Episode Miracle:1 「犠牲」ということ
「それでは、次のニュースです」
…………………………
「……県で、高校生の野島浩平君が行方不明になって今日で三週間となりました。これは八月十日……県在住の高校生、野島浩平君が散歩に行くと家を出たまま行方が判らなくなっているものです。現在二百人体制で捜索にあたっていますが、依然有力な手がかりは見つかっておらず、浩平君が何らかの事件に巻き込まれた可能性もあるとのことで……」
ブチッ……
TVを切ると、電灯をつけていない私の部屋は真っ暗になってしまった。
浩平君が私の目の前で消えてしまって以来、TVのニュースでは連日の浩平君のことを報道していました。田島の秘密弾薬倉庫の一件がなかなか公開されず、マスコミがイライラしている中でこのことを特ダネとして広まっていきました。
「神隠し伝説、再び!」と銘打たれ、今年の八月はこの不思議な話題で持ちきりでした。
そう、あの日……。あの日から私の時間は停まったまま。
浩平君が私の前から消えた、あの時……。私はあの時から、ずっと泣き続けていました。
泣き続けていたのは私だけではない。それは池澤さんも同じ……。毎日浩平君の姿を捜している。
その池澤さんが先日、私の家に来た。
でも私は、池澤さんの前に出ることはできませんでした。何を言われるのか、どう答えていいのか判らず、怖くてできなかった。
何度も何度もインターホンを押したり、ドアを何度もノックしていたけれど、私は池澤さんにどんな顔をしたらいいのか、判りませんでした……。
「…………」
私はこの三週間、ずっとこの真っ暗な家の中で、ほとんど動くことなく、ただうずくまって泣いていました。
何故私ばかりこんな目に遭うのだろうかと……。正直、自分の運命を呪いました。
今まで私は「人を好きになる」という、最も普通で最も人間らしい行為を犠牲にして生きてきました。
ずっとこのまま……、私はそう思い続けていました。
でもそんな時、浩平君が現れました。そして私に、一緒に前へ進んでいこうと言ってくれた。私のことが好きだと言ってくれた。
私はこれから、普通の女の子として生きていける……。そう、信じていました。
でも、でも……運命は私を解き放ってはくれなかった。私の目の前で、再びあの「奇跡」が起こった。
「…………」
私はこれから浩平君と一緒に前に進んでいくと決めていました。そして、そう信じていました。
でも私の横にいてくれるはずの浩平君がは、いない……。私は前に進むどころか、もうどこにも行けなくなってしまいました。ただ暗い部屋の中で、一人で泣いているだけでした。
プルルルル……
ある時、電話が鳴りました。もう何年振りの出来事だろうか。でも私はとても電話で何かを話せるような気分ではなかったので、そのままやり過ごすことにしました。
プルルルル……プルルルル……プルルルル…………
でもその電話の呼び出し音は、一向に鳴り止む気配はありませんでした。
私はとうとう根負けして、電話の前に立ってその受話器を取りました。
「……もしもし」
そして受話器の向こうから聞こえてきた声は……、
「え……?」
それはあまりにも懐かしい声でした。もう忘れてしまいそうでしたが、一言その声を聞いた途端、あの頃の記憶が堰を切ったかのように溢れ出してきました。
「元気? 咲希……」
それはお母さんからの電話でした。
そしてあの頃から停まっていた時計の針が、今動き出そうとしていました……。