表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/41

6. アニカ、指名する。

「改めて、ご紹介させていただきます」


 一列に並んだ男性陣を確認して、ニコが左手を差し出した。


「左の殿方から、ラズ・メトレベリ様。メトレベリ公爵家ご三男で、十六歳。王立専学校では剣の成績が特に優秀だと聞いております」


「……よろしく」


 そう一言ぶっきらぼうに言って、左端に立った青年が頭を下げる。寝台に入ってきた金髪碧眼の男を引きずり出してくれたひとだ。


 パキッとした黒髪は肩よりも長く、首の後ろで適当な三つ編みに結われている。意志の強そうな青灰色の瞳は、一時アニカを観察するように真っ直ぐに見つめられたあと、すぐに右端に立つ金髪碧眼の男を天敵のように睨む。


(私怨でもあるのかな? ただ単純に嫌いな気もする……。私も一緒です)


 変な親近感を抱きつつ、取りあえず同じようにぺこり、とニコの背中から頭を下げる。


「続いて右隣のお方が、レヴィ・リシェリ様。リシェリ侯爵家ご長男で、十七歳。王立専学校を首席でご卒業なされました」


「よろしくお見知りおきを、殿下」


 紳士が淑女にするように、レヴィと紹介された青年が丁寧なお辞儀をする。小私室で、無理をしなくてよいと言ってくれたひとだ。


 腰まで届きそうな赤みがかった髪はアニカと比べ物にならないくらい美しく、柔らかく細められた新緑色の瞳はどこまでも優しげだ。


(綺麗なひと……)


 ひとの警戒心を解くような柔和な表情もさることながら、六人の中では一番中性的な美しさを持っていることが、何よりアニカの恐怖心を和らげてくれる気がした。


「こちらこそ……」


 と小さくお辞儀を返す。


「続きまして右隣にいらっしゃるのが、ラウル・ヴィッテ様。アルベラーゼ侯爵家ご三男で、同じく十七歳。リシェリ様とはご学友と伺っております」


 ずっと目を閉じて腕組みをしていた男性が、一瞬だけ目を開けた。現れたのは三白眼気味の、赤みの強い濃茶色で、控えめに言っても睨んでいた。背はアニカと拳一つほども違わないのに、威圧感がすごい。


 ろくに整えられていない黒髪は無造作に跳ね、身だしなみも候補者の中ではあまり気を使っていないように見える。お前の機嫌を取る気はない、と言われた気がした。


(それなら何でこの話を受けたのよぅ……)


 ひぇぇ、と出かかる悲鳴を呑み込んで、どうにか頭を下げる。


「続いて隣に立つお方がマルティ様。御年九歳になられます」


 マルティと呼ばれた少年もまた、挨拶はせず、ただニコの背に隠れ続けるアニカを注視していた。美しい亜麻色の髪に、透き通った大きな碧眼。秀でたおでこと小さな鼻は、人形師が丁寧に彫り込んだ精巧な人形のように可愛らしい。


 しかしそれよりも、アニカには気になることがあった。


三月マルティ? 通り名かな?)


 婚約者候補として来たのに素性を伏せるのは、アニカにというよりも、他の候補者に知られたくないからであろうか。よくよく見ると、どこかで見たことがある気もするが。


 あったとしても三年以上前だ。お互い記憶にないであろう。

 控えめにお辞儀をする。


「そしてそのお隣に立つのが、ディミリトリー・ミシェリ様。ミシェリ伯爵家のご長男で、二十六歳。リシェリ様と同じく学校では常に主席であったそうです」


「ミシェリとお呼びくださいませ」


 唯一呼び方を指定してきた年長の青年が、優雅にお辞儀をする。その仕草は六人の中で最も品位が高く、まるでお手本のようだとアニカは思った。総髪にまとめられた黒髪も切れ長の灰色の瞳もまた、彼の人間味を薄くしている一つのような気がする。


 しかし最も近寄りがたい雰囲気を出しているのは、その高い鼻にかけられた掛け眼鏡だろう。


(にっこり挨拶されたはずなのに、眉間に皺が寄ったままとは……)


 ある意味難しそうな技術な気がする。その神経質そうな見た目から、度の合っていない既製品を使っているというわけでもなさそうだが。


「はい、ミシェリ様」


 深くは追及するまい、と決めて深々とお辞儀する。


 これで五人。残るは例の金髪碧眼の男だ。

 右端に立つ六人目に、アニカは怖くて視線さえ向けられなかった。挨拶を交わすだけでも怖くて心臓がばくばくいう。


 しかしニコは容赦なく口を開く。


「以上です」


「え?」


 あー終わった、と背中で語るニコに、思わず声を上げる。そう言えば、六人目については既に最初に自ら名乗られているから、今更の紹介は要らないということであろうか。


(やった! さすがニコ)


 心の中で拳を握る。しかし案の定、男は明るく口を挟んできた。


「ちょっと待って待って。僕は? 僕まだ紹介されてないけど」


「イアシュヴィリ様におかれましては、ご自身より先程既に紹介が終わられていると存じております」


「そんな寂しいこと言わないで。でもニコちゃんのその冷たい視線も中々いいよね。そそられるなぁ」


 金髪碧眼の男――マルセル・イアシュヴィリが、仮にも婚約者の目の前で別の女にウインクをする。それはどう見ても、自分の容姿に強い自信を持っているからこその行動に思えた。


 六人の中で最も高い背に、この国では中々見ない鮮やかな金髪、少し下がった目尻も、どこかしどけなくて色気がある。

 アニカにとっては毒にも等しいそれらだが、


「お誉めに預かり光栄です」


 ニコは少しも表情を変えることなく、さらりと低頭した。

 そのあまりの鮮やかさに、おぉーとアニカは内心で感嘆の声を上げた。さすがニコ。とても真似できない。


 しかしニコが終わりと言ったからには、もうこの地獄にも等しい空間も終わりということだ。一刻も早くニコが「お引き取り下さい」というのを待っていると、


「では姫様。この中からまずお一方をお選びください」


「…………、ええぇっ!?」


 全く正反対の言葉が降ってきて、アニカはぐいっとニコを振り仰いでいた。そして会話の始まりを思い出す。


(そうだった。寝る前の話し相手を選ぶとかなんとか)


 男たちの自己紹介を聞くだけで許容量が超えていたアニカは、すっかり忘れていた。


(……要らないのにぃ!)


 いい加減我慢の限界がきて、ニコの背に隠れたままわっと顔を覆って床に蹲る。


「あれ、泣いちゃったの?」


 そう言って真っ先に距離を詰めてきたのは、やはりというかマルセルであった。

 びくっと視線を向けると、ニコの背後を覗き込むようにして、にこにこと唯一の逃げ道を塞がれていた。


「可愛いなぁ。小さな女の子にこんな風に泣かれると、なんだか背中がむずむずして……背徳感っていうの? 悪くないよね」


「っっっ!」


 ぞわわっ、と全身が粟立った。自分で自分を掻き抱く。

 ぷるぷるぷるっ、と必死で首を横に振っていると、更に別の男の声まで近付いてきた。メトレベリ公爵家のラズである。


「てめぇ、また! いい加減にしろよ、相手は女の子だぞっ」


 背後からマルセルの右腕をとり、強引に引き離してくれた。しかしその程度で引き下がるマルセルでもない。


「女の子だからこそ、もっとお互いを知って仲良くしたいと思っただけだろう?」


「嫌がってんのが分からないのか」


「そんなのは最初だけだよ。そもそも、ここはそのための場所だろう? 近寄らなければ始まるものも始まらないよ」


「それでも、やり方ってもんがあるだろう」


「これが僕のやり方だ。自分たちが王女殿下と懇意に出来ないからって、僕を責めるのはお門違いだよ」


「……はあ?」


 あ、青筋。


 やはり、知り合い云々より単純に馬が合わないようである。

 同感です、と再び胸の内で同意する。


 しかしマルセルを離してくれてありがたいと思う一方、目の前で男二人が怒鳴り合うのがまた怖くて、アニカはニコの後ろで身を縮こまらせていた。

 勝手な言い分だと重々承知しながら、他所でやってほしいと心底思う。


「アニカ殿下」


「はいぃっ?」


 他人ごとのように眺めていたら、突然ニコから名前を呼ばれて飛び上がる。見ると、相変わらずの真顔でくいっと顎を向けられた。

 どうでもいいから早く決めろ、と言いたいのであろう。


(そんな急かされても……だだ誰にしたらいいの?)


 恐怖心を堪えて、今一度室内の男性たちを眺めやる。だが半数以上がアニカを睨んでいるような状況で、誰とも話したいと思うはずもなかった。


 しかしニコの容赦のなさはまだまだ続くようで、


「お決まりになりましたか?」


 アニカの必死の拒絶を承知しながら、清々しいくらいに話を進められた。悪魔に見えた。


 しかしここでまた泣き伏しても、ニコは怒るしマルセルは寄ってくるであろう。今決めなければ、この地獄の顔合わせは終わらない。

 アニカは情けない悲鳴を必死に飲み込んで、もう一度全員の顔を順繰りに見た。


(……決めた!)


 そして気付いた。唯一の逃げ道を。


「マルティ様。あなたにお願いします」


「……は?」


 ニコにしがみついたまま、一番年少のマルティに向かって深く頭を下げる。アニカには、それしか選択肢がなかった。


 あの事件があったのが十二歳の時だから、九歳の少年でも本当は少し怖い。だが他の五人はもっと怖い。消去法で考えても彼しかいなかった。


(お願い、断らないで!)


 内心で必死に祈っていると、小さな衣擦れの音がして。


「わか――」


「いけません。何故で――マルティ様がそのようなことを」


 二人が同時に声を上げた。マルティ本人と、隣に護衛のように立つディミトリー・ミシェリであった。アニカの視線から庇うように、一歩マルティの前に出る。


 そこでふと、ニコが朝に述べた説明を思い出す。

 確かニコは「うち数人」が候補者だと言った。全員ではないのだ。もしかしたら、ミシェリは本当にマルティの近侍か護衛なのかもしれない。


 案の定、マルティは上に立つ者の風格で、前に出たミシェリを牽制した。


「やめろ、ディー」


「……しかし、」


「ぼくは引き受ける。……アニカ殿下、よろしくお願いします」


 それでもまだ不服そうなミシェリを抑えて、後半の言葉をアニカに向けて放つ。こちらこそ、と返そうとして、またもマルセルが口を挟んできた。


「えぇー? そんなお子様がいいの? 僕だったら一時も飽きさせないで満足させてあげられるのに……そんなんじゃ、夜がつまらないよ、アニカ姫?」


 いつの間にかラズの腕を逃れ、さらりと流し目まで送られた。最早見ているだけでもくらくらする。


「誰がお子様だっ。お前、見た目で判断するなど無礼だぞ!」


「そうです! 今のマルティ様はまさに黄金期! それを冒涜ぼうとくするような発言は看過できませんよ!」


「ディー! だからお前は黙っていろっ」


 反論したマルティにミシェリまで加わり、一気に部屋がわちゃわちゃする。


「それじゃあ、僕たちは他に何をしたらいいの?」


「何もしないでいい。とっとと帰れ」


 拗ねるように疑問の声を上げたマルセルを、ラズが容赦なく斬り捨てる。だがこれに、それまで沈黙を保っていたリシェリ侯爵家のレヴィまでが同意するように口を開いた。


「確かに、それは僕も知りたいところですね」


 それまで助け舟を出してくれていたレヴィの追及に、ついに「えぇっ」と言葉が漏れていた。

 そんなものは知らなくていいのでとっととお帰り頂きたい。言えないけど。


 しかしニコは我が意を得たりとばかりに頷いて、最悪なお知らせをもたらした。


「それはまた明日以降、殿下と話し合いながら決めて頂く予定です」


「えっ、まだ喋るのっ?」


「当たり前です」


 信じられない発言に、ヒッと両手を頬に当てる。

 また目の前が白くなった気がした。




       ◆




 その後、どうにか働かない頭を振り絞って全員にお帰り頂いた後、アニカは必死にニコを説得した。しかし彼ら全員にアニカと接触する仕事を与えることは王妃の意向であり、拒否はできないといつもの表情で突っぱねられただけであった。


 そして、夜。


「…………」


「…………」


 食事も湯浴みも済ませ、部屋着に着替えて寝台に潜り込んで少ししてから、マルティは寝室を訪れた。声から察するに、小私室にはニコとミシェリもいるようである。

 まだ納得していないようなミシェリの声を振り切って入ってきたマルティを、しかし入室一歩目で押し留めて以降、会話は一向に弾まなかった。


 そうして、お互い黙すること早一時間。やっと口を開いたのは、マルティが少しこっくりと船をこいだかと思う頃であった。


「…………、あなたが悪いわけじゃないのよ」


 掛布を顎まで引き上げたまま、恐る恐る声をかける。と、「ハッ」と目を見開いて、マルティが姿勢を正した。やはり眠かったようである。


「何のことだ」


 マルティが綺麗に整った眉根を寄せて、訝しむ声を上げる。アニカはまず最初に断っておかなければと思ったことを、何とか言葉にした。


「その、あなたと会話しないのは、あなたに何かあるとかじゃなくて、その……恥ずかしながら父や、兄ともまともに喋れなくて」


「……あぁ、そのようにうかがっている」


「だからその、全然喋れなくて嫌な思いをさせると思うけど、ごめんね」


 自分で自分の情けない部分を正直に言うのは、どうしようもなく居たたまれなかった。しかし初日から誤解を与えたままではいけない。特に相手は年下で、九歳だ。アニカには説明する義務があった。


 案の定、マルティは逡巡するような沈黙を開けてから、ささやかな疑念を口にした。


「……ぼくが相手でもダメなのか」


「よっぽどお爺ちゃんか赤ちゃんなら平気なんだけど……こればっかりは、体が勝手に反応しちゃうものだから」


 もう一度、ごめんね、と小さく付け加える。

 彼がどんな思惑で婚約者候補としてここにいるのかは分からない。だが、どう頑張っても期待通りにはしてあげられないだろうという思いはあった。


「与えられた役目は全うする。ぼくは気にしない」


 アニカの言葉を噛み締めるような間を空けてから、マルティが大人びた言葉で受け入れる。それを微笑ましく思って、取りあえず早く解放してあげようとアニカは目を瞑った。


「ありがとう。毎日なるべく早く寝るからね」


「! ……あぁ、おやすみなさい」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ