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Episode Miracle:4  「前に進んでいく」ということ

九月二十日。

 この日私は浩平君に呼ばれ、浩平君が入院している病院へと向かいました。


 浩平君が戻ってきてから、町は大騒ぎとなりました。浩平君曰く、家に帰ると池澤家全員に泣きながら抱きしめられたそうです。

 ただ浩平君の体調はよくありませんでした。浩平君はその日のうちに病院へと搬送され、色々な検査を受けたそうです。長い間存在が消えていたせいか、身体と精神のバランスが崩れ、激しい頭痛と動悸に襲われたのだそうです。勿論医学的には原因不明で町の病院ではどうしようもなく、隣町の大学病院へと入院しました。

 私もすぐにお見舞いへ行きたかった。でも病院には池澤家の方々、特にのぞみさんがいるから、行こうにも行くことができませんでした。

 別にやましい思いがあったからではありません。家族の団欒を壊したくなかったからでした。

 そして前日に浩平君から電話がありました。

「明日来れる?」

 私は最初行くかどうか迷いましたが、浩平君に会いたいという気持ちが強くて、OKしました。



「あの時、聞こえたんだ……」

 大学病院のベッドで横になる浩平君が語り始めました。

 私は浩平君の横に座る。浩平君の容態が安定しているということで、今日池澤家の方々は夕方から来るとのことでした。

「あの時、俺が消えてしまってから、俺はどこで何をしていたか全く判らなかった……。ただ、何も無いところを無感情に、幽霊みたいに浮遊しているって感じだったんだ」

 浩平君は離している間、時折頭痛に見舞われるらしく、痛みに顔をしかめていました。私は氷水で絞ったタオルを浩平君の額に当ててあげていました。

「そんな時、遠くの方から声が聞こえてきたんだ。最初はよく聞こえなかったけれど、その声を聞いていたいって感じるようになると、その声が鮮明に聞こえ始めたんだ」

「何て、言っていたのですか?」

 私は浩平君に訊ねました。

「……」

 浩平君は、一拍置いて答えました。

「おにいちゃん……。そう聞こえた。俺はその声に導かれて、この世界に戻ってくることができた」

「おにいちゃん……?」

「ああ、俺実はさ、妹がいたんだよ」

「妹……」

 浩平君は優しい表情で話してくれました。

「ああ俺、思い出したんだよあの時……。咲希を追っていったあの砂浜で、海美子姫の祠を触った時、目の前で映画を上映しているみたいに、俺の、小学校以前の記憶が……俺の中から飛び出してきたんだ」

 浩平君は私の方を見つめ話す。

「その時知ったんだ。俺には昔、妹がいたってことを……」

「昔……?」

 そして浩平君の瞳が一瞬、曇る……。そう、私が感じたのはこの瞳の色……。

「ああ、今はいない。もう、この世にはいないんだ」

「どうして……?」

 浩平君の瞳に、哀しみが宿る。

「殺されたんだ、父親にな……」

 その言葉に、私は持っていたタオルを落としてしまいました。

「恭子さんからも聞いたんだけれどな……。俺の妹は生まれつき身体が弱くて、ずっと家に閉じこもっていたんだって。どういうわけか父親にはその妹の姿が癇に障ったらしく、よく虐待を受けていたらしいんだ。それを止めに入った母さんもバットで殴られたりしていたそうだ……」

「…………」

「そして、あの時……、俺は幼稚園から帰ってきた。その時、俺は血まみれになって倒れている妹を見つけて駆け寄ったんだ。そして妹を抱きかかえようとした時、父親が妹の頭を、バットで……」

 浩平君の目尻には光るものがありました……。

「浩平君……」

 この話を聞いて、私は確信しました。浩平君の辛く悲しい過去というのは、自分の目の前で妹を父親に殺されたということを……。

 私は涙が出そうになるのを必死に我慢しました。でも私の目尻から雫がポロッと零れ落ちてしまいました。

「その妹が、俺を、導いてくれたんだ……」

「……はい…………」

「この世界に戻る寸前、妹はこう言っていたんだ……。おにいちゃんは、しあわせになって……って」

 その時、遂に浩平君の瞳から大粒の涙が溢れ出してきました。

「浩平君……」

 私は浩平君を抱きしめました。私も泣くのを我慢しませんでした。

「咲希……」

 浩平君が私の名を呼ぶ……。

「ありがとう、奇跡を起こしてくれて」

「え……?」

「咲希のおかげで、俺はここに戻ってくることができた。それに、妹にも……会うことができた。最後に見えたんだ、妹の……美咲の笑顔が……」

 浩平君は私の肩を引いた。その表情は涙で濡れてはいますが、浩平君は満面の笑顔でした。

「私はただ、浩平君と一緒にいたいから、だから……」

 そして、私も満面の笑みで応えました。

「咲希、俺はこうして戻ってくることができた。だから、あの時展望台でした約束を守るよ」

「浩平君……」

「俺は咲希と一緒に、前へ進んでいく。俺は守るぞ、絶対に……」

 勿論、私の気持ちも同じでした。

「私も、守ります……」

 そして私達は、展望台以来のキスを交わしました。


 

 一緒に前へ進んでいく。

 私はこの時、浩平君と一緒でいることの幸せを痛いほど噛み締めていました。


 もう、どこにも行かないで……。


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