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約束のあの地へもう一度  作者: 近情アオバ
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02


   02



 隠密とローブを目深にかぶることを忘れずに、再び喧騒の中へ。

 商業街を彩る人種は、フルプレートに身を包んだ騎士やバンカラな探索者。質素な村娘や貧相な子供と様々である。時より広い道の中央を行く馬車は貴族が乗車しているものであり、この街に集う人々に階級の差はないように思える。


「鬱陶しいですなぁ……」


 人混み嫌い、人間嫌いな僕は口の中で呟きながら、そそくさと帰路についている。

 時折響く、喧騒を裂くような「きゃははははっ!」って感じの汚らしい笑い声は、紛れもなく探索者のものである。あんな瀕死の鳥みたいに甲高く笑う奴らが自分と同じ職業とは……。


 甚だ嫌になる。

 あの笑い声を聴いているだけで、まるで僕の知能レベルまで低下しそうだ。

 できるだけ近づきたくない。

 同族だと思われたくない。

 ならばなぜ、僕が野蛮人の坩堝たる【探索者】になったのか。


 偏に、約束のためである。

 僕が聖樹様とした約束―――というより、【彼女】との約束を履行するためにすべきこと。【人の魂の吸収】の方はいいのだ。そっちは順調に進行中である。

 しかしながら、魔物に侵略された僕の故郷はどうか。

 聖樹様はどうなったのか。


 その行く末が全くわからないのである。




 ―――あぁ、なんたることか。




 きっと今頃、聖樹様は魔物の坩堝と化した故郷でぶるぶると震えているに違いない。僕のような矮小なる存在が神たる聖樹様に気を配るのも烏滸(おこ)がましいけれど、まったく心配でならない。

 

 いくら魔物強しと言えど、太古の昔から悠久の時を眺めてきた聖樹様がへし折られるとは思えない。

 とはいえどう転ぶのか分からないのが世の常である。


 魔物に侵略された僕の故郷はいま、ガラリと変化しているはずだ。

 かつて栄えた人類の地は鬱蒼とした森林へと置換され、地図上から消えたそこいらは【大深海】として、魔物の領域になっている。一度も到達できたことがないので判然としないが、聖樹様の元まで正確な道筋を辿れるかどうかさえ危ういと思う。

 

 まったくあの醜悪かつ悪辣なる化け物どもめ。

 人間の大陸を掻っ攫うどこらか聖樹様にまで近づくとは、なんと汚らわしいことか。一刻も早い聖樹様の救出―――というより、僕の聖樹様への接近が必要である。例えどれほどの【同種の魂】を吸収したところで、僕が聖樹様に対面せねば【約束】の履行には繋がらないのだ。


 だから僕は、化け物(まもの)をぶっ飛ばさなければならない。

 だから僕は、化け物(たんさくしゃ)になったのである。


 はぁ、と重い足取りにつられてはいた深いため息。顔を上げると、僕が()()()()()()()()()()のオンボロハウスに戻ってきていた。扉に手をかけ、ふんだんに木の屑が舞い散る中を突っ切って僕は室内に入る。


「…………」


 普段ならここで二度寝を決め込むのが、努力家かつ怠惰たる僕の日課なのだけれど、今日はどうもそういう気分になれない。主に、穴が空いたベッドのせいである。


 ちらっと、現実逃避のためにずらした視界の先にある、半壊した鏡が物凄い勢いで現実を叩きつけてくる。

 フードを下ろした僕の姿は、男にしては貧弱な体に、女性らしい肩にかかる長さの黒髪。大きくパッチリとした青の瞳を中心に顔のパーツもそれぞれ女性的であるため、大概性別を間違えられる。


 まあ、都合がいいこともあるし、あえて間違われるようにするときもあるので取り立てて腹が立ったりすることはない。

 なんとなく寝癖を手で直しつつ、余った手で背嚢の肩紐を握り直す。


「…………とりあえず、大深海、行くか」


 長い沈黙の末、そういうことになった。


 

     ※



 大深海とバタルグラデを隔てるのは、高さ10メートル以上、そして街全体を覆うようにある巨大な石造りの壁である。

 【マテライト鉱石】、と呼ばれる特殊な石を加工することによって作られたその壁は、物理衝撃への耐性もさることながら【魔法攻撃】の一切を吸収してしまうため、魔物とて破壊できないのだ。


 太陽が確かな熱と光を運び、人間が活動し始める朝一番。

 【マテライト帯壁】から【大深海】への唯一の入り口となる【大門】はいま、多くの探索者に溢れている。


 静謐とした朝の閑けさは消え失せ、馬鹿みたいに煩い現状を簡素に表せば、猛獣の箱庭。同じ喧騒とは言え、商業街が織りなす活気がありつつもどこか品性のある騒がしさとはまるで違う。

 ほら、一度耳をすませてごらん。


『ぎゃははは! テメェの鼻毛どんだけナゲェンだよ!』

『ふっ、すごいだろ? 俺は鼻毛の成長速度が一般人の6倍は早いのさ』

『おいなんだよそれ! なんかわかんねーけどズリィぞ!』

「…………」

『ちょっとあんた! 今アタイのお尻触ったでしょっ!』

『ハァァ⁉ 誰がんな象みてぇにでかいケツ触るかよ! んなもん触るくらいなら自分の尻撫でてる方がまだ欲情できるわ!』

『はぁ⁉ なによ象ってなんなのよ⁉ その喧嘩勝ってやろうじゃないの! クラン【デーモンストリート】に喧嘩売ってタダで済むと思ってないでわよね?』

『はっ、お前こそ俺たち【バナナ連合】を敵に回して余裕かましてられんのも今のうちだぞ!』

「…………」


 これが、これが仮にも同じ街に住む人間が作り上げる喧騒なのだろうか。汚い、とにかく汚い。どこを見ても不快だ。なんというか、全体的に著しく下品である。会話の内容もそうだけれど、人混みの所々で乱闘騒ぎが始まっているあたり、もやは絵面的にも人間が密集しているのかさえ疑わしい。


 僕は気配を殺し、ローブを目深に被りつつ背伸びをして前方を見やる。

 幾ばくか離れたところにある【大門】にて実施されているのは、2人の騎士による検問。今朝見た居眠り門番と干し肉門番である。

 明朝の職務怠慢とは打って変わって、忙しなく出立許可の申請をしている姿は騎士然としており頭が下がる。


 【大深海】に入っていいものは限られており、探索者、或いは騎士。もしくはそれに準ずる戦闘能力が認知されているものや、特例として許可を得られた一部の人に限られる。とりわけ探索者は、半年に一度、バタルグラデにて実施される【探索者試験】を突破するのみでいい。

 つまりは素性や知能レベルに関係なく成れるので、【大深海】に入るには1番の近道と言えるのだ。

 

 程なくして、僕の順番がやってきた。

 フードを外すと、目敏く干し肉門番が話しかけてくる。


「おぉ、嬢ちゃん、またいくのか?」

「えぇ。もう少し稼いでおかないと、生活がなかなか厳しいので」

「探索者も大変だなぁ。まぁ、頑張れよ。確認の方はすぐ終わるからさ」


 門番が水晶のような石を掲げると、呼応して軽鎧の胸元に彫られた【探索者章】が薄白く輝いた。

 確認は以上である。


「―――じゃぁ、気を付けて」


 門番の声を背に受けて、僕は【大深海】へと踏み込んだ。


    

  ※



 どちらかといえば、森林浴は好きな方だ。

 自分よりも遥かに長生きな古木に囲まれてぼーっとしていると、どこか陶然とした気分になる。

 この世界から見れば、自分なんかは本当にちっぽけな存在で、僕がとんでもないことを成したところで、何一つ変わることなく世界は周り続けてくれる。

 と、そんな大それたことを教えてくれているようで、僕は圧倒的な生命に囲まれるのが好きなのだ。



 ――だが。



 いくら、森林の一端を担っているとは言え、こと大深海に至っては別物である。

 すーっと、大きく息を吸う。間髪入れずに肺を占める新鮮な空気は、一般的な森林と大差ないように思える。

 ところが、鼻腔に残る言いようのない違和感に僕は顔をしかめる。


「なんですかね、これは……」


 生臭い、とでも形容できようか。大深海の空気には、いつも奥底に血と死の気配が含まれている気がしてならない。それは、ここ数十年で散ってきた歴戦の勇士の残り香なのだろうか。

 ぬわぁ、と腑抜けた欠伸をしてから、気を引き締めんと背負う背嚢の肩紐を握り込む。連綿と頭上を覆う巨木の隙間を塞ぐように降ってくる木漏れ日が、心地よい程度に暖かい。


「ふむ、日向ぼっこ日和ですね」


 どうでもいい話だが、僕は日向ぼっこが誰よりも上手いと自負できる。どうでもいい話なので、終える。


 腰に据えた刀の鞘を撫でつつ、早速とばかりに踏み出す一歩。

 足裏に感じる硬質な感触が、魔物の跋扈する大深海といえど、幾度となく人が通ったことを知らせてくれる。見渡せば、日の光線が差し込む大深海には、数本、石で作られたような道がある。


 幾年月を経る中で、果敢にも大深海へ挑む【探索者】らが、利便性と祖国奪還を潤滑に成すために制作した石道。それほど大きくもない―――せいぜいが獣道と言ったていだけれど、道無き道を行くよりは遥かにいい。

 7本ある古道の前には、古びた立て看板がそれぞれある。

 本来ならば【行先】を示すはずの立て看板だが、探索者が作ったものなのだ言わずもがな。


『ここを通りたくば、俺を倒してからいきな!』『俺のことは置いて先に行け!』『この先、落石注意!』『私のために争わないで!』『同士よ、立ち上がれ!祖国・デリートシアを取り戻さん!』『立て看板』『人狩しようぜ!』

「…………」


 馬鹿である。

 唯一まともと言える祖国・デリートシア方面の看板には盛大な落書きがされているあたり、もはや救いようがない。

 僕は人を小馬鹿にするようたため息を吐きつつ、『俺のことは置いて先に行け!』の看板脇を通る。

 是非とも置いていこう。


 緑に侵食されつつある狭い古道を歩くたびに、背嚢に引っ掛けたランタンがカラカラと音を立てる。

 念のために持ってきたが、今はまだ午前中。柔らかな木漏れ日のかいもあり、必要ない。そもそも昨日に引き続き今日まで大深海で一夜を過ごすつもりはない。ランタンは文字通りお荷物である。


 疲れているのだ。眠いのだ。なんだったら、今すぐ踵を返してもいい、のだけれど……。それはそれで、なんかここまでの道中が無駄になった感がして嫌だ。


 腰元の刀に手を据え、ゆろゆろと歩く。

 身体の中を巡る魔力を目や耳に重点的に送ることにより、感覚強化を成し、研ぎ澄まされた五感で周囲の索敵に当たる。


 『俺のことは置いて先に行け!』ルートは人気(にんき)がないせいか、人気(ひとけ)もない。

 【門】にはあれほどの人が(こぞ)っていたのに、魔物どころか探索者の気配もない。


 人並み以上に魔力を内包する僕は、しかし魔力放出―――つまり、体内の魔力を【詠唱】や【魔法陣】を介して魔法(げんしょう)へと置換させるのは人並みである。

 しかし、自慢じゃないけど、魔力を体内で管理・調整する【身体強化】や【索敵】、【隠密】はかなり得意だ。もう一度言う、身体強化はかなり得意だ。自慢じゃない。


 そんな()()()の索敵を待ってしても魔物の気配が探れないのだ。今日はハズレかもしれない、などと思考しつつも、せめて一匹くらいは金を稼ぎたいと欲望のままにしばし歩く。


 どれくらい経過しただろうか。


 『俺のことは置いて先に行け!』ルートから直近の国(もう滅びているが)は、カザルール王国である。

 その辺境の、貧相な村だった遺跡にたどり着いた僕は、ひと休憩入れている。

 保存食のクソまずい干し肉を食べつつ、あたりを見やる。

 元々貧窮な村であったと思うけれど、【大深海】に侵食された今、村の様相は何千年と放置された遺跡に近い。建ち並ぶ建物は木造・石造に問わず苔むしているし、本来の形を保っているものは一つもなかった。



 そうしてぼんやりしている時。

 突如として、静寂は破られた。


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