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キラーハウスの殺人鬼ども  作者: 霜月 響
4/6

〜ドールメーカー〜

 「ああそうだ、全員ならこの子のも聞いたらどう?」

 そう言ってウィルさんは自分の左隣に視線を向ける。

 そこにはいつの間にか、赤い裾を絞ったドレスを纏った少女が座っていた。

 「え、ヘーゼ…いつの間に」

 「ほんと神出鬼没だよなぁ、お前」

 「ほんと、ヘーゼって凄いよねぇ」

 少し驚いて椅子を鳴らす僕とは違い、慣れてるギルさんとフィオさんはさも驚いていないように言った。

 「やぁねぇ、私が話してる途中に来たじゃなぁい。ねぇ、ヘーゼ」

 「……」

 ウィルさんの問いかけに、彼女はこくりと頷く。

 ヘーゼル・マリオット。シェアハウスの住人の中では最年少の彼女は、ひどく無口だ。話しているのを聞いたことは、数えられるくらいしかない。滅多に一階に降りて来ず、自分とそっくりな人形を常に抱いた不思議な子。

 年が近いのだが、僕はこの子は少し苦手だ。感情の読めず、人間味がない。そういうところが、どこか僕に似ているから。

 「で、どうするのノア?ヘーゼのも聞く?」

 ウィルさんが優しく問うそれに、僕は静かに首を縦に振った。

 「えっと、ヘーゼ…教えてもらえるかな?その…殺人を犯す理由」

 ヘーゼは反応しなかった。紅玉の瞳はただ一点を見つめるだけ。凝った服装も相まって、本当に彼女が人形なのではないかと錯覚してしまう。でも、彼女のお気に入りの人形を抱く腕に、少しだけ力が入ったのが分かった。

 「嫌なら…いいよ。無理強いはよくないし」

 ヘーゼは首を横に振った。それからゆっくりと口が開いて、少女らしい鈴の音のような声が響く。

 「……嫌じゃ、ないよ。知りたがるのは……人の性」

 僕は軽く目を見張った。

 滅多に話さない彼女が一言以上も話すのは、実に珍しい。

 「ウィルじゃなくてぇ、ヘーゼが話すのぉ?」

 彼女はまたこくっと頷く。自分で話すと言うのだ。

 これにはギルさんもフィオさんも、驚きを隠せないようだ。

 ただ、ウィルさんだけは、やっぱりね、という顔でニンマリと笑っていた。

 彼女はひどくゆっくりと、言葉を紡ぐように語り始めた。




 ……わたしね、人形たちの中にいるのが好きだったの。お父さんが作ってくれた人形。大好きなの。

 お父さんの真似をして、わたしも壊れたところとか、お洋服とかね、直してたの。

 仲良かったんだよ。でもね、いつの間にか仲悪くなった。

 お父さんもお母さんも喧嘩ばっかり。わたしのことも、人形のことも忘れて。

 お父さんの怒った声が飛ぶ。お母さんが声を上げて泣く。

 怒った声は嫌い。泣き声も、何かが割れる音も、壊れる音も。嫌い。嫌い。全部、嫌い。だから、耳を塞いで人形たちの中に紛れるの。お父さんが、わたしのためだけに作ってくれた人形――グレーを持って。そしたら嫌な思いしなくていいから、何も感じなくていいから。

 その頃にはね、そこしか居場所なかったんだ。

 わたしの十一歳の誕生日。

 その日もね、二人とも喧嘩してたの。

 ――二人とも、わたしの誕生日忘れてる。

 「ねえ、グレー…私十一になったよ。……誰もお祝いして、くれないけど……」

 悲しかったよ。嫌いな音もしてたの、ずっと。嫌だった。

 だからまた、人形たちの中でグレーをぎゅってしてた。それでも音が止まなくて、だから目もつぶって耳も塞いで。

 そしたら、いつの間にか寝ちゃってたの。

 ……起きたら、すごく静かだった。

 嫌い音も話す声すらも、しなくて。

 でも…赤かった。床も壁も、人形たちの間から見える何もかも。暗い中で、その赤がすごく目立って。

 最初はなんで赤いのか、分かんなかったの。それが血だって分かったのは、倒れてるお父さんを見つけてから。

 お父さんが傷だらけで床に倒れてて、傷口から赤いのが流れ出てて、だからこれは血なんだって。

 わたしも怪我したことあるから、血は分かるよ。

 でも、こんなに出たことない。それに、人は人形と違って、血が出すぎると死んじゃうって、お父さんにお母さんが教えてくれた。

 ――早く直してあげなきゃ…。

 そう思って、お父さんに手を伸ばしたら、後ろから殴られたの。

 痛くて、振り向いたらお母さんを引きずって来た知らない男の人がいた。その男の人は血塗れで、この人がお父さんとお母さんを傷付けたんだって、すぐに分かったの。

 「子供がいたのかよ!くそ!面倒だまったく!」

 犯人さんはわたしを見て、そう怒った。

 嫌いな音だ。うるさい。

 顔をしかめたら、また殴られた。

 「くそ餓鬼が!まあいい、お前死ぬんだからな。可哀想になぁ!黙って隠れていればよかったのに、のこのこ出てきやがって!」

 犯人さんの高笑いが辺りを満たす。大きな音が鼓膜に響いて、思わず耳を塞いだ。

 うるさい。嫌いな音。この笑い声は嫌い。怒った声も泣き声も、壊れる音も嫌いだけど、この声が一番嫌い。大きな音は嫌いなの。どうしたら黙ってくれる?静かにしてくれる?ねぇ、お願いだから、静かにして。耳が痛い。頭も痛い。

 うるさい。うるさい。うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい。

 その時、お父さんの傍にある拳銃が目に入った。それは、護身用にお父さんが持ってたもの。

 黙ってくれないのなら、いっそ傷付けてしまえばいい。だって、それでお父さんとお母さんは静かになった。だからこの人も。傷付けたら、直せばいい。血がいっぱい出る前に。そしたら、全部元に戻るから。

 拳銃に手を伸ばして、犯人さんに向ける。何処を狙えばいいかは分からなかったから、お腹を狙って。犯人さんは少しびっくりしてたけど、構わず打った。

 犯人さんはカエルが潰れたような声を上げて、倒れた。

 また、静かになった。この静かさは好き。

 ああそうだ、早く直してあげなきゃ。大丈夫、お裁縫は得意なの。

 三人の傷を一つ一つ丁寧に縫って、でも起きた時またうるさいのはいやだから、口も縫ってあげた。お母さんは目が片方なかったから、人形の目を代わりに付けてあげたの。

 ほら、元通り。綺麗になった。

 でも、三人は起きることはなかったんだ…。




 「その後、犯人さんを殺そうとしてたウィルが、家に来て…この人達は死んでるから、生き返らないって…教えてくれたの」

 話してる間もヘーゼの視線はずっとカウンターテーブルにあつた。一点を見つめ、瞬きを繰り返す。

 「じゃあヘーゼはうるさいから殺したの?」

 彼女は頷いた。でも、と口を開く。

 「壊してから直したら、わたしの思った通りに…なってくれるから。それが死んでても」

 「……そっか」

 ここまで話すのは、やはり珍しいことなのだろう。そして、彼女にとっては慣れないものなのだろう。答え方も言葉の選び方も、ひどく拙い。

 確認したのは酷だったかと思ったけど、聞いてしまっては後の祭りだ。そういうところはこれから学んでいかないとな。

 「ヘーゼの理由、今思うと初めて聞いたな」

 そう言いながら、ギルさんはどうぞ、とホットミルクをヘーゼに差し出す。

 「わたしもぉ」

 「ヘーゼ普段話さないものねぇ。良かったわねノア、話し聞けて♡」

 「……まあ、はい」

 よかったと言えば、よかった。この子が何故ここまで話さず、笑わずを貫いているのかも、なんとなく分かったから。

 僕はあまり察することができないけど、僕の予想はきっと正しい。環境のせいでこの子は笑えなくなった。そして狂った。

 やはり、環境はここのシェアハウスの住人ように狂った人種を作り上げてしまうのだろうか。はっきりとは言えないが、きっとそれも要因の一つなんだろう。

 作り直せば思い通りに。その言葉を発したヘーゼはひどく純一無雑な瞳をしていて、逆にぞっとした。この子は善悪が曖昧なのだと、確信できた。

 「ヘーゼ、ありがとう」

 「……」

 僕がそう言うと、またヘーゼは黙って頷いた。赤毛の間から見える顔はやはり、人形のように無感情で。

 ――ああ、この子は苦手だ。

 「僕は上に戻ります、少し話したい人がいるので…」

 僕のそれにそれぞれが様々に応じる。

 キッチンに向かう途中の僕を、ホットミルクに手を添える人形少女は、暗いそしてどこまでも澄んだ瞳で見ていた。

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