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キラーハウスの殺人鬼ども  作者: 霜月 響
2/6

~色情症~

 カランカラン。

 店の来客を告げる鐘が鳴る。

 「あらぁ、なぁに話してるのぉふたりともぉ?」

 呂律の怪しい女性がキアラのドアを開けた。

 「おう、 おかえり」

 「おかえりなさい、フィオさん」

 閉店間際の店内で僕とギルさんに迎え入れられ、彼女はふわりと笑った。

 「ただいまぁギルゥ、ノアちゃぁん」

 彼女の名はフィオン・アシュリー。このシェアハウスの住人の一人だ。

 彼女をより妖艶に見せるこの喋り方は、酒に酔っているという訳ではない。仄かに紅潮した頬もそうだ。これが通常で日常なのだ。

 ふんわりと巻かれた栗毛が、動きで柔らかく揺れる。

 僕の隣に座るとアレキサンダーを、とギルさんに言伝て、頬杖をついてこちらを見る。

 「それで、なんのお話してたのぉ?」

 「それは、あの…」

 「オレの昔話だよ」

 シェイカーにブランデー、生クリーム、クレーム・ド・カカオを流し込み、シェイクしながら口下手の僕の代わりにギルさんが軽い調子で答える。

 「昔話ぃ?」

 「そ、オレの食人するようなったきっかけ。…と、はいどうぞ」

 「あの、僕が知りたくて、その聞いてました」

 「そうなんだぁ」

 フィオさんはカクテル・グラスに注がれた濃いクリーム色のアレキサンダーを、一口飲む。その仕草はひどく上品で、彼女の妖艶な印象からはあまり想像できない。

 彼女は国立病院の看護師で、見えないがそれなりに学はある。趣味は薬草を育てること。もちろん、それは殺しに使うため。

 そして言葉通り、この人も殺人鬼だ。主に毒薬を使った殺人をする。

 被害は男性が多く、医療的知識が殺しに目立つために、フォーレンナースと呼ばれている。

 「知りたい理由は…やっぱりノアちゃんの理由探しぃ?」

 「……まぁ、そんな感じです」

 フィオさんのエメラルドグリーンの瞳に見つめられ、少したじろぐ。この人も意外と鋭いところがあるからだ。

 「じゃあ、私のとかも参考になるかなぁ?」

 「え?…あ、できれば、教えて頂きたいです」

 唐突の申し出に驚きながらも、有難いと思った。資料は多い方がいい。

 「それじゃあ、私の、フォーレンナースの過去を話してこっかぁ」

 蠱惑的な瞳が遠くを見つめる。




 私ねぇ、愛されたいの。

 本当の父親なんて知らなくて、母が娼婦まがいのことをしてたからいつも別の男の人が家にいた。

 誰も私に構ってくれなくて、寂しくて。

 「ねぇ、お母さぁん、私のこと好きぃ?」

 「ええ、好きよ」

 こっちを見ずに答える母。

 「じゃあ、なんで構ってくれないのぉ?こっち見てぇ、お母さぁん」

 「ごめんねぇ、今お母さん忙しいのよぉ、後でね」

 素っ気ない態度。私と同じエメラルドグリーンの瞳は鏡を向いたまま。

 いつも口から出てくるのは、忙しいとまた後での二言。こんなので愛されてるなんて、誰も思うわけないのに。

 ――ねぇ、私を愛してぇ。ちゃんと見てぇ。

 母は私を構うことはなかった。

 でも、母のお客さん達はたまに私を構ってくれた。

 私の上に被さり、私の肌をなぞってそして股の間で荒い息を吐き出し続ける。

 気持ち悪くなんてなかった。だって、愛してるって言ってくれるから。この行為の時だけは、愛されてるって自覚出来たから。

 愛してくれてるって分かったら、この痛みも全て快楽に変えられる。

 でも、それも一瞬で、皆母に取られてしまう。母のお客さんなのだから当たり前。だから、我慢するの。いい子にしてれば、また愛してくれるから。でも、それでも…。

 ずるい。ずるい、ずるい、ずるい、ずるい。

 私だって愛されたい。お母さんばっかり。どうして?どうして、愛してくれないの?どうして取っていくの?ずるいよ!ずるい…!

 ああ、ごめんねぇ。話がずれちゃったねぇ。

 私が人を殺したのは、確か十四歳の時からだったかなぁ。

 その頃にはもう母は病で死んでいて、親戚に引き取られていたの。親戚の人達はそれはもう愛してくれたの。毎日私を殴って、蹴って、気持ちよさそうな顔をしてくれた。

 それが嬉しくてたまらなかった。

 それ以外にも、あの人達の求めていることを全部した。掃除洗濯、料理、そして勉強。ダメだったら殴って、良かったらご褒美として私を抱いてくれた。幸せだったなぁ。

 でも、殺そうとは思わなかった。なんでだろうねぇ。私も不思議なの。

 殺したいって思ったのは、その時の彼氏。

 他の男の人とおんなじで私の体が目当ての、素敵な人。

 性行為は愛の印でしょう?体目当てなんて、本当に素敵なことなの。愛してくれるから。

 でもね、その時思ったの。私を抱いたら、この行為が終わったら、また他の人に取られるんじゃないかって。

 そんなの嫌。小さい頃は我慢できた。だって元々お母さんのお客さんだったから。いい子にしてたらまたしてくれたから。

 でも、今は?いい子にしてても、またなんてあるか分からない。他の子に取られたらもうおしまい。この人は私のものなのに。お母さんのでも、他の子でもない。私の…。

 そう思ったら止まらなかった。

 他人のものになるくらいなら、いっそ殺せばいい。そうだよ。そうすればこの人は永遠に私のもの。なんて素晴らしいんだろう!これで我慢しなくていい!ああ、ならばこの最高の瞬間に、最高な快楽を味わったまま、彼を殺してあげよう!私はなんて賢いんだろうか!

 思ったらもう実行するだけ。

 私は彼に逆に馬乗りになって、そして傍にあった花瓶に手を伸ばした。

 生けられていたのは、鈴蘭。鈴蘭は根と花に毒性があって、それは水に生けておくだけで青酸カリの約十五倍の毒ができあがる。これは医学の勉強の中で学んだこと。

 この上なく簡単で、そして高い致死性のある毒。それを彼に無理やり飲ませた。もちろん口移しでね。だって、その方が彼に愛が伝わるでしょ?

 この瞬間を、この快楽を永遠に私のものにするために。そして、彼を最高の瞬間のまま逝かせてあげるために。

 計画通り、彼は死んだ。私も満たされた。

 まさに素晴らしい愛でしょぉ?




 話し終えた時、ビードロのような緑の目が狂気に爛々と輝き、そして頬はいつも異常に紅潮していた。

 だけど、今ここにそれを怖がる常識者はいない。いるのは、それを当たり前と受け止める異常者ばかりだ。

 それが分かってるから、彼女はここまで狂える。看護師として、人を助けているとは思えないほどに。

 「これが私の過去、そして殺しのきっかけよぉ」

 また一口アレキサンダーを含む。そして、グラスの縁を指先でなぞりながら、フィオさんは続けた。

 「でもねぇ、その時一つだけ誤算だったのがぁ…彼が苦しんで死んでしまったこと」

 「……」

 「胃の中の物ぜぇんぶ吐き出すんじゃないかってくらい嘔吐して、もがき苦しんで、それで最後は心臓麻痺を起こしてそのまま死んじゃった。本当はもっと気持ちよく死なせてあげたかったのに…」

 あからさまにしゅんとした彼女を見て、僕はある考えが過った。

 それは…。

 「…まさか、その方法を探すために看護師を?」

 フィオさんは一瞬きょとんとして、それからにこりと笑った。それはもう、純粋で悪気なんて一片もないもの。こんな会話じゃなければ、この笑顔はどんなに素晴らしいものだっただろうか。

 「そうよぉ、その通りぃ!女で医者なんて許されなかったからぁ、だから看護師なのぉ!」

 まるで、子供のようだ。

 キャッキャッとはしゃぎ、頬がまた紅潮する。

 「分かってくれて嬉しいわぁ!ここの住人も、他の人達も誰も理解してくれなかったからぁ。さすがノアちゃんねぇ」

 褒められてもさほど嬉しくない。僕にそんな感情なんてありはしない。

 「はぁ、どうも」

 でも、返さないのも失礼かと思い、呟き程度で返すと、フィオさんはぎゅっと僕を抱き締めた。

 豊満な彼女の胸が顔に押し付けれ、だいぶ苦しい。普通の男からしたら羨ましい状況なのだろうが、ただただ離してもらいたくて仕様がない。こんなの僕は求めてない。

 「ノアちゃん、大好きぃ!」

 「は、離して下さい!」

 無理矢理彼女を引き剥がすと、またはっきりと落ち込まれる。そんな顔されても困るだけなんだけど。

 この人といると調子が狂う。

 それはギルさんも同じようで、カウンターの向こうで苦笑いを浮かべていた。

 「あまりガキをからかうなよ、フィオ」

 「本当のこと言っただけよぉ?」

 「勘弁してください」

 「恥ずかしがり屋さんねぇ」

 違うんだけどな。

 「まぁでもぉ、参考になったなら嬉しいわぁ」

 そう言って、柔和な笑みを向けられる。

 この笑みでどれほど人を騙して来たのだろうか。いや、彼女にそんなつもりはないのだろう。

 この人は、どこまでも純粋で、狂っていて、それで子供のようだから。

 でも、僕には愛なんて分からない。分かる時は、多分一生来ないような気さえする。分かりたいともあまり思わない。

 でも…。

 「はい、ありがとうございました」

 素直に礼を言うと、彼女はいいえぇ、と呟いて、アレキサンダーを飲み干した。

 彼女のように甘く、それでいて強い誘惑と酔いを秘めるカクテルを。

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