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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

獣になった日

作者: もふぷに

 THE・獣思考! といった内容の話を書いてみたかったのですが、どうしてこうなった??

 ほのぼの感は皆無です。殺伐としています。むしろホラーです。


 せっかく書いたものだし、13日の金曜日に投稿してみました。果たして供養になるのか。

(……あれ? 此処は、どこ……だ?)


 ふと気付けば、自身を取り巻く環境は深い森となっていた。

 見上げても先端の見えない程に背の高い木。身の丈を超える草むら。ギィギィと、高く低く響き渡るのは恐らく鳥の鳴き声。

 風が吹く度に木の葉や藪が揺れて、その度に体がビクリと震える。


(俺は、何で……こんな場所に?)


 直前までの行動が何故かぼやけた記憶を必死に掘り返し、此処に来るまでの自分が何をしていたのかを思い出そうとする。

 自らの足で此処に辿り着いたのか、それとも誰かに此処まで連れて来られたのか。後者ならば、何らかの犯罪に巻き込まれたという事だろう。前者ならば……記憶喪失としか言いようが無い。


 そして必死に記憶を探り、何とか思い出せたのは、物凄い勢いで近付く光と複数の誰かの悲鳴。その後の衝撃。続けて2度、3度。その数秒後に体内からダクダクと止めどなく流れ出す血の赤。闇に落ちる視界。


 それらを思い出したところでドサリと何かが音を立てた。ビクリと再び体が震え、慌てて辺りを見回すも特に変化は無い。否、変化はあった。

 音に怯えただけでは無い継続的な体の震え。カチカチと聞こえているのは己の歯の噛み合わぬ音か。つい先程、音を立てていたのは自身の体だった。腰が抜けたのだ。

 キョトキョトと忙しなく動く目は、必死に周囲の状況を読み取ろうとするも、本当に大事な現実からは必死に逃れようとしている。


 ――パサリ


 自身の背後から聞こえる音。ここでもビクリと大きく体は震えるが、背後を確認するも誰もいない。当然だ。この場には己しかいないのだから。

 ならば先程の音は何か。

 とうに分かりきっていた答えなのだが、それから必死に逃れようとする精神。だが、理性はそれを確認すべきと訴える。


 見たくない、信じたくない、と思いつつもぎこちなく背後を振り向き、ほんの僅かに視線を下げる。


 ――パサリ


 それ(・・)が視界に入った瞬間、やはりビクリと体が震える。それだけで無く、視界に収めたそれ(・・)もまたバサリと一際大きく動いた。

 それ(・・)は尾だった。獣の尾である。黒色を帯びた灰色の、自身の記憶にあるもので1番近いものを上げるならば『狐』だろうか? 人である己には、決して付いている筈が無いものだ。

 尾だけでは無い。手も足も、それどころか視界に入る肉体、その全てが獣のものに変わっていた。恐らく、今は目で確認出来ていない顔も獣のものへと変わっているのだろう。


 ドクリと心臓が大きく音を立てる。


 だが、これもおかしい事なのだ。先程探り当てた記憶。あの光景と衝撃、痛み、呼吸、視界、それら全てが当時の自身が『致命傷』であった事を告げている。

 ならば、今の自分は何なのか? 死した筈が肉体を持ち、あまつさえ人ならぬ獣の尾を持っていようとは。

 

 脳裏に浮かぶ『転生』の2文字。

 否、と頭を振る。あれは物語だ。フィクションなのだ。実際に起こる筈も無い。

 ならば、自身の状況は?

 否、と慌てて頭を振る。これは夢だ。現実では無い。現実である筈が無い。

 当時の己は事故に遭った。それは間違いようの無い事実なのだろう。ならば、今の己は病院に運ばれて居る筈だ。だから、今の俺のこの姿は、病院に居る治療中の己が見ている夢なのだ。現実であって堪るか。


 ザワリ、と風が吹き、木々が騒ぐ。まるで己の予想(ねがい)を否定するかのように。


 その時、「パキリ」と微かな音を捉えた。自然のものでは無い不自然な音。

 無意識の内に音の方向へと首を傾ける。近付く、赤。

 ガクリと足の力が抜ける。だが、それが幸いした。ガチンッ! と頭上で大きく音が響く。

 唖然としながら見上げると、そこには激しく牙を打ち鳴らした獣の姿。ギリギリとその歯が噛み締められ、ポタリとその口から透明な雫が垂れた。


 見上げる己の視線と、見下ろす獣の視線が交わる。


 その瞬間、ゾワリと全身がそそけ立った。

 獣の目から感じたのは、今まで見られた事も無い種類の視線。殺意とか、そんな単純なものでは無く——いや、そんな視線など今まで生きてきて一度も向けられた事は無いのだが——獣から感じたのは『食欲』これに尽きる。

 獣は己を『食い物』と見なしているのだとすぐに悟った。悟るしか無かった。


 グル……と獣の喉から唸り声が漏れ聞こえる。何故か、唸り声のその意味もハッキリと分かる。それは「エモノ」と言っていた。「エモノ」「クウ」「カル」。続いて並ぶ言葉に全身の毛が逆立つ。


 慌てて足に力を入れる。獣から逃げないと……! 恐怖でもつれそうな足を必死に動かして身を翻す。

 獣もまたすぐに身を翻す。襲撃が失敗して逃げる為では無く、己を食う為に。狩り殺す為に。


 逃げる獣と追う獣。


 ハァハァと荒ぶる息。幸いなのは獣の体と化したせいか、これだけ必死に走っても息切れだけで済んでいるという事だ。人の体であったならば、とうに動けなくなって獣に食い殺されていただろう。

 だが、心情的にはそんなものは何の救いにもならない。

 何処に逃げれば良いのかも分からず、ただ闇雲に足を動かす。

 木の隙間をかいくぐり、藪を突き抜け、地を駆ける。


 必死に逃げている間、己と己を追いかける獣以外の姿が不思議なほどに目に入らない。自分達の他に獣はいないのだろうか?

 追い、追われる状況に少し慣れたが故か、そんな事が脳裏を過ぎった。

 そしてこれまでと同じように、何も考えずに目の前の藪を抜ける。


 そして、それが災いした。見方を変えれば幸いした、とも言えるのだがこの時点では分からない。


 踏み出した足元がガラリと崩れる。

 焦りながら体制を立て直そうとするも、反射的に踏み出したもう片側は何も踏み締める事は無い。

 傾く視界の中で、追いかけて来ていた獣が慌てて足を止めるのが見えた。


 逃げ切った……訳では無い。


 グラリとさらに傾く視界。視界だけで無く、体全体が大きく傾く。

 ヒゥ、と耳元で鳴る風。

 天地が逆さまになる。

 内臓がフワリと浮き上がる感覚がした。

 足を動かしていないのに、目の前を高速で過ぎていく地面。


(何が、起こった?)


 思考が停止する。

 そんな事、考えなくてもすぐに分かる事なのに。

 やっと自身の体に起こった事を理解した瞬間、激しい水音を立てて水面へと叩き付けられた。


 水に叩き付けられた衝撃で口から大量の息が漏れる。泡で埋まる視界。口や鼻から入り込んだ大量の水で息が出来ない。

 驚き反射的に我武者羅に動いたせいで、天地が全く分からない。

 それに気付くと無理矢理に体の制御を取り戻し、ほんの僅かな時間だけ体の動きを止める。


 暗い方へとユックリと落ちていく体。


 ならば水面は逆方向の筈だ。

 慌てて足を動かし、水面を目指す。さほど遠くもない距離がひどく遠い。


 コポリと体内に残った僅かな酸素が口から漏れそうになり、慌てて口元を食いしばる。

 体から酸素が抜ければ沈む速度は上がるからだ。よくドラマや映画で、溺れた人間が助けを求めて声を張り上げ、再び水中に沈んだりする理由がそれだった筈だ。

 何気無く覚えていたうろ覚えの知識だが、現状においては非常に役に立ったと言える。


 必死に足を動かし水を掻き分けて、ついに鼻先が水面から出る。

 最後の一掻きで一気に水面から(おど)り出た。

 水を吐き出し、必死に空気を貪る。

 バクバクと暴れる心臓を騙し騙し、無理矢理に思考を巡らせる。


(さっきの獣は!?)


 振り仰いだ崖の上には何の姿も無かった。


(逃げ切った……のか?)


 逃げ切ったと言って良いのかは不明だが、先程まで己を食おうとしていた獣の姿は無くなっていた。

 大きく安堵の息を吐いて体が沈みそうになり、慌てて大きく息を吸う。アホか。自嘲した瞬間、笑いが漏れた。


 グッグッ、と鳴る喉。人の笑い方では無い。

 硬直する体。

 問題が解決したように思えていたが、本題は何の解決もしていなかった。

 硬直したせいで再び沈みかけて慌てる。


 まずは地上に上がらなくては。


 視線と首を巡らせ、もっとも近い地面を探す。

 幸いにも、そう遠くない場所を見つけて、そちらへと体を巡らせる。

 ふと気付いたが、今の己の泳ぎ方はいわゆる『犬掻き』だ。ギュッと眉根が寄るが、まずは地上に上がる事が先決と気持ちを切り替える。


 水面を掻く事数分、何事も無く岸辺に足がついた。

 グッと体を持ち上げるもひどく重い。水をたっぷりと含んだ毛のせいだ。泳ぐ時はさほど気にならなかったが、こんな所で障害になろうとは。

 走り続け、泳ぎ続けて震える手足に——正しくは前肢、後肢と言うべきか——力を込めて地面に強引に身を乗り上げる。

 這いずるようにして地上へと上がった体は泥に塗れて汚れるが、現状においては些事であった。


 荒い息を必死に整え、目覚めた直後からずっと先送りにしていた問題をふと思い出す。

 別の理由から震え始める手足に力を込め、つい先程離れたばかりの岸辺へと近付く。

 落ちないように気を付けながら水面へと身を乗り出し、己の全身像を確認する。


 半身は泥に塗れ、濡れた毛が全身に張り付いてはいるが、水面に映ったのは尾を見て感じた『狐と近しい』獣の姿。

 何故『近しい』と称したかというと、狐にはある筈も無いものが付いているからだ。

 それは、額から生える小さな4本の角。まだ小さく短い為、4()では無く、4()と言っても良いかもしれない。

 だが、それは水面に映った中で強い異彩を放っていた。


 パチリ、と角の中で火花が弾ける。

 角は水晶のような透明色であった。だからこそ内部の火花が良く見える。

 パチリ、と再び火花が弾けた。弾けるとは称したが、音は一切聞こえていない。


(これは、何だ?)


 再びドサリと尻餅をつく。

 ある程度の予想はしていたが、その予想を超えるものを見てしまったからだ。

 自身の体が獣になっている事はすでに諦めていた。だが、こんなもの(・・・・・)が付いているなどとは想像もしていない。


 恐る恐る再び水面へと顔を出す。だが、そこに見えたものは変わらない。


 狐にはこんなもの(ツノ)は生えていない。

 獣に追われる前に思い浮かんだ『転生』という2文字が再び主張を始める。

 ただし今度は、そこに『異世界』の3文字が追加されていた。


 自分が見たものが信じられなくて、信じたくなくて、三度水面へと顔を覗かせる。

 だが、やはり見えるものが変わる筈も無く。

 無意識に唾を飲み込んだ喉が音を立てたと同時に顎先から雫が滴り落ち、水面が大きく乱れた。

 

 何となしに慌てながら水面に映る筈の自身の姿を確認しようとする。そして見えたのは、赤。


 反射かまぐれか、瞬間的に身を引いた鼻先を何かが掠める。

 額を少し超えた場所辺りでギシャリ、と金属を擦り合わせたような音が聞こえた。


 先程の獣を思い出す。

 まさか、奴も崖から飛び込んで追って来たのか!? と慌てて逃げ腰になりながらもその姿を確認すれば、視界に入ったモノはさっきの獣とは似ても似つかなかった。


 青銀色に煌めく鱗がまず目に入る。

 音の鳴った場所を見上げれば、無数の細かい牙が並んでいるのが見えた。獲物を捉えられなかった事を悔やんでいるのか、ギシャリ、ギシャリと擦り合わされた牙が鳴る。魚の歯と呼ぶには随分と剣呑な代物だ。

 滞空していたその体は、やがて重力に引かれて水面へと戻り始める。

 眼前を通り過ぎる時に見えたのは、頭部にズラリと並ぶ数多の眼球。その全てが己をシッカリと捉えていた。


 途端に湧き上がる吐き気。


(何だ、これ!?)


 さっきの獣はまだ良い。体は非常に大きかったものの、見た目は自身の知っている狼とそれほどの相違は無かった。大きさに関しては、自身の体が小さいのだろう。目覚めた直後に感じた木々の大きさは恐らくそういう事だ。

 いや、もしかしたら違う箇所もあったのかもしれないが、追われて極限状態だったあの時点では確認は出来なかっただろう。


 だが、今見た魚()は違った。

 頭部にズラリと並んだ目は、明らかに全てが魚の意思で動いていた。

 脳裏に『ヤツメウナギ』という魚が思い浮かぶ。だが、あれは実際に目が複数ある訳では無い。体の両側面に空いた穴が目の様に見えるというだけだ。

 そして、昆虫の複眼ともまた違う。今見た目は、1つ1つが独立した単眼だった。


 異形の魚。

 だが、己も異形と呼べるのではないか? 狐にはこんなモノ(ツノ)生えていない。それも、火花を内包する角なんて。


 ドクリ、ドクリと主張する心臓がうるさい。

 ギリ、と手を握りしめるが、実際に握りしめられたのは獣の前足。前足から伸びた爪が地面を抉り、その音で正気に返る。


(とりあえず、ここから早く離れないと)


 崖から落ちてから地上に上がるまで、先程の魚に襲われなかったのは運が良かった。

 だが、今後も幸運が続くとは限らない。あんな魚がいる湖だ。陸上を歩く魚がいてもおかしくはない。


(幸運……ね)


 考えながらも漏れる自嘲の吐息。そもそも、幸運であれば事故に遭ったりしないだろうし、こんな訳の分からない状況に陥ったりもしないだろう。


 フラリとよろめく足取りで何処へとも知れず歩き始める。

 願わくば、歩む先が安全である事を祈って。



 ***



 こんな訳の分からない状況に陥ってから、すでに数日が過ぎた。昼夜の流れが地球と同じであるならば、今日を過ぎれば明日で1週間になる。

 既に日が沈んで数時間。空を仰げば赤と紫の2つの月が見える。『地球と同じならば』と仮定したのはこれが原因だ。すなわち、此処が異世界であるという証拠でもある。


 月だけで無く、この数日間で目にしたアレコレもまた、此処が地球では無い事を示していた。


 自走する草なんて見た事も聞いた事も無い。しかも、川を泳いで渡っていた。

 大きな洞を持つ木と思いきや、枝に止まった鳥を別の枝で捕らえて洞に放り込むなんて見た事も聞いた事も無い。放り込まれた鳥らしき悲鳴の後には咀嚼音が聞こえてきた。

 2つの首を持つ鳥なんて見た事も聞いた事も……否、奇形としては聞いた事はあるが、流石にそれらが何十もの数の群れをなして飛んでいるなんてのは1度も無い。あって堪るか。


 ここまでで既に己の正気を疑いたくなってくるが、残念な事にまだ正気である。


 フゥ、と藪に隠れたまま溜め息を吐くと同時に背後から聞こえて来る荒い息。それに気付いた瞬間、背後も見ずに一気に駆け出す。

 それに続いてバキバキと枝をへし折りながら追いかけて来る何か。音の重さ的に以前の狼では無いようだ。だが、わざわざ振り向いて確認をする余裕など無い。

 ここ数日で目星を付けていた避難所へと急ぎ逃げ込む。硬い岩盤の割れ目の奥。ジッと身を潜めながら、諦め悪くガリガリと入り口を掻き毟る音が無くなるのをひたすらに待つ。


(早くいなくなれ……!)


 しばらくはガリガリという音が響いていたが、それもやがて治まった。

 それでも警戒は切らさず、どうやらもういないらしいと判断したところで恐る恐る動き出す。まずは目線だけで。その後ほんの少しだけ顔を出して。次いで半身を覗かせて……安全と確信してからやっと全身を出した。

 緊張に凝り固まった体をブルブルと大きく振る。


 これで何度目の事だろうか。

 数日前は生き物がいないと思っていたが、そんな事は無かった。むしろ多いくらいである。しかも、その殆どが好戦的な生き物ばかりだった。

 目が合うや否や襲い掛かって来る獣は数知れず。どいつもこいつも、己を喰らおうと必死だ。そんな連中から感じる言葉はひたすらに「クウ」「エモノ」というものばかり。

 数少ない非好戦的な獣は、己の姿を見れば狂乱状態に陥る。自身の姿にもっとも近い狐の親子を発見したが、親狐は激しく威嚇し「チカヅクナ!」と必死の形相だった。子狐達は「コワイ」「キライ」「アッチイケ」と、ストレートに感情をぶつけてくる。地味に凹んだ。


 どうやら、多くの異形の獣にとっては己は極上の獲物であり、残りの少数の普通の獣にとっては己は恐怖の対象であるらしい。

 誰か傍にいて欲しいと思うも、こんな状況ではそんな相手が居る筈も無く。精神をすり減らしている毎日だ。そもそも、傍に居てくれるような誰かとも碌にコミュニケーションが取れる気もしないのだが……。

 何しろ、自分の口から漏れる言葉は全て獣の鳴き声だ。相手の意思は読み取れても、自分の意思は相手に伝わらないらしい。件の狐の親子で思い知った。


 こうなれば、もはや1人(1匹)で生きて行くしかないらしい。

 まずは死なない事を必須事項に。可能なら信頼の出来る相棒なりが欲しい。

 とりあえずは、今日も敵の入って来ない岩の隙間に身を縮めて夜を過ごすしか無いらしい。先程逃げ込んだ岩の隙間へと足を進めた。

 正直なところ、ゴリゴリと体に岩が当たるこの場所は寝場所としては最悪だ。



 ***



 あれから、どれだけの日が経ったのだろうか。もはや、日付の感覚も曖昧だ。

 この頃になるとひたすらに逃げ続けていた日々は終わりを告げていた。いつだったか、襲い掛かってきた獣を反撃で仕留めて以来、少しずつ襲われる事も少なくなってきている。


 むしろ、最近は目に付いた獲物をこちらから襲う事もあるほどだ。

 そうするようになって気付いた事もあるのだが、どうやら、この辺りの獣は食うほどに強くなるらしい。だからこそ、俺も狙われ続けていたという訳で。特に、外見に通常の獣と異なる特徴を持っていると狙われやすい。


(弱イ俺は、格好のエモノだった訳ダ)


 逆に、弱者である狐の親子が何故生き延びられてい()かというと、非戦闘的である彼女らを食べても強くはならないらしいという事が分かった。何故それが分かったかと言うと……俺が食ったからだ。彼女らを。


 偶然の遭遇だった。何匹かは返り討ちにしてある程度の力を蓄えた俺と、件の狐の親子が再遭遇した。

 当時の俺に彼女らを食べるつもりは無く、そのまま見逃す筈だった。

 だが、あの狐の親子は以前にも増して姿を異形へと変えた俺を嫌悪し、その感情をそのままにぶつけてきた。

 直前まで獣に追われ怪我を負い苛立っていた俺は、自身の感情の赴くままに彼女らを噛み殺した。噛み殺されるその瞬間に母狐から流れてきた感情は『何故』というもの。子狐からは強い『恐怖』が。

 母狐は『何故』も何も、当然の事だろうに。悪意を他者にぶつけるならば、己も悪意をぶつけられる覚悟を持つべきだろう。この場合は、悪意をぶつけた結果が己の死だったというだけで。

 せっかく噛み殺したのだから、と親子を喰ってみたのだが、カケラも強くなったようには感じなかった。しかも、どれもこれも美味くもなんとも無い。むしろ不味い。

 結局は最後まで食べ切る事も無く、中途半端に食い散らかしたまま放置する事にした。多分、そのうち虫とかが片付けるだろう。立ち去る間際に彼女らの死体を振り返ったが、特に何も感じなかった。


(俺ハ、何処かおかしいのダろウか?)


 以前とは何かが違う、何かが変だ、とは自覚しつつも、何処がおかしいのかは不思議な事に全く分からなかった。



 ***



 この世界に転生してから、もう1年以上は軽く経つだろう。俺の体もかなり大きくなった。

 小さかった角は太く大きくなり、緩くねじれながら前方へと突き出している。爪も牙も、鋭く立派になった。腕や胴体には、所々で爬虫類のような鱗も目立つようになっている。それらの箇所は、かつて他の獣に襲われて肉を抉られた場所だ。

 所々に鱗があるとは言え、体を覆う毛並みは変わらず艶やかだ。むしろ、以前よりも輝きを増している。

 それに、体が大きくなってからは襲い掛かって来る獣もほぼいなくなった。皆無では無いが。

 大きくなって困ったのは、非情に喉が(かわ)く事。それが満たされるのはエモノを喰らった時だけだ。


 渇きから来る苛立ちにグルグルと低い唸り声を上げながらエモノを探す。

 フラフラと彷徨う内にふと視界に入ったのは、記憶にうっすらと残っていたあの狼だった。もはや記憶の彼方へと去りかけていたが、狼を見た瞬間にまざまざと思い出した。かつては気付かなかったが、改めて見れば尾が二股だ。やはりこいつも異形の獣だったらしい。

 双尾の狼は即座に臨戦態勢を取ろうとしたが、すぐに敵わぬと察したのか身を翻して一目散に逃げ出した。それを追う。かつてとは真逆の光景。


(アァ、コレ、ナんダカ楽シイな……!)


 当時の狼の気持ちが分かった気がした。

 弱いものを追い詰め、食い殺すのはこの上無い快感なのだ。すぐに追いつけるのをわざとゆっくりと追い掛け、エモノの心が折れるのを待つ。

 時に距離を置き、時に回り込み、エモノが焦りを募らせて行く様子を眺めて悦に浸る。

 時には休ませ、時に追い立て、何日も、何日も……。


(……飽キたナ……)


 だが、快感もしばらくすれば慣れて感動が薄れるものだ。

 既に狼を追い始めて数度の夜を迎えている。狼の動きもだいぶ弱まってきた。


(ソろソロ終ワラセルか)


 疲れ果てた狼の背後に忍び寄り、一気に距離を詰めてその首を牙でへし折る。

 馬乗りになって首に食らい付いた瞬間、狼からは『絶望』が強く感じられた。ブルリと体が震える。心地良い。

 かつての強敵をこうも容易く蹂躙した事。ゴキリと鈍い音の後に目の前でビクリ、ビクリと命の炎が消えて行く光景。それを間近で感じる事で飢えがほんの少しだけ満たされた。


 ベロリ、と口の周りを舐める。

 この後の事を思うと心が躍る。

 興奮が極限に達したのか、プツリと何かが切れたような気がした。まさか年甲斐も無く鼻血でも出たのだろうか、と舌を這わせてみるが、どうやら何とも無いようだ。


(気ノセイカ。ソンナ事ヨリモ……!)


 本番はこれからだ。

 息絶えた狼を喰らう事でやっと渇きは癒され、満たされる。すぐに新しい乾きが襲い掛かって来るだろうが、しばしの安息でもありがたい。

 ゴクリと喉が鳴り、口からはヨダレが溢れ出す。


 もう我慢も出来ぬとばかりに勢い良く喰らい付いた。グジュリ、と音を立てながら息絶えた狼の腹に顔を埋め、その血肉を貪る。


(ウマイ)


 ズルリと引きずり出した腸を食い千切り、飲み下し、再び食らい付く。

 口内が空になる度に、何度も、何度も。


(ウマイ)


 ハラワタを、肉を、硬い頭蓋骨に守られた脳も残さず喰らい尽くす。僅かに残ったのは硬くてさほど美味くもない骨のみ。

 狼の血で顔も体も真っ赤になっている事だろう。だが、ベタつくそれすらもが快感へと繋がっていた。


(……ウマカッタ)


 ほぅ、と息を吐く。


 恐らく己はもう狂っているのだろう。かつての人の精神を残していた頃ならば生き物を殺す事は愚か、殺したエモノを喰らうなんて事は出来なかっただろう。いや、限界を迎える前には食べていたかもしれないが、殺す事を楽しんだりはしなかった筈である。

 狂ったのは正解だったのか、それとも間違いだったのか。

 答えの出ない問い掛けを繰り返す。所詮はただの暇つぶしだ。次の餓えが訪れるのが待ち遠しい。


 グルグルと機嫌よく鳴る喉の音を聞きながら、かつての恐怖であった残骸を眺める。

 クァ……と自然に漏れ出たアクビを隠す事も無く、()はそのまま身を横たえ、静かに目を閉じた。


 もはや、彼が人であった頃の記憶を思い出す事は無いだろう。此処にいるのはただの1匹の獣でしか無い。

 私の目指したかった物語の原型がカケラも残っていない件について。もっとワフワフ・モフモフな感じはいったいどこに行ってしまったのか……。

 どこぞのネクロな毛布さんのゲームプレイを横で見ていたのが原因でしょうか(多分これだ)。しかし解せぬ。


 もっとケモケモしい思考でリベンジしたいところです。だが……次もホラーになっタらドウシヨウ……。

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