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キラーハウスの殺人鬼ども  作者: 霜月 響
6/6

〜喪失者の追憶〜

 パタン。

 冷え切ったドアノブから手を離す。

 自室の扉を閉めると、僕の周りは静まり返った。

 下の喧騒は僕の部屋までには届かない。

 僕の心のようだ、とレオのようなことを思ってみる。実に自分らしくない。いや、その前に自分とは何だっただろうか。僕はどんな人間だっただろうか。それ以前に人間であっただろうか。

 ああ、たま思考がぐるぐると巡る。思考と共に目の前の光景も回っているように感じて、かなり気持ちが悪い。

 きっとこれがいけないのだろう。これがレオの言っていた、僕が納得しない原因の一つなんだろう。

 だからってどうすればいい?どうすれば……。

 ふらふらと僕は机に向かった。

 机の上には白紙のままの手帳。これはレオに貰ったものだ。

 『何かあったら書くといい。君のことでも、我々のことでも』

 その時のレオの言葉をふと思い出す。レオはこれを予感していたのかもしれない。

 僕は今日聞いた話を手帳に全て書き出す。

 ギルさんのこと、フィオさんのこと、ウィルさんのこと、ヘーゼのこと、そしてレオのこと。

 そして、手を止めた。

 書いていて思う。彼らと僕は決定的に何かが違うのだと。

 人間的な彼らと、何かが欠けた僕。僕はその欠けたものが分からない。

 だから…。だから。

「――僕は…異端なんだ」




 僕は、極一般的な家庭に生まれた。

 酷く理性的で頑固一徹の父と、感受性豊かな優しい母。僕はその間に生まれた一人っ子。普通の子より大事にされていた自覚はある。

 ただ僕があの人達を愛するということは、一度もなかったと思う。

 今思えば、いることが当たり前ではなく、いることが異常に僕には思えていた。彼らが何を理由に僕を愛しているのか、親子だから愛しているのだとか、大切な息子だからだとか、それが僕には理解出来なかった。というよりも、その後付けされたような理由に酷い吐き気を感じたのを覚えている。

 「愛しているわ、ノア。この世の誰よりも」

 「…大切な私達の息子」

 恍惚と並べられた言葉。どんなものより真実味に欠けた言葉。

 「……」

 僕は決まって無言を貫いた。だけど、それはきっと間違いだ。僕もだ、と答えるのが正解だったのだろう。

 分かっていてもそうしなかったのは、確かな壁を彼らとの間に感じていたからだと思う。

 分かっていながらもそうしなかったのは、彼らとの間に確かな壁を感じていたからだと思う。決して分かり合えることの無い壁が。

 僕は前から何も無かった。

 共感を求められても、分からないから、理解出来ないからしない。おかしいと言われても、何がおかしいのか分からない。それが僕の普通。他人のこと、特に感情なんて分かるはずもない。

 考えもないから、聞かれたって答えられない。いや、考えは違う。ある。だけど、言葉には出来ない。自分で理解しきれてないからだ。理解するのに時間がかかり、結局言うことが出来ない。

 僕はずっと異端だ。

 結果を言ってしまえば、両親を僕は殺した。

 満月の日、薄暗いリビングを彼らの血で染めた。死体が転がり、鉄の匂いが漂う中、僕だけがナイフを片手にそこに立っていた。

 殺害のきっかけ…。

 多分、あの本だ。街の書店で見つけた、本棚の端に一冊だけあったあの本。

 タイトルは、殺人鬼は夜に語る。

 どこか冷たい雰囲気のある表紙とその怪しいタイトル。殺人鬼という言葉に僕は惹かれたんだと思う。だから、目に付きにくい場所にあったのに何故か目に入り、手に取ってしまった。

 僕に影響を、殺人を犯させたのはその中の一部の言葉。

 『殺人には理由がある。それは欠けたものを補うため。どの殺人鬼もその欠けたものを求めて殺人を犯すのだ』

 ああ、そうだ。その言葉が僕を掻き立てた。やっと、分かった。

 僕は感情が欲しかった。殺したらあるはずの感情が。

 満足感、快楽、愛情、安心感、優越感……。

 両親を殺したら何が感じるんじゃないかと思った。曲がりなりにも血の繋がった両親だ。完全な他人より、感じられると思った。

 だけど、何も感じなかった。あるのは、空の心と思考。何も無いことにただ困惑するだけだった。

 感情が欲しかった。足りないものは感情だった。それがどうしようもなく欲しくて、でも手に入らなくて。

 そして、僕は自分に失望したんだ。




 「ああ、そうだった」

 ――思い出した。

 僕は再び万年筆を動かす。

 そうだ。影響されて僕は殺した。だって本に書いてあったから、それが本当か試したくて。あわよくば、感情を手に入れたくて。

 だが、彼らの死は無駄だった。

 三人目は僕に良くしてくれる街のパン屋のお兄さん、四人目は僕のことを好きだと言った同い年の女の子。

 みんな殺した。そしてまた無駄死にさせた。

 僕の周りはなんて何も無い。意味をなさないものばかりが僕を取り巻く。

 だから、理由がある彼らが、ここの住人が眩しく思えた。一般の人からは異常だと言われるが、彼らは精一杯に生きている。

 それに比べ僕はどうだ?下らない。屍のようにただ生きている。実に下らない。吐き気がする。

 ヘーゼルよりも人形のようで、ウィルフよりも生きている価値がない。フィオンのように愛を求める資格すらなく、そして、ギルバードよりも余程化け物に近い。

 何故僕は生きているんだろう。こうまでして生きていたいのだろう。

 ふと、手を止めて窓を見る。闇の中にぽっかりと浮かぶ月。今日は満月だ。

 それはあの日を思い起こさせる。

 殺害現場を見ても動じぬ青い瞳。蒼月を思わせるほどに冷たく冴えた、僕を拾った人の。

 『私はレオル・クロフォード。君は……随分と空っぽだね』

 あの本の作者と同じ名前の、その同一人物の言葉。

 月の光に浮かぶ彼女はひどく美しくて、その声は甘い毒のようで。

 殺したい。そう思った。

 そう、僕はレオを殺したい。彼女に所謂好意を抱いている。何故かは知らない。何も無い僕が、初めて抱いた好意。それを自身で消した時、一体どんな感情が生まれるのだろうか。彼女ならば教えてくれるだろうか。

 窓を開けると、強めの風が室内に滑り込んだ。少し肌寒いが、気にはならない。考えすぎて少し熱いくらいだから。

 白灰の髪が目の前をチラつく。少し鬱陶しい。

 思わず笑ってしまうほど、簡単だった僕の理由なんて。ひどく単純だった。

 彼らは狂ってる。人を自身の欲を満たすただの道具としか思わない。欲を満たすためならば、躊躇はしない。

 狂ってる。果てしなく狂って、そして美しい。

 だけど、やっぱり僕も狂ってる。

 だってここは、殺人鬼ばかりが集まるキラーハウスなのだから。

どの作品にもモデルというモデルはいません。あくまで作者の想像と、過去のシリアルキラー達の発言から推測した内容となっています。

全ての人に様々な考えがあるように、殺人鬼達にもそれぞれの考えがある。そのことを分かっていただけたなら幸甚です。異常だと一括りにするのではなく、考察し推測し、その上で判断することが今の社会には求められているのではないでしょうか。

殺人鬼という形で表しましたが、全てに置き換えて言えることです。今一度自分を見直してみてほしい、と常々思う作者であります。

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