Episode Summer:1 ともだち
キーンコーンカーンコーン…………
終業チャイムが鳴って先生が教室から出ていくと、それまで静かだった教室内が一気に騒がしくなる。
外はセミが声高らかに大合唱。もうすっかり夏だ。
「やっと終わった〜。これで解放されるわ」
俺は机の上のものを片付けると、ゆっくりと席を立った。
今日で一週間続いた学期末テストが終わった。意外にもこの高校は県下有数の進学校で、授業についていくにはかなりの学力が要求される。だからテストの内容も、前の高校とは比べ物にならないくらいに難しい。
「お疲れこーへー! テストどうだった?」
席を立ったところで、のぞみが俺の方へ近付いてきた。
ぶっちゃけ、今までろくに勉強なんかしたことのない俺は、テストはテキトーに受けていこうと考えていた。しかし俺のそんな考えを、学級委員で実は優等生であるのぞみが見逃さなかった。テスト期間中、俺はのぞみの部屋に「監禁」され、テスト範囲を吐く程詰め込まれた。まさに一生分勉強した気分だ……。
「まあ、俺にしてはよくできたほうだな」
俺はそう言って軽く笑う。事実のぞみのおかげで自己最高点をマークできそうだ。
「何といっても家庭教師がよかったからな!」
のぞみは満面の笑みを見せて胸を張る。こいつはおだてられるとその気になるのだ。
「ありがとうな。のぞみのおかげでいい結果になりそうだ」
「へへ〜」
「でもこれでやっと、最凶の鬼畜家庭教師から解放されることになったわけだ!」
「へへ〜」
褒めてねえよ……。
「おーい浩平!」
のぞみと一緒に自転車置き場へ来た所で、後ろから俺を呼ぶ声が聞こえた。
「あ、ボケ村だ」
俺より先にのぞみが声がした方を指差す。
俺を呼んだのはクラスメイトの村田健一。数人の見知ったクラスメイトと一緒にこちらへ向かってきた。
「ケン、テストどうだった?」
「まあまあかな? でもこの高校始まって以来の天才である俺にかかれば、赤子の手を捻るようなものだけどな!」
……この村田健一、通称ケンは自らを「天才」と名乗っているが、これはあくまで「自称」。本当の成績は下から数えた方が早くその名を見付けることができる程。
よくあれでこの高校受かったな。というのはのぞみの印象だ。
「いや〜、これで俺たちは晴れてテストから解放されたわけだ。もう俺たちの青春を邪魔するものはなくなったわけだ! もうすぐ夏休みだ、思いっきりはじけるぞーっ!」
ケンは人通りの多い自転車置き場で、派手に飛び上がってガッツポーズ。迷惑この上ない。
ケンはこんな感じで、明るく元気な高校生。おまけにかなりのお調子者だ。クラスのムードメーカーと言えば聞こえはいいが、実際は無駄に騒がしいだけ。そしていつも突拍子もないことを考えたり、またそれを実行したりするので、ついたあだ名が「ボケ村君」という非常に不名誉なものだったりする。
「ボケ村君、あなたうるさいですよ〜」
「そうですよ〜」
ケンの後ろから何とも間延びした声。同じくクラスメイトの野早兄妹だった。
「美奈ちゃん、テストお疲れ〜」
「池澤さんお疲れさまです、おほほほ〜」
のぞみと野早妹が笑いあう。
「池澤さん、私に労いの言葉はないんですか〜?」
「え、あっ、隆君もお疲れ!」
「はい、お疲れさまです〜」
野早兄にものぞみは笑顔。ただ今度は苦笑いだ……。
この野早兄妹、実は双子。兄妹だが同じ学年で同じクラスだ。兄の名前は隆で妹の名前は美奈。性格はどちらも天然というか、浮世離れしているというか……、何だか掴みにくい。でも接してみたらけっこういい奴らなので、今は兄妹揃ってツルんでいる。
「ねえもうみんな終わりでしょ? だったら一緒に帰りましょ!」
のぞみが笑顔でみんなを誘う。答えは聞くまでもなく、満場一致だ!
そしてもう一人、俺たちとツルんでいる女子がいた。
その人物は俺たちより先に校門前にいた。
「よっ!」
俺が声をかけると、その女子は俺たちの方へ視線を向けた。
「浩平君、お疲れさまです」
「おうお疲れ! 咲希」
俺が右手を挙げると、咲希は目を細めた。
そう、俺たちとツルんでいるもう一人の女子とは、長谷川咲希なのだ。
「長谷川さん、あなたどこへ行っていたのですか〜。私たち探しましたよ〜」
俺の後ろから美奈が訊ねる。
「私、自転車じゃなくて、歩いて登校しているので、ここで待っていました」
「おい美奈、何を今更言ってんだ。一緒に帰る時は、ずっとこの形態だろうが」
俺の突っ込みに、兄の隆がオホホホと笑う。
ずっとって言っても、当然最初からこのメンツが揃ったわけではない。
一番最初は俺とのぞみだけだった。そこへ何かとトラブルを起こしては学級委員であるのぞみにとっちめられていたケンが加わり、その後のぞみが美奈と仲良くなった。美奈と仲良くなるということは同時に隆とも仲良くなるということなるので、兄妹揃ってメンツに加わった。
俺たちのグループ形成は、ここまでは順調。問題は咲希だった。
元々俺と咲希はGW前の一件から繋がりがあり、あの展望台で会ったりしていたのだが、逆にのぞみは砂浜での一件から咲希のことが気に入らない。だから仲良くするどころか、俺と咲希を引き離そうと必死だった。
でも俺は咲希をグループの中にどうしても入れたかった。元来咲希は友達と呼べるような存在はいないようだし、そして何より過去を克服して前に進んでいくためには、友達というものが必要ではないかと俺は考えた。
ケンや野早兄妹はすんなりいったが、やはりのぞみの説得は困難を極めた。しかし俺たちの粘り強い説得と、恭子さんの力添えもあり、のぞみと咲希の間で話し合いを持たせた。そしてようやく二人の関係は雪解けを迎えたのだった。めでたしめでたし。
と、いうわけでもなかった……。
「私、何だか、話し辛いです。池澤さんと……」
ある時、咲希は俺にこんなことを漏らした。ようやく和解して同じグループ内にいるが、二人の間には見えない壁があった。
というより、のぞみが咲希に対して一方的に壁を作っているようだった。
のぞみはやはり砂浜での一件を気にしているのか、のぞみから咲希に話しかけるということは殆どない。それどころか俺が咲希に話しかけようとすると、のぞみの執拗なブロックを受ける始末だ。
俺はこののぞみの態度に少し困惑していた。何故ここまで咲希のことを避けるのか? まあ大きな原因はやはり砂浜での一件なのだろうが……。
「あっ……」
「こーへー、早く行こっ!」
事実、今も俺と咲希が並んで歩こうとするのを、のぞみは無理矢理入ってきて間を割る。
「おいのぞみ! 歩くの速いって!」
「気にしない気にしない! 私お腹すいちゃったから早く行こっ! ほら、みんなも速度上げて!」
のぞみはそう言いながら俺の手を引っ張り、周りを気にせずにズンズンと歩いていく。自転車を手で押しながら歩いているからバランスが悪い……。
「おい、コラのぞみ!」
俺はバランスを崩しながらやっとの思いでついていく。
「…………、オホホホ〜」
隆が何か言ったようだったが、自転車のバランスを保つのに必死だったか、俺には最後の笑い声しか聞こえなかった……。