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約束のあの地へもう一度  作者: 近情アオバ
2/8

01

のんびりです。

 

    01


 

 ―――ごごごごごッ、と重苦しい音を立てて、巨大な門が開かれていく。

 最初は薄皮1枚さえ通さないほどだった隙間は徐々に広がり……比して、差し込む光が大きく、かつ眩しくなっていく。

 僕はその、日光の眩しさと暖かさに感嘆の息を零した。


「いい天気だなぁ……」


 まだ明け方ともいえる時間帯。

 開かれた門扉の先には二人の門番が直立しており、片一方は立ったまま居眠り中。

 もう一人は欠伸を噛み殺すように干し肉にかぶりついていた。

 僕は身に着ける軽鎧に付着した汚れを払いつつ、門の中へと踏み入った。


「―――ん? なんだ嬢ちゃん、【大深海】に泊まってたのか?」

「えぇ、そうですよ。やっぱり泊まりともなると結構疲れますね」


 干し肉門番から向けられた胡散臭い眼差しに、僕は最大限の愛想笑いを施した。

 口元にニヒルな笑みを施しつつ頬を染め、気まずそうに破顔する門番はきっと悪人の類ではない様に思える。


「そ、そうか。まぁ、そうだよな……って、そんなことより、嬢ちゃん一人で【大深海】入りか? まだ若いのに大変だったろう?」

「いえ、こう見えてちゃんと一流の【探索者】ですし、影が薄いのか魔物も僕にはあんまり気づかないんですよ」

「ほぅ?」


 僕が装備の胸元にあしらわれた【探索者の証】――重なり合う白銀の竜の翼を指し示すと、門番はどこか感心したように喉を鳴らした。


「確かに、本物みたいだな……。しかし嬢ちゃんほどの美人が影薄いっていうのもまた、何とも言えない冗談だな」

「魔物と人間の美醜はさすがに違うでしょうからね。魔物にモテても嬉しくありませんし……」

「ははは、違いないな」


 快活に笑う門番からの承諾を得た後、僕は人類大陸最南端の街〈バタルグラデ〉へと帰還した。


      ※


 門を超えてしばらく続くのは、街の治安維持を任とする【憲兵隊】の寄宿舎である。

 糞ほどつまらない場所なので、特に言明することは無い。

 朝の鍛錬に励む憲兵隊員たちに一瞥をくれつつ、歩くこと5分ほど。

 細やかな門を境に、街並みは木造の建物がひしめき合っているものに変化する。探索者の街・バタルグラデの住宅街。僕の居住区である。


 東側から薄ら明るくなり始めた空とは違い、迷路のように家々が連なる住宅区全体はまだ若干、薄暗い。

 ここら一帯に住人で起床している人もほとんどいないせいか、僕が歩くたびにカツンと鳴る石畳の音が深く響いた。


 静寂を嗜みつつ歩くことしばし。

 ボロボロの建物の中に現れた、一際ボロい

「あ、ここにだけは絶対に住みたくないな」

 って感じの家が、何を隠そう僕の家である。

 

 木造一戸建てといえば聞こえはいいが、扉は常に半開きであるため防犯もクソもない―――というか、これだけオンボロの家になんて、誰も盗みに入らない。盗賊ですらもう少しマシな(ねぐら)を築いている筈だ。屋根や壁の其処彼処には穴が空いており、四季の空気を全力で味わえる匠の計らい。にもかかわらず、曇りを通り越して濁りきった窓は決して春夏秋冬の色彩変化を拝むことを許さない。

 

 よく言えば、ビンテージ感溢るる。

 悪く言えば人外領域、あるいは遺跡。それが僕、探索者・クトルーの家である。


「……ふむ」


 いつも通りの味わい深い我が家の姿に一つ頷いた僕は、早速半開きの扉に手をかける。取ってはない。

 パラパラとおが屑を零しつつ開かれた扉の先に広がる部屋の様相は、もはや語るまでもない。

 必要最低限の家具すらない部屋の中央。ゴミ箱から拾ってきた机と椅子。背嚢をおろしつつその椅子に腰かけた僕は着用していた胸元やら、腰の軽鎧を外すとベッドに放り投げだ。


 ドゴスっ!と意味のわからない音を立てて、ベットの中央に穴が空いたようだ。

 気にしない。気にしては、ならない。こんなことで感情を乱されているようでは、とてもこんなクソボロハウスで3年間も過ごすことはできないのである。


「ふっ…………」


 崩壊しかけた家。

 ミシミシと音を立てる自分が腰掛ける椅子。

 その最中でこそ、あえて僕は気丈に微笑み、穴が空いたベッドに視線をやる。

 突発性布団ブラックホールに飲み込まれたと思っていた鎧の類だけれど、奇跡的に胸当てのみは難を逃れている。

 枕元でどこか誇らしげに佇む軽鎧に、濁った窓から屈折しまくった朝の日差しが降りかかる。

 妙に輝く胸元の【探索者の証】が、どうしようもなく鬱陶しい。


「はぁ……」


と、深海もかくやの深いため息をはいた。



【探索者】


 その職業を端的に説明するならば、肉体労働とでも言えようか。

 20年前から突如としてこの大陸に現れた複雑怪奇な生物――魔物。

 古来より【人種】しか操れなかった魔法を欲しいままに行使し、瞬く間に5つの国―――つまりは大陸の半分を奪い取っていた人類の宿敵。そんなモンスターを日夜相手に、祖国奪還やら名誉やら金やらを手に入れようと命を賭ける戦闘オタク、それが【探索者】。


 どいつもこいつも、碌な奴はいない。簡単に言うと、正気の沙汰ではない。一般人が汗水流して健康的な労働に勤しむ中で『キェェェ』って感じて吠える魔物どもに対して『ウォォォ』って感じで応戦しているのだ。もはやどちらが化け物であるかさえ分からない。

 そして悲しいことに、僕もそんな化け物の一匹である。正確には、化け物の一匹でもある。


「…………」


 そこはかとない寂寞を胸に抱いた僕は、ベッドの下に落ちた鎧一式を着用。

 部屋の隅にかけていた黒いローブも羽織ると、さっき下ろした背嚢も背負い直す。


「とりあえず、素材を売ろう」


 醜悪な生物たる魔物の身体は、なんと売れるのである。



      ※



 オンボロハウスを出て住宅街の迷路を行くこと数十分。朝日が完全に顔を出した頃、これまたささやかな敷居を超えると、街の雰囲気はガラリと変わる。



 わっと喧騒が溢れるそこは、化け物の坩堝たる住宅街ではなく、一般人が日夜働く商業街。住宅街よりも遥かに広く、全体的に綺麗な雰囲気を醸し出す通りの両脇には、喧騒の根源たる露店が連なっている。

 

 活気付く街並み。溢れる人々。

 耳に届く、爽やかな笑い声。

 

 これが本当に我がオンボロハウスの佇む街と同じ場所なのか。

 まるで異界に入り込んだ宇宙人のような心持ちになりつつ、僕はひっそりと自分の気配を消す。

 端的に、人混みというやつがものすごく嫌いなのだ。怖いのだ、他人というものは。別に他者に恐怖しているわけではなく、どちらかといえば、自分の身がバレてしまうのが恐ろしい。


 気配を完全に消した僕は、それでもフードを目深に被り、賑わう人混みを縫うように歩く。腰の皮製ベルトに巻き込んだ刀が、すれ違いざまに人に当たることもあるけれど、隠密に関して人並み以上の自負がある僕に気づく人はほぼいない。


「ふっふっふ……」


 我ながら惚れ惚れする影の薄さに不敵な笑いを零しながらの進行。

 やがてついたのは、商業街でも一際大きな建物が建ち並ぶ一区画。「あぁ、こんなところで働ける大人になりたいなぁ」と、子供が思うほどに絢爛たる佇まいを披露している建物群――これら全てが【探索者】愛用の店舗である。

 

 通りの両脇に並ぶこと、その数10軒以上。

 武具屋、薬屋はさることながら、魔物の素材を加工したり、売買することができる商店も複数ある。

 僕はその内の割と簡素な(といっても僕の自宅とは雲泥の差がある)道具屋の一つに入り込んだ。

 チリンと鈴がなり、次いでパサリと紙の動く音がした。


「なんだぁ、嬢ちゃんか」


 ため息交じりの、不平全開の声の主は、店内のカウンターにて新聞を覗き込む1人の初老爺。白髪がもさつく毛根の頑強さと右目に施したグレーのモノクルが印象的な、素材屋・ドナンの店主、ドナンさんである。


「おはようございます、ドナンさん」

「挨拶はいいから、さっさと素材を出しな」

「気が早いですよ。老い先短いんですから、そんなに生き急がんでもいいでしょうに」

「っ―――ほんっとにツラに似合わず可愛くないなぁ、おまえは」


 投げられた新聞紙を華麗にキャッチした僕は、そのままカウンターに行くと新聞紙を置いたついでに、背嚢をガサゴソと漁る。因みにこの背嚢、【探索者】のみに支給される魔道具の一つ。空間魔法が付与されているため、見た目の小ささからは想定できない容量を詰め込める優れものである。


 僕の唯一の財産たる魔法リュック。

 その中から、緑色に濁り輝く石を5個取り出した僕はごとりとカウンターの上に置いてやった。


「まぁた、ゴブリンの魔石かい。大した金にもならねぇぞ?」

「なにを言ってんですか。ゴブリンだって等しく一個の命なんですから、そんな滅多なこと言うもんじゃないですよ毛根ダイナマイト」

「まあそうだが…………おいお前、最後になんて言った?」

「――――――」


 魔石と言うのは、魔物の心臓部に位置する内部器官だ。なんでもこれらが発する魔力を全身に循環させることによって、魔物は生命活動を維持しているらしい。


「―――それで、いくらですか?」

「聞けよ、とりあえず聞けよ」


 怒れるジジィを無視して問う。なにやらため息じみたものが聞こえたが、気にしない。こういうのは、気にしなければ万事解決なのである。

 やがて、ドナンジジィはしわくちゃな手を差し出しつつ言った。


「ほら、銅貨五枚。最大限に配慮してこれだ」

「いやはや、どーもありがとうございます。ところで、なんで高齢者の手っていつもあったかいんでしょうね?」

「んなもん知るか!」


 見た目の割には鋭いツッコミ。ありがたいことだが、その勢いでポックリ言ってしまわないか少しばかり心配である。……いや、やっぱりそうでもないな。

 ドナンジジィのため息に押され、僕は踵を返す。その際に颯爽と舞う黒ローブと、肩にかかる程度に伸びた黒髪が靡き、今の僕はどの角度から拝んでもファッショナブルなイケメンである。


「ふっ」


 と、口元に歴戦の老兵士がするような物憂げな笑みを蓄えつつ去る僕の背に、声がかかる。


「おい、クトルー、ちょっと待て」


 空気読めよジジィ。


「何ですか?」

「お前もさ、いい加減にクランに所属したらどうだ? その方が素材売りにも楽だろうに」

「まぁ、そうですけど…………」


 ドナンジジィの言うクランは、いわゆる探索者が成す共同組織。名のある【探索者】個人を筆頭に、10人以上の他の探索者を集めることによって構成・認知されるグループである。


 クランに所属することのメリットとしては、【探索者】複数人による効率的な戦闘。それが生む確かな実績と商人からの信頼である。

 信頼と実績の確約されたクランや【探索者】は大手商会と契約を結んだりして、素材売りの際、手数料やら税の免除をされることがある。おまけに【依頼】と言う形で市民や商人、挙句、貴族様から特殊任務を仰せつかることもあり、素材売りとは別途のバカ高い報酬を得ることができるのだそうだ。


 腹立たしい。

 黙り込んだ僕を見て、ドナンさんはどこか嗜虐的に笑みやがった。


「嬢ちゃんぐらい可愛かったら、実力がなくてもその辺の男を黙しゃぁ、すぐどっかしらのクランには入れるだろう?」

「やめろやジジィ」

「あぁ、そう言う可愛げのないところはよくないわな」

「可愛げなくて結構ですよ」


 僕はわりと人嫌いな上に、身バレするのが怖いのでクランに属さないだけだ。

 因みに、クランはあくまで認知性なので、許可や申請が必要なわけではないのだ。

 とはいえクラン毎にそれぞれ独自の魔法刻印を作成し、メンバーの防具に付与しているので、偽れば簡単にバレる。いい迷惑である。


「―――それでは、さらば」


 黒ローブと黒髪ショートボブをはためかせ、颯爽とした帰宅を再開する僕の背に、


「気をつけろよ、嬢ちゃん」


 と気遣うドナンさんの声がかかる。

 有難い言葉だが、彼に言いたい。

 髪と容姿、体格とソプラノボイスのせいで誤解されやすいが、僕は男である。


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