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11. アニカ、目撃する。

「本日は、お約束通りメトレベリ様とご歓談頂きます」


「はい」


 侍従長のミリアンと入れ替わりに入ってきたニコに促され、今日も今日とて動きにくいドレスを着付けられながら、アニカは頷いた。

 しかしその返事は、昨日までの諦めとは少しだけ違う気持ちであった。


(話をしよう。ちゃんと、私のことも聞いてもらおう)


 藁人形ツァヴィも短剣もないが、代わりにジーラの言葉を胸に部屋を出る。


 今日は、相手のラズの希望で、南庭のトティと呼ばれる東屋で話すことになった。それもまた、アニカの不安を少しだけ和らげてくれた。

 あの場所は小高くなった場所に建ち、築山の下に広がる花壇や人の行き交うのが、よく見通せる。密室よりもいくらか気が楽だった。


 ニコに先導されて庭園に入ると、すぐに白い三角屋根に一つの尖塔を持つ建物が見えた。壁はなく、列柱が周りを囲む中を、初春の爽やかな風が通り抜けていく。

 状況は昨日と同じだが、いつでも逃げ出せるという状況は、アニカの心に余裕を持たせてくれた。


「姫様」


「うん。行ってきます」


 怖いけど、という言葉は飲み込んだ。始まる前から弱音は良くない。と思っていると、何故かニコに数秒見つめられてしまった。


(な、何か変だったかな?)


 緊張している自覚はあるが、それはここ数日は毎日のことなので、今更のような気もする。


「な、なに?」


「……いえ。いってらっしゃいませ」


 おどおどしながら聞くと、少しの間をあけて普通に送り出された。


(何だったのかな。何か困り事とか?)


 しかしもし困り事があっても、ニコがアニカに相談するというのはない気がする。あるのは決定された事実の通告だけだ。

 ニコにしては珍しく煮え切らない態度を不思議には思ったが、いつまでも相手を待たせてもいられない。ニコをトティの入口に残して、短い階段を上る。

 先客は、既に一番奥のベンチに座っていた。足音に振り向いた青年が、軽くお辞儀をする。アニカもぺこりと頭を下げ、すぐ手前のベンチに腰を下ろした。


 距離は、昨日の談話室よりも少し近い。だが向き合う格好でない分、焦りは少なかった。さて、何から話そうか、と考えていると、ラズの方が先に話題を振ってくれた。


「ここは、いいですね。周りがよく見える」


 少し高めの掠れた声は、意外に穏やかで耳に心地よかった。そして、今まで怒声しか聞いていないと気付く。この人はどんな人だろうか、と思いながら、「はい」と頷く。


「私もここの景色が好きで、子供の頃はよく遊びに来ていました」


 顔を見る代わりに、ラズと同じ方向を見る。春に向けての今は、左右対称に刈り込まれた生垣の間に、赤や白、ピンクやアプリコット色の薔薇の蕾が、ちらほらと見えだしている。


「今は、来ないのですか」


「全学校に入ってからは、縁遠くなってしまいました」


「学校では、すごかったですね」


「み、見られていたのですか?」


 思わぬ言葉に、アニカは恥ずかしさに赤くなった。

 思えばラズは一つ年上なだけだ。アニカと違いずっと王立全学校に属しているなら、アニカが剣を振るう姿も見られていた可能性は確かにあるのだ。


「お恥ずかしい限りです……」


 あの頃は剣を習うのが楽しく、周りで男子たちが何を言っても、少しくらいしか気にしないでいられた。だが今思えば、周りが遠慮しているのに気付かず喜んでいただけの、世間知らずなお遊びだったのであろう。


「いえ、貴方は強かったですよ」


 けれど返されたのは、しっかりとした否定だった。その声があまりに強く、思わず離れた場所にいるラズを見つめる。


 それは今まで聞いた剣の教師や大人の貴族の言う、形式的な誉め言葉とはまるで違う、純粋な賛辞であった。

 ラズの声も瞳もあまりに真っ直ぐで、少しの嘘も追従ついしょうもないと分かる。だからアニカは余計に頬が熱くなった。


「あ、ありがとうございます」


 三年の時を経て初めて感じる純粋な嬉しさを噛み締めながら、慌てて頭を下げる。まだ顔を見るのは辛いが、この人はあまり怖くないかもしれない、と思う。


 ちらり、と遠く左端に座るラズへと視線を移してみる。


「!」


 タイミングが良かったのか悪かったのか、こちらを振り返ったラズとばっちり目が合ってしまった。また慌てて下を向く。そして思った。


(お、終わりが分からない)


 家と結婚以外の話を、と思っていたが、そうするといつまで経っても終わらないことに今気付いた。やはり本題を切り出さなければならないのか、と思うと、途端に空気が重くなった気がする。


(なんて切り出そう……)


 とにかく、婚約に対するお互いの考え方などを話し合わなければ、何も始まらないし終わらない。


「あ、あの、ここ婚約について、ですが」


 と、どうにか勇気を振り絞って切り出した時、


「ラウル!」


 甲高く呼ぶ声が遠く聞こえ、アニカは咄嗟に周囲を見回していた。庭園の終わりの方に、確かにラウルを見付ける。

 その彼の下に駆け寄っているのは、流行の華やかなドレスに身を包んだ可愛らしい女性であった。


(えっ、まさか)


 思わず列柱の下部分を囲む手摺に身を隠しながら、ラウルを覗き見る。見れば、離れた隣でもラズが同じような姿勢で成り行きを見守っていた。


「あ、逢引きでしょうか?」


「まさか……だが」


 距離を取りながらも小声でやり取りする。いけないと知りつつつい聞き耳を立てていたアニカだが、予想に反して女性はラウルに抱きつきはしなかった。


「こんな所で何してるの!?」


 険しい顔をするラウルの前に仁王立ちして、女性がキンと高い声で責める。もしや第二王女の婚約者として城にいると聞き、嫉妬で乗り込んできたのだろうか。

 まさか彼らの中に既に心に決めた人がいるとは思わず、アニカは途端に悪いことをしたと胸が痛くなった。


「第二王女との婚約の話は、ご存じのはずですが」


「だからっ? あたしの手紙読んでないの? 姉が困ってるって言ってるのよ。すぐに動きなさいよ!」


 ラウルらしからぬ小さな声に応えたのはしかし、予想外の単語だった。


(姉? じゃあ、アルベラーゼ侯爵家のご令嬢かしら)


 髪色も瞳も、雰囲気すら似ていないが、姉であれば隠れる必要はない。と思うのだが、顔を出す勇気はなかった。

 ラウルが、鋭い視線を更に険しくして首を横に振る。


「すぐには無理です。あとで理由を説明して、一旦屋敷に戻りますから」


「はあ? 王女なんて、引きこもってるだけで何もしない人でしょ。そんなのいいから、今すぐ行ってきて」


 女性のあまりに直截ちょくさいな物言いに、アニカはきゅっと心臓を掴まれたような思いであった。全くの至論だったからである。


「随分と、仲の悪い姉弟だな」


 ラズが、小声で呟く。それが遠回しな表現だとは、アニカも気付いていた。女性が続ける。


「もう三日もあんな醜男ぶおとこに付きまとわれてるのよ。気持ち悪いったらないわ。早く追い払ってきて」


「付き合っていた相手ではないのですか」


「一、二度遊んだだけよ。すごく詰まらなかったわ。いいから早くして。あんたが家にいる理由なんて、それくらいしかないでしょ」


「……分かりました」


 女性の言葉は、あまりに心ないものであった。

 昨日ラウルと話し、ラウルが家族の中で居場所がないようだというのは感じていたが、これではあまりに酷い。あれでは、弟というよりも召使いにするような態度ではないか。


 しかし昨日のこともあり、アニカはとても二人の間に出しゃばることは出来なかった。ラズも弁えているのか、動こうとはしない。


 貴族のお家事情は繊細だ。たとえ善意でも、口を挟まれるのは恥を知られるようなものと、嫌う者は多かった。


 結局二人は盗み聞きをしただけで、女性がラウルのもとを振り返りもせず去っていくのを、ただ見ているだけであった。


(ラウルさん……)


 昨日感じた思いが、再び胸に込み上げる。見ていたと言ったら、彼は怒るだろうか。だが、知らぬふりをするのは嫌だった。

 声もかけられないくせにその場に立ち上がろうとした時、


「ラウル」


 再び、その名を呼ぶ声がした。今度は女性が去ったのとは反対方向から、男性の声である。慌てて隠れて見ると、赤髪の美しい男性が歩いてくるところであった。


「レヴィ」


 俯いていたラウルが、そっと振り返る。そう言えば、二人は学友だと言っていた。もしかしたら、互いに事情を知っているのかもしれない。


「大丈夫か?」


 レヴィが、ラウルのすぐ前で立ち止まって気遣わしげな声を掛ける。その手が持ち上がって、あちこちに跳ねた黒髪に触れようとした寸前、パシリとラウルがそれを叩き落した。


「いちいち触んな」


 そう言われたレヴィの新緑色の瞳は、距離こそあったが、傷付いているようにアニカには見えた。

 黙ってしまったレヴィに、ラウルが逡巡の末「……大丈夫だ」と言葉を足す。そのやり取りに、二人の関係が少しだけ見える気がした。


「良かった……」


 ラウルが独りで抱え込むことにならなくて、アニカは強く安堵した。辛い思いを分かち合ってくれる誰かがいることはとても大事だと、昨日教わったばかりだから、余計に。


「本当、良かったな」


 独り言のつもりだった言葉に同意があり、アニカは「はい」と頷いてそちらを見る。と、今度はしっかりとラズがこちらを見ていた。

 その青灰色の眼差しの強さに、一瞬目が逸らせなくて、強い動悸を感じる。けれどそれは怖いだけとは違うようで、アニカは混乱した。


(ど、どうしよう)


 そう言えば、会話が止まったままだった。取りあえず、すごすごとベンチに戻って、何食わぬ顔で話を再開させればいいのだろうか、と考えた時、


「お二人とも、何をなさっているのですか」


「ひゃあっ」


「わっ」


 出し抜けに背後から声をかけられ、二人はその場でババッと立ち上がった。振り返ると、ニコが入口で直立して、間の抜けた格好でしゃがんでいた二人を眺めていた。


「こっ、これはそのっ、」


「別にやましいことをしてたわけじゃ、」


「盗み聞きとかじゃなくてっ、」


「そう、声が聞こえてきたから、」


 二人で慌てながら釈明する。その態度が既にやましいのだが、ニコは敢えて指摘しなかった。代わりに、絶対聞こえていたであろう進捗状況を確認してくる。


「それで、お話しは済みましたか?」


「えっ?」


「あ、ああ」


 そう言えばそうだったと、もう一度お互いの顔を見る。そしてすぐに逸らした。何故か異様に恥ずかしくて顔が見られない。まぁ、見られないのは前からなのだが。


「ではメトレベリ様のお役目は何になりましたか?」


「あっ」


 言われて思い出す。勿論決まってなどいない。素直にまだです、と言おうとした寸前、ラズが先に答えた。


「護衛だ」


 え、そうなの? と思わずラズを見――ようとして、やめる。今はまだ見ない方がいい。

 ニコはそれをどう取ったのか、物言いたげな間を空けてから「分かりました」と頭を下げた。


 よく分からないが、今日の話し合いは一応終わったらしい。


(これで、良かったのかしら?)


 始まる前の決意に反し、何も知ることも知ってもらうことも出来なかった。相手を不快にさせたり失敗もしなくて済んだようなのは良かったが、結局変われなかったような気がして、アニカは複雑な心持ちであった。


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