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約束のあの地へもう一度  作者: 近情アオバ
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        06



 同日・同時刻。

 飲食店【ダグラス・スターツ】前。

 



 『closed』の看板が下げられた扉の前に、純白の騎士服を見に纏う男女がそれぞれ一人ずつ。

 内、男は、上背2メートルにも登る体躯の持ち主。筋骨隆々とした肉体は、もはやミノタウルスと比肩しうるほど(いかめ)しい。

 体躯に似合う豪快な顔付きは、いまや愉快げに緩み切り、子供のように純真な笑顔を称えている。


「いっよしっ! ひっさびさの殺人だなおい殺人! それも二件だっ! 滾るっ滾るぞ俺はぁぁぁあああ!」

「隊長、不謹慎です」


 猛る男に比して、平然と―――と言うよりは平坦に述べるのは、同じく純真の騎士服に身を包む女性。

 背に流された銀髪と楚々とした顔立ち。青いフレームの奥にある切れ長の碧眼は、知性溢るると言った様子。


「がっはっはっは! 細けぇことを気にすんなぁ、キサラギよ! お前は硬すぎるんだ!」

「隊長は少し柔軟に過ぎます」

「馬鹿かキサラギっ! 鍛え上げられた俺のボディは、マテライト帯壁にも匹敵するぞ!」

「馬鹿はてめぇです。そう言う話をしているんではありませんよ、隊長」


 理知的に眼鏡を整えた部下―――キサラギは阿呆な上司を溜息で一蹴。持っていた黒色の手帳を開いた。


「近隣住民の話から、ここ【ダグラス・スターツ】が、昨夜被害者が最後に確認された場所だそうです」

「おぅ! ダグラスさんとこの店だよな! 知ってるぞ! メルルギスのなんちゃら焼きがめっちゃクチャ上手いんだぜこれが!」

「存じています。―――それでは早速、入店しましょう」


 扉を開けるとカランカランと鈴が鳴る。

 大きな身体を屈めつつ入った男―――バルボーク・クロッゾ憲兵隊・隊長を迎えたのは、スーツに身を包んだこれまた大柄な男。この店の店主たるダグラスである。

 彼はキサラギとクロッゾを視界に収めるなり、眉をピクリと寄せ、品のいい顔を曇らせた。


「わざわざ憲兵隊隊長と秘書官様がお見えということは、今話題になっている殺人事件のことについてですか?」

「おうよ! でもとりあえずは、メルルギスのなんちゃら焼きを一つっ!」

「結構ですからダグラスさん。ここで昨日被害者の姿を最後に見たと言う方々と待ち合わせをしているのです。席をお借りしても?」

「―――えぇ、構いませんよ」


 クロッゾの注文など知ったことか。

 スムーズになされるキサラギとダグラスの様子に、しかしクロッゾは気にした風もなく、案内された窓際の席に腰かけた。


 隣にキサラギが座る、四人がけの席だ。

 騎士服を身に纏うスレンダーな眼鏡美女。その隣にちんまりと座る熊のような大男。なかなかシュールな光景である。

 ダグラスは開店前の仕込みに忙しいのかこの場におらず、ついさっき彼が運んできたコーヒー二つがゆろゆろと香しい湯気を立てている。


「なあ、キサラギ。なんか喋れよ。俺は沈黙が苦手なタイプなんだ」

「相変わらず、図体と戦闘スタイルの割にはヒヨコのような精神力ですね」

「黙れこのクソメガネがっ!」

「訂正してください。私の眼鏡はクソではありません。素晴らしい眼鏡です。そもそも黙れとは何ですか。隊長が『なんかしゃべれ』とか、面倒な恋人みたいな無茶振りをしてきたのですよ」

「……悪かったよ」


 気を取り直さんと、クロッゾはずずっとコーヒーを啜る。


「うおおおお⁉ に、苦いっ⁉」

「煩いです隊長。何を驚いているのかはわかりませんが、コーヒーとは本来苦いものです」


 同様にしてコーヒーを啜ったキサラギは「ほふぅ」と安堵の息をついた。窓辺から差す日光に煌めく銀髪といい、隣に筋肉ダルマさえいなければ非常に絵になる光景である。


 程なくして、鈴の音と共に待ち人がやってきた。


「いらっしゃいませ」


 図体に不釣り合いな朗らかな笑みで、ダグラスが来店者2名を騎士隊の二人の席へと案内する。

 やってきた二人は随分と緊張しているようだった。

 二十代なかばと見られる男女二人。男が着ている重鎧、女が羽織るローブ共に、探索者証以外の――黄色い果実の紋章が施されていることから、同じクランに所属していると察しがつく。


「ようこそ、クラン・バナナ連合の御二方。今日は昨日亡くなられた二人の探索者のことについてお聞きしたいのですが、よろしいですか?」

「「は、はい……」」


 キサラギの口上、顔面を蒼白にして頷く二人。

 正気を見られない表情など、もはや気の毒とさえ形容できる。


「おいおい、そうビビってねーで、一先ず座れや」

「「ひっ……!」」


 本人的には安堵させるつもりで吐いたクロッゾの言葉も、もはや逆効果である。


 探索者街バタルグラデにて、憲兵隊隊長バルボーク・クロッゾの名を知らない者はまずいない。

 そもそも憲兵隊のそれ足る所以は、その任務が探索者の処罰を主としているからだ。

 祖国奪還、日々の糧、名声、栄養、財産の確保……。探索者が魔物を討伐する所以は十人十色にあるけれど、広義で見れば、魔物を倒し、国を守護していると言えなくもない。

 意地汚い探索者どもが心の中でどれほど欲望塗れの妄想を抱いていたとしても、魔物を討伐するその行い自体は、等しく正義。つまり彼らもまた、王国にとっての騎士なのである。



 そんな捻じ曲がった騎士を監視・処罰する役割を担う精鋭の騎士。故に、サシリアン王国バタルグラデ支部の騎士隊は、憲兵隊と呼ばれているのである。


 そして、そのリーダーたるバルボーク・クロッゾの処罰方法は苛烈にして過剰。どれほど小さな犯罪であったとしても、見つけ次第、半殺し。重罪を犯した相手ともなれば、文字通りの極刑を実行する。武器を持たない彼の攻撃手段は拳一滴。幾度となく目撃された血に染まる剛腕の様から、ついた二つ名は『レッドアーム』。


 そんな奇妙奇天烈な気狂い暴君に直接呼び出されたのだ。怯えるなという方が無理である。


「別に取って喰やぁしねーよ。お前らが正直に話すならな」

「は、話します話しますっ! なんでも話しますとも!」

「だからお願い殺さないで!」

「殺さねーよ! いいからとっとと座れ」

「「はいっ!」」


 統制された軍隊よろしく即座に着席した探索者どもの姿に、クロッゾはコーヒーを飲んだ時のように苦い顔をした。


「頼むキサラギ。俺だと話が進まねえから、お前からしてくれ」

「話ができない、の間違いでは?」

「お前は基本的に失礼だよな」


 無駄に伸ばされた揉み上げをボリボリと掻き、クロッゾは背もたれに大きく身体を預けた。

 ダラけきったその姿は、もう俺の役目はこれでお終いと言わんばかり。二人の探索者はチラチラと遠慮がちな視線を向けるものの、キサラギは平然と平坦に口を開いた。


「それではお二人にまずお聴きしたいのが、被害者が死に至るまでの昨日の行動です」


 途端に姿勢を良くした探索者二人は、しかし顔を見合わせて小首を傾げる。


「死に至るまでの行動って言われても、これといって特別なことはなかったよな……?」

「えぇ。そうね。いつも通り【大深海】に行って、夕方頃に帰ってきて――――あ、」


 そこで、はたと言葉を止める女性。

 モゴモゴと言葉を詰まらせるも、キサラギの鋭い眼光に射抜かれ、喉を鳴らす。


「分かっていると思いますが、ここであなた方が重要な情報を知っているにも関わらず提供しなかったら、私の隣のゴリラが黙っていませんよ?」

「誰がゴリラだっ⁉」

「「ひっ……‼」」


 ゴリラの咆哮に慄いたバナナ連合の二人が、慌てたように騒ぎ立てる。


「わ、私はやってないけど、実はアイツが酔っ払いの探索者と喧嘩になって殺しちゃったの! 一瞬のことだったから、私には何もできなかったの!」

「お、俺だって関係ねぇぞ! あれはアイツが一人でやったことだからな!」


 慌てふためく二人の様子を意に介さず、キサラギは凄まじい速度で黒い手帳に何やらメモを書き込んでいく。


「アイツ、というのは昨晩何者かによって殺された茶髪の探索者―――フラメル氏のことで間違い無いと」

「お、おう」

「その方が、昨晩殺されたもう御一方――ソロ探索者のカラナク氏を喧嘩の末に殺したと……。ふむふむ、そうですか」


 ボソボソと呟くキサラギのの様子に、気がきてはいられないバナナ連合。「「おれ、私は悪くない」」と呪文の様に繰り返す様子に嫌気が指し、クロッゾはあえてコーヒーを煽ると顔をしかめた。


「つまんねぇな。一つの殺人の犯人が死んでるんじゃぁ、処罰対象が減っちまったじゃねぇか」

「何も詰まらないことはありませんよ隊長。寧ろ、殺人者は殺人者同士で殺しあってくれれば、私の任務は無くなります。なんと素晴らしい」

「お前はわりと怖いことを言うよな……」


 先の自分の発言を棚に上げて、さも常識人のような顔をするクロッゾ。そんな彼を「頭おかしいよこいつ」的な表情で見る二人の探索者こそが、この場で一番まともな感性の持ち主である。


「それで?」


 と、再びキサラギが口を開いた。


「ソロ探索者のカラナク氏を殺害したのが、フラメル氏で間違いはないと?」

「え、えぇ、ないわよ」

「そうですか。……となると、あるいは、カラナク氏と近しい関係にある人物が意趣返しにフラメル氏を殺害した、という可能性も考えられますが……」


 頤に人差し指を当て、キサラギは思考する。

 ここに至るまでに調べ上げた最低限の情報では、カラナクというソロ探索者には親しい間柄の人間はいなかった。唯一の身内であった母親は五年前に亡くなっていたし、それ以外の人間関係はまだ発見できていない。もっとも、知り合いが多いならばバタルグラデでソロ探索者なんかをやっていないだろうけれど……。


 思考の海に沈みかけ、キサラギは一度咳払い。気分転換とばかりにコーヒーを仰いだ。

 因みに、隣のクロッゾは寝息を立て始めている。

 後で殴ろう。


「他には? なにか変わったことはありましたか?」

「いや、特にはないかな。強いて言うなら、俺たちが最後にアイツを見たときは、かなりの美少女に絡んでたかな」

「あ、あれは凄かったわよね! あんな綺麗な子、私初めて見たもの」

「確かに。あれはかなりの上玉だった……」


 なにやら知らない美少女談議で盛り上がるバナナども。

 普段なら気にも留めない無駄話だが、しかしこの瞬間、キサラギは妙な引っ掛かりを覚えた。


 なにも根拠があるわけではない。

 ただ、ほんの少しだけ気になった。

 ソロのおっそんを殺害した探索者―――そいつが絡んでいた美少女―――そして、程なくして死んでしまったフラメル氏。


 言い知れない不安が、キサラギの胸中に煙のように沸き立ってくる。

 その煙を吐き出さんばかりに、彼女は慎重に問うた。


「それは、どこで絡んでいたのですか?」

「あ? そこだよ」


 男が指差した先は、この店の出入り口。

 雑然としたそこに、今は何もない。


「その少女の名前は? 具体的な特徴は?」

「えーと、名前は知らねえ。見た目は、肩にかかる程度の黒髪に青い瞳。黒いローブを羽織ってたのが印象的だったな」

「あと、腰に刀を差してたわよ」

「刀……」


 なんの偶然か。フラメル氏の遺体は、首と胴が両断されている状態で発見されている。凶器はおそらく、剣、あるいは―――刀。


「………………」


 この胸騒ぎが、気のせいならばそれはそれでいい。

 ただ、もしかすると……。


「これは、もしかするかもしれませんね」


 ―――よし、と小さく呟いたキサラギはパタリと手帳を閉じる。

 残っていたコーヒーを一気に仰ぎ、前に向き直った。


「貴方達の御助力には感謝申し上げます。お時間を撮らせて申し訳ありません。もう、帰って頂いても構いませんよ」

「「あ、ありがとうございます!」」


 頭を下げるなり、ばひゅっと、風の音を残す勢いで店を出て行く二人。乱雑に開けられた扉にかけられた鈴が鳴り響き、その音でクロッゾが目を覚ました。


「んあ……。ん? なんだ、あの二人は帰らせたのか?」

「はい。貴方が汚い寝顔を披露している間に、重要参考人と思われる人物を一人、見つけました」

「汚い寝顔ってお前、ひどくね?」


 もっとも、寝ていた自分に非があると理解しているゴリラにこれ以上、反論の余地はない。

 キサラギの咎めるような視線から逃れるために、クロッゾは白々しく咳払いをした。


「――ぅほんっ! ……で、その重要参考人についてはどうすんだ?」

「……とりあえず、そちらの人探しはカタリーナさんとロッコに任せましょう」

「ん? じゃぁ、俺たちはどうすんだ?」


 苦い顔でコーヒーを呷るクロッゾの問いに、キサラギは席から立ち上がる形で答えた。


「一先ず、ドナンさんの所へ行きましょう」

「ドナンのじじぃのところって、どうして?」

「そんなことも忘れたんですか? いくら何でも阿呆が過ぎますよ隊長」

「…………すまん」


 呆れた表情のキサラギはぽんぽんと肩にかけたマジックバックを叩いた。


「この中に入っている被害者の生首と胴体を見てもらうんですよ。ドナンさんならば、その切り口から武器の特定ができますから」


 不敵に笑う彼女の顔は、まるで悪魔のようだった。



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