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Monologue:My Sacrifice  長谷川咲希

 私……長谷川咲希と浩平君との出会いは、突然でした。

 あの朝、いつもように起きて、制服を着て、家を出て、いつものように歩いて学校へ行きました。そして校門の所まで着てきた時、私の後ろから疾風が通り過ぎていきました。後で知ったのですが、それは自転車に乗っていた池澤さんでした。

 私はその風に驚いて、思わず立ち止まってしまい振り返ってみました。

 すると……、

「だーっ!」

 自転車に乗った男子生徒が、今まさに私に向かって衝突しようとしていました。


 それが、浩平君でした……。


 浩平君は気付いていなかったようですが、この時私と浩平君は目が合いました。すると私の瞳は浩平君の瞳に引き付けられました。

 

 瞳……。

 浩平君は私と同じ瞳をしていました。私と同じ、苦しみや悲しみを含んだものでした。そう頭で認識した時、私は自転車もろとも転倒する浩平君を背に駆け出してしまっていました。

 逃げ出した……。そういった表現が正しいと思います。



 私の悲しい過去。それは今から十年くらい前に遡ります。


 私の家族、私が知っているのはお母さんだけでした。元々一人っ子ですし、祖父母や親戚の方々にも一度も会ったことがありません。何でも私の両親はかつて東京の方で暮らしていたそうなのですが、周囲に交際を強く反対されたため、この町まで駆け落ちをしてきたのだそうです。それから二年後に私が生まれたのですが、それから間もなく父は亡くなりました。当時この町を直撃した台風に起因する土砂災害に巻き込まれたのでした。

 それから母は、女手一つで幼い私を育ててくれました。田舎でまともな仕事の無い中、それは大変な思いだったことでしょう。

 そして私は母のおかげで人並みに学校へも行けるようになりました。でも私にとって学校は嫌なところでした。私は片親で、母はいつも仕事で家にいませんでした。だから学校でクラスメイトに「何でお前には親がいないんだ?」と心無い言葉をかけられました。こういうことはよくあることだと皆さんは思うかもしれません。でも当事者にはあまり気持ちのいいものではなく、特に小学生の頃はとても耐えられないものでした。

 家には暖かい家族が待っている……。そんな当たり前の日常が私にはありませんでした。それは私にとってコンプレックスとなっていました。



 そんなある日、私はある一人の男の子と知り合いました。名前は中原浩君。家が近所で、同じクラスでした。でも、最初から知っていたわけではありません。

 きっかけは新学期になったある雨の降る朝。学校へ行く途中、傘が風にあおられて私は転んでしまいました。そしてその拍子に持っていた手提げカバンの中身を雨で濡れた地面に放り出してしまいました。私は転んで身体中が痛いのと恥ずかしいので、その場に座り込んで泣いてしまいました。

 すると私の背後に気配を感じたかと思うと、今まで私に降り注いでいた雨粒が、何かに遮られました。

「ほら、持てって」

 振り向くと、そこにはクラスで見たことののある男の子が立っていました。

「立てるか? どっか痛いのか?」

 私は首を振り、静かに立ち上がりました。

「ほら」

 男の子は私に持っていた傘を手渡してきました。そして、

「うわー、派手にぶちまけちまったなあ。もうびしょ濡れだし」

 男の子は地面に散らばった私のカバンの中身を一つ一つ集めてくれました。

「これで全部だよな?」

 男の子は集め終えたカバンの中身を私の前に持ってきました。

 私は首を一回、縦に振りました。

「おっけー!」

 男の子はそう言うと、それらを手提げカバンに全部入れて渡してくれました。

「気ぃつけろよ。今日は海風が強いから」

 私は服についた泥を手で払い、男の子にお礼を言いました。

「なあ、君って同じクラスの子だよな。俺、わかる? 中原浩だ」

「うん……」

「ああ、よかったぁ。わかんないって言われたらどうしようかなって思った。君の名前は、えっと……」

「さき……。長谷川、咲希」


 これが私と浩君との出会いでした。

 唐突といえば唐突で、何でもないといえば、何でもないものでした……。



 それ以来、私と浩君はよく一緒になりました。私は今まで友達と呼べる人がいなかったので少し戸惑いがありましたが、浩君はそんな私をまるで兄のようにリードしてくれました。かくれんぼや鬼ごっことか、普通の少年少女なら経験している遊びも浩君が教えてくれました。そうやっていくうちに、私は次第にクラスメイトとも解け込んでいけるようになりました。

 そして私の好きな遊びが「探検ごっこ」でした。

 最初は浩君が田島に行こうと私を誘ってきたのがきっかけでした。私は田島には行ったことがなかったので少し怖かったのですが、ここでも浩君がリードしてくれました。

 そして私は、探検ごっこが大好きになりました。知らない場所を知っていくというドキドキ感が、まだ幼い頃の私にはたまらないものでした。田島・駅前の商店街・森の中の廃屋・山の洞窟等、色々な場所を探検しました。いつの間にか私が先頭を切って入っていくこともありました。

 そしてある夏の夕方、その日も私と浩君は探検ごっこをして遊んでいました。

「なあ咲希、今週の土曜って大丈夫か?」

「え、うん大丈夫だよ」

 私はいつものように遊ぶ約束をするのだと思いました。

「よーし、おっけー! 実はさ、今度咲希に俺のとっておきの場所へ案内してやろうって思ってんだ」

「とっておきの場所?」

「ああ、今までの中でとっておきの、多分俺しか知らない場所だ」

 浩君はそう言って自慢気に胸を張りました。

「それって、どこ?」

 すると浩君は口元に人差し指を立て、ウインクをしました。

「それは秘密。とっておきの場所だから、俺が今度特別に連れて行ってあげる」

「本当! 行ってみたい!」

 すると浩君はニカッと笑いました。

「よし決まりだ! 今度の土曜、咲希の家まで迎えに行くからさ、待っててくれよ!」

「うん!」

「楽しみに待っててくれよ! そこでな、咲希に見せたいものがあるんだ」

「え、何それ?」

 すると浩君は再び口元に人差し指を立てました。

「それも秘密。行ってからのお楽しみ!」


 その日、私と浩君はそんな約束をして、私の家の前で別れました。


 そしてその週の土曜日の明け方、浩君は私の家へとやってきました。

 その時、私はこれからとてつもなく、そしてどうしようもない運命の渦へと巻き込まれていくことを、全く気付いてはいませんでした。



 あの日……浩君がいなくなって以来、私は泣き続けていました。浩君が突然私の前からいなくなったというとても受け入れ難い現実を目の当たりにして……。

 そしてしばらくして、浩君が家族からも姿を消し大規模な捜索が行われました。その頃はTVカメラをかかえた人達がこの辺りを行き来するのを、家の窓から見ていました。学校も集団登下校となりましたが、私はそれに参加しませんでした。

 とても学校へ行けるような精神状態ではなかったですから。

 

 またこの頃でしょうか。今まで私に対してとても優しかった母が、急に私を避け始めました。

 そして私が中学二年の時、母は「仕事の都合」という理由で私を残して家を出て行きました。何故母が変わってしまったのか、理由は未だに判りません。

 でもその時の私にとって、それはどうでもよかったことでした。母と疎遠になったことよりも、大好きだった浩君を失ってしまったことの方が、はるかにショックだったのです。

 その後私は高校へ進学しました。浩君のこと、まだ引きずっていましたけれど、時間が徐々に私の心を癒してくれていました。

 高校一年の春、私は成長した自分の姿を母に見てもらいたくて、私は母の元へ向かいました。

 でも、母は会ってくれませんでした。母の住んでいるアパートへ向かうと居留守を使われ、勤務先へいくと「仕事中」と断られ……、ならばと終業を待って門のところで待っていました。

 するとしばらくして前方からやってきた母は、満面の笑みをつくり出迎える私を、まるで見ず知らずの人間のように扱い、無視して通り過ぎていきました。

「誰、あの子?」

「え、知らないわよ、あんな子」

 立ち尽くす私の後方から、そんな声が聞こえてきました。

 私のことを知らないと言った声、それは間違いなく母の声でした……。



 そして私は再び泣き続けました……。

 母が私を……、

 私はその現実を受け入れることができませんでした。だから私は、母の本心を確かめたかった。高校一年の夏、私は母宛に一通の手紙を送りました。


『九月一日までに帰ってきてくれないと、私は死にます』


 八月一日、私は便箋にこれだけを書いて、ポストに投函しました。

 それから一週間、十日……二十日……と夏の日は無常に過ぎていきました。明日来る、今日は仕事で忙しいのだ、でも……でも明日になればきっと帰ってきてくれる。八月の終わりが近付いてくる中、私はそんな小さな希望だけを持っていました。


 そして八月三十一日……、

 今日こそ、今日こそ母が帰ってくる日だと私はそう頑なに信じていました。もしちょっとでも疑うと、私は壊れてしまいそうでした。

 私は仕事で疲れて帰ってくるであろう母のために、めいっぱいの料理を作りました。「上手くなったね」と言われたかったから、一生懸命に作りました。

 少し汚れていた部屋を隅々まで掃除し、お風呂も沸かし、居間はまるでお誕生日会のような飾り付けをしました。

 居間の壁には、「おかあさん、おかえりなさい」と書いたポスターを貼りました。

 

 そして夕方、私は全ての準備を整えて料理を居間へ運び、万全の体制で母の帰りを待つことにしました。

 午後五時……六時……七時……。

 まだ外は明るい、もうすぐ帰ってくる。

 午後八時……九時……十時……。

 あともう少し、もう少し待ては、母は疲れた表情で帰ってくるんだ。

 私は一人部屋の中、すっかり冷え切ってしまった料理を見つめ、ただ信じ続けていました。

 そして……、

 何も感じない無機質な空気の中で、時計の日付が変わりました。


 午前0時を過ぎても、私の家の玄関から一切の物音はしませんでした。

 真っ暗なこの家の中で、音を刻んでいるのは居間のエアコンの音と、私の嗚咽だけでした。

 そしてこの後、私は自分のとった行動をよく覚えていません。

 覚えているのは、キッチンに向かったことと、包丁を左手首に押し付けたことでした……。



 その後、どうやってここまで生きてきたのか、私はよく覚えていません。覚えていないというか、実感がないというか、どうでもいいというか……。だから高校一年の時は殆ど学校へ行かず、留年してしまいました。二年目の春、取りあえず高校だけは出ておこうと思い、再び学校へ行き始めましたが本当に自暴自棄でした。


 そんな中、私は心に決めたことがありました。

 それは「もう誰も愛さない」ということでした……。

 浩君に母……、今まで私は自分が愛した人を失うことで不幸になってきました。だから私はもう不幸にならないために、もう泣かなくてよいために、人を愛するという感情を捨てました。私はその感情を犠牲にすることにより、成長していこうと決めたのです。

 少し寂しいかもしれないけれど、年頃の女の子には一番辛いことかもしれないけれど、でもそうやって生きていかなければいけない、そうするしかないと思いました。

 そうやって私は殆ど誰とも接触することなく、二年間の高校一年生を終えました。ずっとこのままでいけばいい、そうすれば、もう悲しむことはない。

 そう思っていた時……、


 私は浩平君と出会いました……。


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