわよ」

「んなッ、.......そういえばあの人、「全英魔術教育機関連盟名誉会長」もやってたっけ...」

いよいよ断る理由がなくなったブラッドリーに対し、シャーロットはとどめの一手とばかりに軽い調子で

「今なら、帰りにスシも奢ってあげるけど?」

「うぬぁッ、そ、そ、そんなものにつられるほど僕も単純じゃあないからな!」

自分の大好物を条件として提示されて言葉の端々がおかしくなるも、なお耐え続けるブラッドリーだが、

「じゃあ、これでどうかな?」

シャーロットのカバンから取り出された包装された人形の様なもの、それは傍から見ればただの精工な人形にしかみえないだろう。

だが、ブラッドリーの様な”一部の層”はまた違った価値を見出している。

「それは...... 平コレの定子!?」

「一緒に行くならコレ、あげるけど?」

シャーロットの悪魔の笑みにブラッドリーも限界を迎えた。









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