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終身葬儀屋

作者: ratte

 

 今よりずっと遠い未来。

 荒唐無稽こうとうむけいだが、起こり得る可能性は零ではない話。

 何故ならばその話は、はるか昔より人の望みであり続けたものだからだ。

 望む者は人生の全てを賭しても手に入らず、またある者はそれを手に入れる為に毒すら飲み干した。




 そんな願いが叶った世界の話だ。



 有り体に言ってしまえば、人類は自身の、否。

 全ての生物が持つはずの弱点を克服してしまったのだ。

 それは『死』だ。

 奇跡も、神も必要なく。

 技術の発展に次ぐ発展を続け、人は人のままで高き頂きに上り詰めた。

 神話に曰く、太古の神々すら退けた老い。

 死へと運命付ける自殺因子アポトーシス

 それらに人類は打ち勝った。


 結果、生まれたのがこの『死』が『死』に絶えた世界。

 将来の老いや死からの不安は消え、人類は有限な命の理不尽から脱した。




 そう、永遠の平穏を手に入れたのだ。






 *




 時計の針は十三時を過ぎた頃。


 ここに死が死に絶えてしまったことで割を食った仕事の男が一人。

 男の名はヤマタカという。

 年の頃は二十歳半ばと言ったところか。脱色した金髪の根元は黒く、その頭に似付かわしくない上等な喪服を着こなしている。

 ヤマタカは閑散かんさんとした事務所でカチ、カチとマウスをクリックする音を規律よく鳴らしている。

 だが、仕事をしているわけではない。パソコンのディスプレイには執拗しつように人に殴られているサメがドット絵で描かれていて、マウスの操作と共にサメが動いていた。


 時計の針は昼食の時間はとうに過ぎていることを示している。

 だがヤマタカは仕事をするわけでもなく、PCゲームに興じている。事務所にはパソコンが数台置かれているだけで、他には誰も居ない。


 言い訳をするなら彼は決して仕事をしたくないからサボっている訳ではない。

 仕事がないのだ。

 ただ。

 ただ、とてつもなく暇なのだ。

 ディスプレイで動いてたサメが大量の人型に埋め尽くされ、理不尽に殴ら続けてゲームオーバーの文字が表示される。

 はぁ、と彼は無表情のままにため息を吐く。


「……暇だ」


 ヤマタカはあまりの暇さ加減につい愚痴ぐちらす。


「暇だ。暇暇暇暇暇ひまひまひまひまひま」


 ヤマタカはキャスター付きの椅子でぐるぐると回り始めた。

 大の大人の、そんな様子を見咎める者は誰も居ない。少しして、飽きたのかピタリと止まり元の机へ戻った。

 そのまま彼は机の引き出しを開け、中にあるものを取り出そうとする。が、あるべきものがないことに気付いて舌打ちをした。


「あのクソ上司。また俺の菓子を勝手に食いやがって……」


 彼の上司は昼休みが終わった直後に外回りに出てしまっていた。特に仕事が指示されているわけでもなく、暇を持て余した彼がゲームに興じるのも仕方ないことだった。


 ヤマタカの仕事は一ヶ月にあるか、ないか程度だ。しかし、実入り自体は悪くなく、政府からの補助もある。

 食いっぱぐれることはない。しかし、如何いかんせん暇だ。暇に殺されているのが今の彼の惨状さんじょうであった。


 そうヤマタカが腐っていると、ちゃりんと事務所の入り口の開く音がした。

 ヤマタカは耳聡く、すぐさまそれに反応する。


 ――あぁ、ようやくこの暇から開放される。

 決して労働意欲が高い訳ではないが、何もしたくない訳でもない。すかさずヤマタカは襟とタイを正し、身なりを軽く整えて入り口に向かった。




 *




 入り口には年相応ながらにくたびれたコートを着た初老の男が一人。きょろきょろと不安げに事務所の中を見回している。


「ごめんください……ここは葬儀屋で間違いないでしょうか?」


 ヤマタカは頷いた。飯の種だ。なんとしても仕事に取り付けなければならない。


「ええ、ここでは確かに人生の終わり、貴方の美しき終焉しゅうえんの為の『終身葬儀屋』でございます」


 ヤマタカは風貌には似付かわしくない笑顔で男に話しかける。

 彼からはそれまでの腐った様子は見られない。ミスのないマニュアル通りの接客。それは獲物を決して逃がさない狩人ようにも思えた。


 その対応に男は安心したようだ。顧客となれば後はスピード勝負。

 相手の気が変わらない内にさっさと済ませなければならない。




 *




『終身葬儀屋』


 それがヤマタカの生業の名だ。

 死が死に絶え、価値をなくした後に様々なものが同様に価値を失った。

 例えば宗教。

 宗教はその多様性により時には争いを生むが、本質は要するに一つだ。


『安寧』を得ることだ。

 生のこれからと、死後の平穏。

 だがその半分を失い、必然その存在の必要性も半減する。だが、衰退したものをそれでも求める物好きはどこにでもいる。

 所謂、隙間産業というやつだ。


『葬儀屋』が価値を失い、そして生まれた『終身葬儀屋』。




 自ら望んで死を失ったにも関わらず、死を望む者の訪れる終着点。




 *




「それではこれより■■■■様の告別式を始めたいと思います」


 手続きは滞りなく進み、その日のうちに終身葬儀は終わりそうだ。

 男にはよっぽどこの世に未練がないのだろう。

 寿命を失って得た時間はヤマタカの暇と同様、過ぎればやはり毒になる。

 やりたいことは全てやった、と男は語った。

 喪主であり、同時に故人である男と司会を務めるヤマタカの二人だけの葬儀は、寿命がなくなる以前ならさぞかし異様に映るだろう。

 暗い式場の中で蝋燭ろうそくを模した電灯がゆらゆらと影を揺らしている。


「私は先の大戦で従軍しました」


 男はその話を始めたとき、声に初めは僅かに、徐々に熱を帯び始めだした。


 先の大戦で勇敢に戦い、それが誇りだったと彼は語った。

 多くの者を失い、負けもしたがそれでも得る物があったと。

 時には情緒豊かに、時には熱を入れ、つらつらと男は語り続ける。


 ヤマタカは無表情にそんな英雄譚を聞き続けた。


「私はたくさんの人を殺しました。

 だからこれ以上、その悲しみを広げたくないのです。

 私は若い頃よりそのための行動をし続けました。

 私は長いこと、長いことそれを認めない者たちに警笛を鳴らし、抗議し続けたのです。

 私自身が行ったことです。

 生き証人なのです。

 断じて否定はさせません。

 そして、その行為はとうとう結実しました。

 戦中に我々が行った残酷な行為を広め、政府に認めさせることが出来たのです。

 私は、私が誇らしい。

 私が『生きた』ということを実感をしました。

 同時に私は満足したのです」


 言葉と同じく表情も満足した男は言葉を止める。


「最期に■■■■様、遺言をお願いします」


 ヤマタカは機とみて、最後の〆を促した。


「……私は私の人生に悔いはありません。私は今、死ぬべきと感じたのです」


 男の声には不安の一つもない。実際に本人は本気でそう思っているのだとヤマタカにはわかった。


「ありがとうございました。では納棺の後、御出立の準備を」


 葬儀の最期に男を車で火葬場まで送る。

 火葬場は今も昔も変わらない姿だ。需要が限定的になった故、新調する余裕がないとも言えるが。

 しかし、人を白骨化させる火葬炉は相手が寿命を失った者であろうと十分過ぎる性能があった。


 炉の前で棺に入った男は静かにヤマタカにあらかじめ渡されていた薬を飲み、そのまま眠りにつく。即効性の睡眠薬だ。

 この世に未練はないとばかりな安らかな表情。

 最後の眠りであり、最期の眠り。彼はそのまま永眠に入ったのだ。

 ヤマタカは棺の蓋を閉め、煤のついた火葬炉に収めた。


 後はスイッチを押すだけだ。

 ヤマタカはなんの躊躇(ちゅうちょ)もなくそれを押した。

 ゴウ、と音を立て、火葬炉が始動する。




 *




 ――――しばらくして。ごんごんと炉の口を叩く音がする。

 終わる時間までの間の休息に入っていたヤマタカはそれを無視した。


 技術により作られた寿命を失った不死者。

 それには一つ利点であり、欠点があった。


 死ににくいのだ。


 それこそ、死ぬまでの間に薬が切れてしまうような。

 昔から火葬場の都市伝説に死んだ後、焼かれる最中に息を吹き返して炉の扉を叩いて出ようとする、なんてものがある。


 どちらにせよ、手遅れだ。


 ヤマタカは音を無視し、焼き上がる時間まで粛々と待った。




 *




 火葬が終わり、棺だったものと男だったものが取り出される。生を終えた未だ熱を持つ残滓は驚くほど無機質に感じた。

 ヤマタカは熱が冷めるのを待ち、男の骨を骨壺に収め、蓋をする。

 そして、ヤマタカは筆を取りだした。

 終身葬儀屋は最後にその命に名を付ける。かつては戒名と呼ばれるものの名残だ。

 客であった男が最期に自分を語ったのはそのため。この国の人間はどうも古く、それでも残ったものをやたらと好む。ヤマタカは馬鹿らしいとは思うものの、とりわけ文句がある訳ではない。

 筆に携帯していた墨を付け、蓋にその命だったものの名を書き上げようとする。


 彼の語った英雄譚。

 それに相応しい名を得られると思って彼は終身葬儀を望んだのだろう。


 だが……

 ヤマタカは知っていた。


 男が行ったことは事実であろうと、その本質は真実ではない。


 終身葬儀屋は顧客が用意した戸籍謄本等より資料を作成する。

 その男の戸籍謄本に書かれている情報。

 戦争があったのは初老の男の生まれるずっと前の話だ。丁度、男の祖父の世代ぐらいだろう。

 少し前までよくみた話だ。

 初めは『自分の祖父は戦争に行っていた』と、周りに吹聴していたのだろう。

 初めはそれで満足していた。

 自分にはその誇り高き血が流れていると。

 自分にはそれに報いる義務があると。


 だが、そのうち男に欲が出た。

 祖父に聞かされ続け、憧れた英雄譚。

 それが自分のものであればどれほど良いか。

 それは本当の意味で戦争を知らないから思えることだ。


 だが、だからこそ、この男は求めた。

 真実を知らず、自らが真実になることを望んだ。


 あるはずもない、自身の英雄譚を。


 思うところはないことはないが、今はそれが飯の種だ。

 満足して逝ってくれるのなら、是非もない。




 ヤマタカは壺に筆を走らせる。


『空虚栄妄』


 それが、この命の名だ。


 男が望んだものは空虚。

 男が得たものは虚栄。

 男が行ったことは虚妄。


 死人に口なし。死の価値を失ってしまったこの世の中では、やはり死者の価値も失われてしまった。

 自身の死には興味津々でも他人の死には無関心。例え他の客がその名の棺をみたとしても、ただ碌でもないやつもいたものだと嗤うだけだ。自分はそんなはずがない、と根拠なくそう思って。




 *




 ヤマタカは戦時中に生まれた寿命を無くした不死者、その第一号だ。

 彼より前に不死者はいない。

 人類が寿命をなくてから後、彼は誰よりも不死者を知っている。

 故に彼の前に生の虚偽は通じない。

 死の価値を殺し、閻魔エンマの仕事を奪った者。

 始まりの死者、地獄の判官すら退ける仏。


 大威徳明王ダイイトクミョウオウ


 別名、閻魔を殺す者ヤマーンタカ


 今の彼は、そう名乗っている。




 人類が『死』を克服して数世紀。

『死』を失っていても、人類はやはり『生』を克服出来ないでいた。

 生に意味はない。

 死こそが、生に意味を与えるのだ。

『この(イノチ)は、あぁ、こうであった』と。




「……さっさとくたばってろ、クソ老害ども」


 終身葬儀を終え、ヤマタカは誰にも聞こえないようにそう呟くのだった。





 人間というやつは、やはりどこまでも度し難く、例え困難を克服したとしても次の困難を自らが作り上げ続ける。


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― 新着の感想 ―
[一言] 名前が……酷い嫌味ですねぇ。 葬儀をした人に、戒名とは違うんでしょうけど悲しいお名前。 死を克服って凄い世界。 色々と考えさせれました。 ヤマタカさんは生きすぎて嫌な性格になってしまったのか…
2017/11/26 22:40 退会済み
管理
[気になる点] 最初の不死者がヤマタカなのは分かりましたが、それで全ての不死者が成したことを知っているという点については上手く飲み込めませんでした。 何か特別な力があるのでしょうか? もし、無いので…
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