8. アニカ、壁ドンされる。
投稿が遅くなってしまいました。
昨日分になります。
申し訳ありません。
アニカがまたもや落ち込む間にも、ニコが再び出入りして、新たな候補者が部屋に誘いざなわれた。
「失礼します」
丁寧な挨拶とともに顔を上げたのは、レヴィ・リシェリであった。
「よろしくお願いしますね、アニカ殿下」
「こちらこそ」
目が合い、にこりと微笑まれる。緊張はまだあったが、ラウルの後ということもあり、どもらず挨拶を返せた。
レヴィがゆったりと椅子に腰かける。長い足を軽く組み、両手を膝の上で組む姿は、やはり今まで見た誰よりも優雅で、貴公子然としていた。
(社交界で、引く手数多だろうに)
何故わざわざ外れ物件としか言いようのないアニカの前にいるのであろうか。不思議でならない。
「何故レヴィ様は婚約のお話をお受けになったのですか?」
不思議すぎて、思わず聞いていた。聞いてから、しまった、と思う。先程ラウルの時に失敗したのだから、本題から聞くべきであったのに。
「あっ、いえあのっ、レヴィ様であればこんな変な話をお受けにならずとも、お相手には困らないのではと!」
慌てて両手を振って弁明する。しかしレヴィは不快な顔をすることもなく苦笑した。
「殿下のお耳に入れるのはお恥ずかしい話ですが、実は私は庶子で、リシェリ侯爵家にもまだ籍は入っていないのです」
「あ……」
だから長男と言いながら家督を継ぐこともなく、引きこもりの第二王女に宛がわれたということか。一発目からとても繊細な質問をしてしまったと後悔する。
そして次に浮かんだのは、家族について、辛そうな顔をしたラウルであった。もしかしたら、彼にもそういった複雑な事情があったのかもしれない。
(私は、人の心にずけずけと……)
あまりの失礼さに、胃が痛くなる。
「ご、ごめんなさい。知らないこととは言え」
「いいえ。殿下が謝ることではありません。これは私の個人的な問題ですから」
青くなって謝ると、レヴィは鷹揚に首を横に振って笑みを作った。その笑い方は、ミリアンを見た後だからか、温かみというよりもどこか冷めているように思えて。
「やはり、ご家族とはあまり……?」
「いいえ?」
おずおずと聞いたが、意外にも明るく否定された。
「父は庶子の私を引き取って飢えることなく育ててくれまたし、弟は半分でも血が繋がっていると思えないくらい優秀で純朴で可愛らしいですからね。とても尊敬していますよ」
「あ、そうなんですか?」
「ええ。今回のお話も、本当は少しでも父の役に立ちたくて決めたんです。それくらいしか、私に出来ることはないですからね」
少しの屈託を笑みに隠して、レヴィが明かす。
王立専学校を首席で卒業したとなれば、爵位を継がなくても父から認知されるだけで貴族たちは放っておかないであろうに。
美しい貴公子にもまた、どうしようもない劣等感があるということであろうか。
「一緒、ですね」
知らず、そう零していた。ふと視線を感じて目線を戻すと、レヴィと真正面から視線がぶつかった。ふうわり、と微笑まれる。
「赤毛も、お揃いですしね」
「!」
その艶っぽさに、アニカはどきりと心臓が跳ねた。もしこれが計算だとしたら、とてもではないがアニカなど相手にならない。
「それに、私も殿下と同じで、異性が少々苦手なんです。これも一緒ですね」
「そ、そうですよねっ。怖いですよね、異性!」
少しの羞恥を垣間見せながら答えるその姿に、アニカは一気に共感を覚えた。誰も怖いとは言っていない、とニコの無言の視線が突き刺さったが、勿論無視した。
「ではもし結婚なさっても、同居などとは考えもよらないですよねっ?」
勿論同意しかないであろうという勢いで尋ねる。が、何故かレヴィは小首を傾げた。
「それは、どうでしょう。もし同居しなければ、別の相手と愛を語らうかもしれないと、お考えにはなりませんか?」
「…………はい?」
すぐには意味が理解できず、アニカは全く間抜けな声を上げていた。
異性が苦手だというのに、結婚相手以外の異性とわざわざ仲良くするという発想が、そもそもアニカには全くない。
それを読み取ったように、レヴィは再び意味ありげに笑みを深めた。
「相手は、異性だけとは限りませんよ?」
異性だけではない、というのはつまり。
(だだだ男性同士ってことっ?)
一瞬の思考の内にざーっと変な想像が頭を過り、アニカはぼんっと顔を真っ赤にした。途端にまたレヴィを直視できなくなり、視線を彷徨わせる。
「そそ、それはそのっ、全然、どうぞお構いなくというかっ……ででは、レヴィ様が第一候補ということで!」
「…………」
「…………」
この場を早く切り上げたくて出た言葉は、最早最悪と言って良かった。
後で考えれば、一言「問題ありませんわ」と言えば良かったのに、昨日ニコと話した内容が甦り、アニカの頭はすっかり混乱していた。
(なにその選考基準はぁぁ~!)
覆水盆に返らず。
自分の最低な発言に、顔を覆って身を折る。
これは流石のレヴィでも呆れられる、と沈黙に散々羞恥を苛まれていると、くすり、と小さな笑声が耳を打った。
「っ?」
恐る恐る顔を上げると、どこか年相応に崩れた表情で、レヴィが笑っていた。
「そんなに可愛らしく言われては」
そう言って眉尻を下げている姿からは、常に潜んでいた冷たさが消えている。
(あら、もしかして、この笑顔が素かしら)
そんな風に思って眺めていると、不意に真顔に戻って問いかけられた。
「殿下は、私のような者を気持ち悪いとは思わないのですか?」
「へっ? あ、そんなことは、全然まったく」
考えもしなかった、と思う。むしろ大歓迎です。とまでは言葉にはしないが。
「そうですか。では……」
と、どこか安堵したようにレヴィが口元を綻ばせる。そして。
「手始めに、一晩同衾してみましょうか」
「!?」
にこにこと、満面の笑みで言われた。
爆発するかと思った。
「ではリシェリ様は侍従補佐ということでお願いいたします」
完全に機能停止したアニカに代わり、ニコがそう言ってとっとと追い出す。今ばかりは、ニコの仕事人間ぶりに感謝した。
◆
「もうダメ、完全に限界を超えたわ……」
少し休憩にしましょう、と言って出された紅茶を一気にあおったあと、アニカは傍机に突っ伏した。
何故この順番かと思ったが、難易度は着実に上がっていた。しかも残す二人にはマルセルがいる。意識を保っていられる自信がなかった。
「皆様方、それぞれのお考えで姫様とのご婚約をお受けしております。真摯に聞かなければ、失礼に当たります」
珍しく、ニコが正論で諭してきた。
それについては、アニカも三人の言葉の端々から感じ取ってはいる。それでも、マルセルに関してだけは一考の余地もない気がしていた。
(あったらどうしよう……)
元来、気が弱く、人に同情しやすいところがあるのは自覚していた。それが学校では裏目に出て、結果男性恐怖症を発症することになってしまったのだ。
「では、そろそろ次の方をお呼びいたします」
待って、と言っても無駄だと学習したアニカは、ニコの号令にすごすごと椅子に座り直す。
難易度から考えれば、次はきっとラズであろう。全体的な印象は怖いが、レヴィのようなことはしそうにないし、余計なことをしゃべらなければきっと切り抜けられる。
しかし扉が開かれ、顔を上げた先にいたのは、
「っ!?」
なぜか金髪碧眼のマルセルであった。
瞬間的に思わず飛び上がって悲鳴を上げなかった自分を、まず褒めてほしい。と思いながら椅子の背にしがみつくアニカ。非難がましくニコを睨むが、しれっと無視された。
その間にも、マルセルはニコの誘導を無視して歩を進めてくる。
「こんな離れた所で話しても寂しいよ。ね、隣に座っていいでしょ?」
嫌です、と口では言えず、必死に首を横に振る。だがマルセルは構わず一番近くの席に腰を下ろした。
男が付けるには甘ったるい香水の匂いが、すぐ左側から漂ってくる。克服のために出た社交界の記憶が誘発されて、頭がくらりとした。
(こ、こわい……)
純粋な恐怖に身を強張らせる隣で、しかしマルセルはまるで社交界のお手本のように自然に会話を始める。
「やっと二人きりになれたね。さぁ、何から話そうか」
馴れ馴れしい言葉に、まだ触れられてもいないのに動悸がする。
「まずは僕のことを知ってもらう必要があるよね。何を知りたい?」
必死に俯くアニカの顔を覗き込もうとする視線から更に逃げて、アニカは一刻も早くこの時間が終わることを願った。
「……あ、あの、では、結婚後のことについて、ですが……」
「もう僕との結婚のことを考えてくれてるの? 嬉しいなぁ。じゃあもうこんな茶番は止めて、とっとと婚約の発表パーティーでもしようよ」
「っ!」
言葉を間違えた、と気付いた時には後の祭りであった。マルセルが嬉々として身を乗り出してくる。
アニカはついに、堪えきれずに椅子から飛び出した。
「ちち違いますっ、そういう意味じゃなくて!」
「でも結婚には前向きということでしょ?」
「だからっ、そうじゃなくて、あなたのことは全然知りませんし!」
椅子を乗り越え追いかけてくるマルセルを、アニカは更に別の椅子を飛び越えて逃げ続ける。
(あぁ、今ここに藁人形かせめて短剣でもあれば!)
あったら一体何をする気かと突っ込むはずのニコは、突然始まった追いかけっこにも変わらず無関心を装っている。およそ助けは望めない。
「とととにかく、落ち着いて、一度ちゃんと話し合いを!」
ひぃぃっ、と情けない声でどうにかマルセルを押し留めようと言葉を絞り出すアニカ。
その熱意が伝わったのか、それとも追いかけるのに疲れたのか――恐らく後者であろう。息が上がっている――マルセルがやっと手近な椅子に腰かけてくれた。
「そう? じゃあ、何を知りたいの?」
「えっと……」
一番離れた窓に背を付けながら、アニカは結婚とは違う話題を必死に探した。
今度は絶対に外せない。懸命に頭を働かせていると、奇跡的にマルセルの家名が、アニカの知っている数少ない貴族の一つであることを思い出した。
「あの、イアシュヴィリ伯爵家と言えば、魔法の監視者の一族と伺ったことがあるのですが、事実なのでしょうか?」
それは遥か昔、シルヴェストリの母なる大樹だけに限らず、大陸のあちこちに魔法が満ち、人々の生活にずっと身近であった時代。
魔法の力の強い者程、権力者や時の王侯貴族に取り立てられ隆盛を見せ始めたのと同時期に、その名は現れた。呼び名は異なれど、各国で同様の存在は見られ、シルヴェストリ王国の歴史の中でも、監視者の名前で何度か登場している。
ある地域では魔法使いや精霊の寵児などと呼ばれ、時に戦力として、時に芸術として重宝されてきた彼らの力は、けれど一方で強大なものは天気を操り、災害と呼べるものにまで匹敵したとも云う。
その最大にして最悪の象徴が、シルヴェストリの魔女と呼ばれた女王クィルシェだ。太陽のように輝く金の瞳を持っていたという彼女は、念じるだけで嵐を起こし大地を裂いたという逸話まである。
魔法の監視者とは、そういった非道を働く魔法の使い手を監視し、時に粛清してきた裏の権力者だと、王家の歴史を学んだ際に教わった。そしてそれが、イアシュヴィリ伯爵家だとも。
事実、彼らは今も政治に強い影響力を持っている。
しかし、現代に魔法はもうない。
大陸の歴史上では、数百年前から技術が進歩し、力の安定しない魔法は廃れ、様々な道具に取って代わられたとある。
バチュリア王家も、森林が消え、大樹が立ち枯れたことにより、徐々にその力を弱めていったという。そして今、魔法はすっかり伝説の中の不思議の術となり、一族の役目も形骸化した。
(本当だったら、歴史の生き証人みたいなものよね)
神話と史実の境目は、いつだって曖昧である。
それでも、長い王家の歴史の中には、その後も魔法のような力を、ごく弱いながらも持って生まれる者もいる。草木をそよがせたり、煙を少し晴らしたりといった程度ではあるが、最近では先代国王がそうであったと聞いている。
王家を除けば、伯爵家は魔法に関する唯一の有識者であろう。
果たして、マルセルは長い間を空けてからゆるゆると破顔した。
「よく知ってるね。やっぱり、王家も魔法に関していまだ変わらず勉強してるのかな。誰もろくに使えないのにね」
それはどこか鼻で笑うような、少し棘のある言い方であった。
王家も、と言ったからには、イアシュヴィリ家でも魔法や歴史について、同様に覚え込まされるのであろう。
魔法を全く感じないアニカにとっては、魔法の勉強はほぼ冒険小説を読む感覚であったが、興味のない者には眠いだけの退屈な時間なのかもしれない。
けれど、とも思う。
「でも、イアシュヴィリ家は占術師としての顔もお持ちですよね?」
魔法の力が弱くなってきた一族は、代わりに古くからある幾つかの占術を用いて、過去、未来などを視る術を得たという。その術で、イアシュヴィリは王侯貴族専門の呪術師として再び、宮廷での地位を確固たるものにした。
アニカが五歳の祝いで魔女と占断を受けた、例のアレである。
だからマルセルもまた、占術が使えると思ったのだが。
「そうだね。僕以外はね」
「あ……」
今度は完全に、マルセルは皮肉げにそう言い放った。
魔法は血筋の他に、神や精霊の寵愛で決まると言われている。王や貴族に魔法の使い手が多かったのは、彼らが神々に愛されたからだとも言える。
だが占術は、どうなのであろう。勉強すれば誰でも習得できるものなのであろうか。それにしても、才能や得手不得手はあるはずである。つまり。
「もう分かるでしょ。僕が長男なのに今この場所にいる理由が」
窓に背を付けながら、アニカは小さくこくん、と頷く。
「弟は白昼夢のように他人の過去や未来を視るというけど、僕はどんなに知識を頭に詰め込んでも、さっぱりだった。色々と他の術にも手を出してみけど、呪いを解いたり術を壊すことは出来ても、導くことや作り出すことは出来なかった」
それはきっと、才能とは別の相性のような気もした。
マルセルが単に不器用だとか努力不足だとかではなく、どうにもできない分野だったのであろう。けれど家名を重んじる貴族の中にあっては、それだけの理由で継嗣とされず、落伍者の烙印を押される。
どんなに学校で優秀な成績を収めても、どうにもならない。その生き辛さを、アニカは知っている。
(結局、よく考えて喋っても、私はダメね)
類は友を呼ぶとも言う。
どんなにお互いを知ろうと努力しても、そもそも知られて嬉しくないことが多すぎるのだ。少しも仲良くなれる気がしない。
(次は困ったら天気か花の話にしよう)
「でもさ」
「!」
声調の変わった声がすぐ頭上でして、アニカは驚いて顔を上げた。するとすぐ目の前に、両腕を檻のようにしてアニカを閉じ込めようとするマルセルがいた。
あまりの近さに、思考など一気に吹き飛ぶ。
「壊すばかりの僕になら、アニカ姫を縛るものだって壊してあげられると思うんだ。だからさ、」
「…………ッ」
ぐっと、端麗な顔が距離を詰める。マルセルの碧眼に自分の顔が映って、アニカはもうまともに息も出来なかった。
一層低まった声が、ふっと鼓膜を震わせる。
「僕にめちゃくちゃに壊されてみない?」




