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キラーハウスの殺人鬼ども  作者: 霜月 響
5/6

〜サイコパス〜

 「――へぇ、そんなことがねぇ…」

 キアラの店内からキッチンを通り抜け、自室のある三階には行かずに、二階に上がって僕はある人の部屋へと立ち寄った。

 向かい合わせのソファに深く腰を下ろし、背を預けたこの人は徐に肘掛に頬杖をつく。

 「それで、聞いた感想はあるかい?」

 さして興味がなさそうに問う。ないならわざわざ聞かなければいいのに、とは思うが、あえて言わなかった。

 だか、その蒼眼は僕にじっと据えられていた。

 「それぞれが、しっかりとした理由があると思いました。僕みたいに…曖昧じゃなく…」

 「それはそうだろう。君の方が珍しいのだから」

 「…あとはまあ、狂ってるなって…やっぱり」

 「殺人鬼が狂っていない方がおかしいよ」

 いちいち挟まれる合いの手が、若干煩わしい。

 男性用のスーツに身を包んだこの人――レオル・クロフォードは、歴とした女性だ。女にしては高い身長と低い声で、本人が言わなければ、完全に男と間違えられる。

 表では作家をしていて、僕はレオに拾われ、一応弟子をしている。作品はどれも殺人鬼について考察されており、主にレオ自身のことを書いている。

 「感じたのはそれだけかい?やはり、君は相変わらずだ」

 レオは大袈裟に肩を竦めた。

 「言葉で表すならば、虚無。感情はあれど、考えはない。まさに空白、虚無だ!」

 大きく腕を広げ、声を立てて笑い始める。だが、その目は笑っていない。口だけに湛えられた笑みは酷く不気味だ。

 正直言って、僕のことはどうでもいい。それは彼女も同じだ。

 僕が知りたいのは、他人の理由。それは、この人も例外ではない。

 「あの……レオのことも、教えて頂けませんか?」

 「………私の過去かい?」

 きょとんとした目の奥には微かに輝きがあった。この人は自己愛が強いから、自分が話題の中心になるのが嬉しいのだ。

 「まあ、気になってはいたんで」

 いつも嘘を並べ立てて、誤魔化そうとするから。

 レオの嘘は酷く分かりずらいが、僕には全てお見通しだ。なんでなのかは、僕にも分からない。

 「ははっ!いいよ、もちろんさ!」

 そう言って、彼女は左足が上になるように、足を組みかえる。

 「それでは始めようか、ブラッティムーンの物語を」




 簡単に言ってしまえば、理由は他人の笑顔が許せないからだ。

 他人が幸せそうに笑っているのが、どうしても許せない。

 私の生まれはロンディオより北に離れた田舎街、ファーフォルード。

 母の連れ子で、異父姉妹の妹が二人いたんだよ。

 正直、家族のことは嫌いだった。奴隷のような扱いを受けて、好きでいられる者なんていないよ。

 やれと言われ、出来なければ罵倒が飛ぶ。意見を言えば、口答えだ!、と殴られる。

 痛い思いをするのは私ばかり。辛い思いをするのは私ばかり。その横で笑う彼らが酷く目障りだった。なぜ笑っているのか、理解できない。なぜ私ばかり涙を流しているのか、理解できない。私は酷く不幸なのに、幸せそうに笑う彼らが許せない。

 だが、共に笑うことを要求される。だから、一緒に笑ってやる。そうすれば扱いやすいと私は知っている。

 彼らの理想とする人間でいれば、彼らを思い通りにコントロールできると知っている。コントロールさえできれば、彼らはわざわざ手を下さずとも争いを始める。私と同じ苦しみ、痛みを味わえさせることが出来る。人の苦痛、悲鳴、それが愉快でたまらなかった。

 だが、それだけでは次第に満足出来なくなってきたことに、いつしか気付いたんだ。それに、手回しというのもなかなか面倒でね。

 あれは十三歳の時だったかな。今でもよく覚えているよ。

 いつも本を読みに行く公園で、ある少女が楽しげに笑っていたんだ。彼女の周りには人が集まり、キラキラと輝いていた。

 名前はなんと言ったかな?……ああ、そうだ。確かソフィーアだ。年は十歳。ブロンドのミデイアムヘアに白いワンピースがよく似合っていた。

 大人にも、同い年の子供にも、年下にも。老若男女問わず好かれるような子だった。

 街で評判のその子を見るのは、その時が初めてだった。だが、一目見た瞬間、その子を壊したい衝動に駆られた。

 ただ単に気に食わなかった。苦しさなど、辛さなど、悲しみなど一切知らないようなその笑顔が。今までは傍観してるだけでよかった。だが、ソフィーアだけはこの手で壊さなければ、殺さなければ、気が済まなかった。

 彼女が一人の時を狙って、私は彼女に近付いた。

 警戒心の全くない子でね。それにメルヘンチックな子でもあった。だから、森に妖精の泉があるんだよ、と言ったら、何の疑いもなく付いてきた。

 それにも腹が立った。

 なんて楽観的なんだ。この子の脳内は花畑だな。ああ、早く壊したい。殺したい。苦しみを知らないこの子に、苦しみを教えてあげたい。

 森の奥まで来て、彼女はやっと違和感を持ったらしい。

 「ねぇ、泉はどこ?随分奥まで来たけど…」

 「ああ、泉かい?泉は………ないよ」

 その時の彼女の驚き様は本当に愉快だった。

 振り下ろされる斧を見て青ざめる顔。悲鳴を上げ、逃げ惑う彼女。

 「アッハハハハ!鬼ごっこかい?楽しそうだねぇ!」

 追いかけては斬りつけて、それを繰り返し、ついに彼女は走れなくなった。

 それでも、這って逃げようとするから、少しずつ四肢を切断してあげた。それでは物足りず、目を抉った。耳を削いで、鼻を削いで。最終的に彼女は失血死した。

 彼女を虐めながら私は最高の快楽、幸福感で満たされていた。こんな感情は味わったことがない。

 他人の苦痛はなんて、なんて甘い!これを味わわずに、人生が始まったと言えるだろうか!?否、言えない!この快楽が私を作る。

 私はこの快楽を忘れることなんて出来ない。そして、虜になった。




 「――…これが私の過去、そして理由さ」

 しばしの沈黙の後、レオはそう締め括った。まるで物語を読み終えた時のように、手をパンッと合わせる。

 その瞬間、ギラギラと狂気で煌めいていた瞳が、急にそれを失った。

 「さて、君の感想を聞こうか?」

 再びソファに背を預け、今度は交差させた足の上で手を組む。

 「必要以上に苦しめるという点については、謎です。だけど、あなたの他人の幸福が不公平で許せない、という考えを否定する気はありません。ただ、僕にはやっぱりよく分かりません」

 と言うよりも、彼女は自分の惨めさを認めたくないだけなのでは、と思った。他人の幸せが許せないのは、そういうことも関わってきているのではないか、と。

 だが、こんなこと聞いてもはぐらかせれるのがオチだろう。

 「苦しめる点については、完全に私の趣味みたいなものさ、一言で言ってしまえばね」

 「趣味、ですか…」

 ああ、そうさ、と言って彼女はカクテルグラスを揺らす。

 カクテルの名はブルームーン。ジンベースのカクテルで、彼女の瞳の色によく似ている。

 上に行く際、ギルさんが持って行ってやれ、と持たせてくれたものだ。

 「ああ、やはり美味しいね。この色といい、幸せの瞬間というカクテル言葉といい、私にぴったりだとは思わないか?」

 演劇のセリフのような言葉を言い、話を逸らそうとする。

 いつもは流されてあげるが、今日は流される訳にはいかない。

 「殺人鬼になる原因って…何だと思います?」

 自分の思い通りにならないと分かると、レオは見るからにつまらなそうな、嫌そうな顔をして見せた。

 だが、この質問するのはレオにだけだ。彼女ならば僕が欲しい答え、またはそれに繋がるものを持っていると思ったからだ。

 そうだねぇ、とレオは考え込むように腕を組んだ。

 「育った環境や親…も一つの要因ではあるだろうね。だがね、私は思うのだよ。誰もが殺意、狂気を身のうちに飼っている。一般人はそれを実行に移さないだけ。我々は実行している、それだけの違いだ。だから、皆誰しもが殺人鬼になる可能性は十分にある、とね。」

 「必ずしも、特別なことではないと」

 「そうさ。それに殺人というのは、少しの理由がその衝動を掻き立てるものだ。特別な感情でもない」

 どこか説得力ある言葉だった。これはいつもレオが小説の締め括りに使う言葉だ。よく、読んでいたからすぐ分かる。

 そう。僕は、この言葉を深く信じてしまっていたんだ。

 「殺人には理由がある。それは欠けたものを満たす、という理由だ」

 伏せていた顔を上げ、レオをじっと見つめる。中性的で美しい顔には、やはりいつものように口だけの、ひどく不気味な笑みが浮かんでいた。

 「私は君ではない。故に良くは分からない。だが、君のことは君がよく分かっているはずだ。そう、君はただ目を逸らしているだけなのだよ、自分の動機からね」

 「……」

 「私はヒントも答えもあげないよ。だってそれじゃあ君、納得しないじゃないか。それでは意味が無い。それでは楽しくない」

 ――ああ、この人は。

 そうだ。この人はこういう人だ。ひどく残酷で利己的で、無責任な、僕を拾った人。

 「……失礼します」

 そう言って僕は席を立つ。

 ドアノブに手をかけて肩越しに見ると、レオは真っ直ぐ僕を見ていた。

 蒼月の瞳は、やはり光を映さない。血色の良い唇が象った笑みだけが、僕の脳裏に深く焼き付いたのだった。

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