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Episode Summer:9  咲希への想い

「ん……」

 気が付くと、そこには古ぼけた白い天井と、今にも泣き出しそうなのぞみの顔があった。

 そして俺とのぞみの視線があった瞬間、のぞみの表情が一気に崩れた。

「こーへー、気が付いた……。こーへーっ! 良かった、よかった!……」

 表情の崩れたのぞみの瞳から、大粒の涙がボロボロと流れ落ちた。

「ここは、病院?……」

 何となくではあるが、今の状況は判ってきた。

 どうやら俺は今、町の診療所のベッドで横になっているようだった。

 のぞみはベッド横に置かれたパイプ椅子に座り、俺を看病してくれていたのか……。

 でも……、

 あれ、ここに寝る前までの出来事が、いまいちはっきりしない。

 確か俺は、みんなと田島へ渡って、そして咲希と……、

 ズキッ!

「うっ!」

 その時、俺はひどい頭痛に襲われた。俺は思わず側頭部を抑える。

「こーへー! 大丈夫?」

 俺は恐る恐る手を離す。どうやら頭痛は一瞬だけのようだ。

「ああ、大丈夫だ」

「そう、よかった……」

 のぞみは安堵の表情を浮かべるが、まだ心配なのか目は笑っていない。

 俺は手足が動くかどうか確かめるため、ベッドから身体を起こしてみる。

「ダメだって起きちゃ! 良くなるまで安静にしていなきゃ!」

 すると慌てたのぞみに身体をベッドへ押し戻された。

「ああ、判った」

 ここは素直に応じておく。ここに至るまでのぞみにかなり心配させてしまったようだから。

 それに正直、身体はまだ完全に言うことを聞いてくれないみたいだ……。

「なあのぞみ、俺はいつからこんな状態だったんだ?」

「ここへ運ばれてきてから三日間……」

 何てことだ……、俺は三日間眠り続けていたのか。

「そうか、田島へ渡ってから……」

 ズキッ!

 その時再び頭痛が俺を襲う。

「だ、大丈夫?」

 のぞみが心配そうに俺の顔を覗き込む。

「いや、何でもないよ、ちょっとビックリしただけだ……」

 どうやら田島でのことを思い出そうとすると頭痛が走るようだ。もしかしたら、軽い記憶喪失なのかもしれない。

「なあのぞみ、俺は一体?」

 俺はのぞみに田島での出来事を訊ねてみる。

 するとのぞみの表情は一気に曇る。

「あの時、みんな一緒に田島へ渡って肝試ししたじゃない? 最後の私と美奈ちゃんペアがスタートして、その後三十分くらいでゴールしたらさ、ボケ村と隆君しか到着していなかったから、みんなビックリしちゃって……、それでみんなで手分けして捜したんだけれど全然見つからなくて。その後、みんなで相談して、一旦家に戻って、こーへーたちが朝までに戻ってこなかったら警察に連絡しようって決めたの」

 この時、のぞみの手は小刻みに震えていた。俺たちがいなくなってしまったことが、とても怖かったのだろう。

「でも朝になってもこーへーたちは帰ってこなかったから、警察に連絡したの。警察だけじゃなく消防団の人たち、お父さんやお母さん、ボケ村や美奈ちゃん、隆君も一緒に捜してくれた」

 けっこう大掛かりに捜されていたようだ。みんなに迷惑をかけてしまい、とても申し訳ない……。

「そしてお昼頃、もしかしたら海に落ちたかもしれないって話になって、警察の人がボートで島の周りを捜したの。そして外海の磯場で倒れているこーへーを見つけてくれたの」

 ここでのぞみの言葉が詰まる。のぞみの瞳からは再び涙が流れ落ちる。

 それで俺は病院へと搬送されて、今に至るというわけか……。よく見ると腕には絆創膏が何枚も貼られていた。

 俺はのぞみの言葉を自分の記憶の断片と合わせてみる。

 ……………………

 そうだ……、

 俺は肝試しをしていて、それで途中、道をはずれて……、

 そうだ!

 あの時俺は、咲希と一緒だったんだ。

 あの時、急に身体の調子がおかしくなって、それで俺をおいていった咲希を追って、あの磯場へと行ったんだ。

 そこで、俺は……、

 ズキッ!

「うっ!」

「こ、こーへー!」

「だ、大丈夫だ……」

 俺は再び激しい頭痛に襲われたが、のぞみには気丈にふるまった。これ以上心配させるわけにはいかない。

「な、なあのぞみ、咲希は? 咲希はどうなったんだ? あいつは俺と一緒にいたはずだ」

 するとのぞみは俺から視線を外す。

 まさか、咲希の身に何かあったのか?

「お、おい、のぞみ……」

「まだ、見つかっていないの……」

 そ、そんな、バカな……。

「島では見つからなかった……。家にも行ったらしいけれど、反応がなかったらしいの」

「反応がない?」

 誰もいないっていうのか? それはおかしくないか。

 だって……、

 いや、待てよ……、

 そういえば、咲希のことはよく知っているが、咲希の家族のことについて何も知らない。

「長谷川さん、独り暮らしらしいの。お母さんがいるそうなんだけれど、何でも事情があって他県で勤めているそうなの」

 咲希はずっと独りで暮らしていたのか。全然知らなかった。

「だから長谷川さんは今も捜索中。田島は今も草の根一本の間まで調べられているわ」

 まだ一人見つかっていないんだ。咲希がまだ見つかっていない。

 どこに行ったんだ、咲希!

「あとね、こーへーを捜している時、ボケ村まで迷子になったの。その時ボケ村が偶然西側の崖で洞穴を見つけたらしいの。もしかしたらここにいるかもしれないって洞穴内へ入ったら、そこで昔の銃や爆弾を発見しちゃったの」

「銃や爆弾?」

 おいおい……。

「警察が言うには旧日本軍のものらしいって。ここら辺って昔軍の基地とかあったから。ほら、特攻隊とか知ってるでしょ?」

「そうなんだ。そりゃ大変だな」

 俺が言うのも何だけど。

「うん、今田島は大騒ぎだよ。警察の他に自衛隊まで来てる。当分田島へは行けそうにないよ」

 のぞみは少し苦笑いを浮かべる。もうのぞみの瞳から涙が流れることはなくなったが、頬はまだ湿り気を帯びていた。

「でもよかった、こーへーが無事で……」

「悪い、心配かけちゃって」

 俺は横になりながらではあるが、のぞみに向かって頭を下げる。

「ううん、私たちのことは気にしなくていいよ。こーへーは早く元気になることだけ考えてくれていたらいいから」

 のぞみは優しい口調で俺に告げる。

「それじゃ、私お父さんとお母さんに、こーへーの意識が戻ったって言ってくるから、ちょっと待っててね!」

 のぞみはそう告げると、今まで座っていたパイプ椅子から立ち上がる。

 そして振り向くと思いきや、俺の手を握ってくる。

「もう、どこにもいっちゃヤだよ……」

 のぞみは笑顔でそう告げ、部屋を出て行った。

 久しぶりに見る、望みの笑顔だった。

 そう思えるくらい、長い間眠っていたような気がした。

 

 俺が目を覚ましてから、手足の痺れと頭痛が取れるまで十日程かかった。俺の症状は全くの原因不明、街の中央病院で精密検査を受けても原因は判らず、担当した医者はただただ首を捻っていた。

 そして身体の調子がほぼ戻ってから数日後、俺は久しぶりに外を散歩してみた。出かける際のぞみが一緒について行こうかと言ってきたが、俺は何となく一人で歩きたかったので、のぞみの誘いを丁重に断った。

 俺は海外沿いの道を学校方面へと歩く。向こうに見える田島には未だ自衛隊の船舶が停泊している。新聞によると田島にはかなりの規模の秘密武器庫があったようで、自衛隊による調査と処理が続いていた。こんな状態だから釣り客は殆ど姿を見せない。しかし変わりに報道関係者が大挙してやって来たため、釣り宿「ゆかり」は宿泊客で連日賑わっていた。

「…………」

 海からの風が俺の髪の毛を揺らす。今日の風はいつもと違う。何でも台風が近付いてきているらしい。しかしいくら風が強くても、南国の太陽を和らげるまでにはいかない。

 俺は刺すような陽射しの中を歩き続ける。車は殆ど通らないから、聞こえるのは波の音とセミの声。

 セミの大合唱の中を俺は歩き続ける。暑くて目の前が黄色くなってきそうなのに、俺は歩き続けた。

 俺は、そうしたかった。

 でないと、自分自身が壊れてしまいそうだった……。

 咲希     咲希……

 あの時以来、俺はずっと咲希のことばかり考えている。

 好きだから……、

 行方不明だから……、

 でも、俺が一番気になっていることは……、

 あの時……俺が自分の想いを伝えようとした時、俺の身体はおかしくなった。

 そして咲希が言い残していった言葉、


「また……大切な人を……」

 

 ボンヤリとした記憶の中で、俺はこの時の言葉を鮮明に覚えている。あの咲希の瞳……、あの苦しみや哀しみが入り混じった瞳が、あの時決壊した。

 俺は咲希を、救いたい……。

 苦しみと哀しみの渦に飲み込まれていく咲希の瞳を救いたい。

 同じ瞳を、同じ哀しい過去を持つ者同士、過去を共有し一緒に歩いていこう、前に進んで行こうと、俺たちは約束したのだから。

 俺はいつの間にか咲希の影を探していた……。

 学校、駅前、商店街、砂浜、俺は咲希と出会った場所を順番に歩いていく。

 咲希に会いたい!

 ただそれだけの想いで、俺は夏の太陽の下を歩く。

 そして、俺は最後の場所に辿り着く。そこは最も俺が咲希と出会った場所。咲希の影が、匂いが一番強い場所……。

 もしかしたら、俺は無意識のうちにここを最後の場所にしたのかもしれない。

 その場所とは、町と田島を一望できる展望台。

 ここは俺と咲希の秘密の場所。俺は何かに誘われるように、展望台の中へ足を踏み入れた。


 俺は展望台の手すりにもたれかかる。俺はいつもこうやってベンチに座る咲希を見下ろし、二人でどうでもいいような話を交わす。そして特別な話をする時は咲希も俺の隣で手すりにもたれかかる。俺が体勢を変えると、咲希も同じように体勢を変える。遠くの海を眺め、どちらかが話し、どちらかが泣いた。尤も、泣くのは圧倒的に咲希の方。泣いている時の咲希はとても小さく見えた。俺はそんな咲希をいつも抱きしめる。その時は今みたいな感情がなかったから、仲間を支え励ますという感じだった。俺は咲希の苦しみや哀しみを共有するために、咲希へ寄り添った。

 でも今は違う。

 俺は咲希のことが好きだ。咲希を守ってやりたい。咲希を苦しみや哀しみから解き放ってやりたい。

 そして二人で一緒に、どこまでも歩いていきたい……。

 咲希、今どこにいるんだ? まさか死んだなんてことはないよな? もしそうだったなら、俺はお前を許さないぞ……。

 俺たちは一緒に前に進んで行くって約束したのだから……。

 もし今咲希に会えたなら、俺はお前を思いっきり抱きしめる。どこにも行かせない。

 

 咲希……


 その時、風が吹いた。

 暑さを感じない。セミの声も聞こえない。

 

 ……………………


 俺は全神経を集中させていた。感情が込み上げてくるのを必死に耐えた。理性の堤防が決壊してしまいそうになるのを、必死に耐えた。


「…………」


 俺は背中の向こうに、気配を感じていた。

 それはとても懐かしくて、とても愛しい……、

 俺はその気配の主を、知っていた。


「…………」

「…………」


「待ちましたか?……」


「いや、今、来たところだ……」

 

 そして俺は振り向く。

「浩平君……」

 そこには、涙目で……今にも壊れて無くなってしまいそうな……、

 そして笑顔の咲希がいた。


「咲希!」

「浩平君!」

 俺と咲希……、俺たちは互いの言葉を確かめる前に、互いを抱きしめ合った。

 

 もう、どこにも行かない。

 もう、どこへとやらないと……。


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