闇の女王
『退屈だわ…』
彼女は気だるそうに呟いた。辺りは闇。日の昇ることのない、彼女の世界。
『私のような上位使い魔を、あのような下位魔術師に呼び出させよって…っ』
ギラリと、彼女ヴァンパイアロードの瞳が揺らぐ。全く持って不愉快だと言わんばかりに、彼女は自らの怒りを表す。
『私の世界へ、帰りたい…』
下位魔術師の魔力では、呼び出した彼女を元の場所に帰らせる事が出来なかった。
それから、数年後…世界は、戦乱の世となっていた。皆、生きるため家族も、友人も、誰でも殺した…。その世界で、ヴァンパイアロードは一人の青年と出会う。
「貴方は…?」
囁く声に力はなく、ただその腕に握られた血塗れの剣にヴァンパイアロードは目を奪われた。
『私は、ヴァンパイアロード、この地を統べる闇の女王…』
それを聞いて、青年は小さくあぁ…、と呟いた。そんな男を見て、ヴァンパイアロードは不思議に思った。
剣に、あれだけの血を付けるほど生への執着を持っていながら、なぜ魔物の前では剣すら構えないのか…と。
『お前、行く宛はあるのか?』
彼女の中に芽生えた、興味。それは、青年の命を長らえさせた。
「俺は、愛してくれていた者をこの手で殺しました…」
唐突な、青年の言葉だった。だが、それきりだ。青年は、ただ押し黙っている。ふと、ヴァンパイアロードが青年の手に目をやるとその手には、一枚の鳥の羽で出来たネックレスが握られていた。
『それは…?』
答えはない。彼女は、一つ息を吐き青年の横へと腰を下ろした。
それから、何年かした頃だった。ヴァンパイアロードの作り出した世界では、誰もが何年でも生きられる。青年も、また昔と変わらぬ姿のままそこにいた。
「ロード、今日も何人か潜り込んでいたよ?」
『また?!全く、近頃の人間はっ!』
ただ、少しだけ青年は変わっていた。ヴァンパイアロードを守る騎士として彼はそこにいる。
そんな、ある日だった。ヴァンパイアロードは、眠りから一気に引き戻される。ロードの世界に、異変が起きていた。
『人間と…、魔術師だとっ?!』
ヴァンパイアロードは、すぐさま青年を呼びつけ侵入者の元へと走った。ヴァンパイアロードの、もっとも憎む魔術師を殺すため。辿り着いた瞬間、ヴァンパイアロードの瞳が怒りに燃えた。
『貴様はっ!!』
ヴァンパイアロードを呼び出し、しかし自らの無力さ故彼女を捨て去った魔術師…その、本人。
そこからは、凄まじい戦いだった。だが、青年とヴァンパイアロードにとってはそう厳しい戦いではなかっただろう。
ボロボロにはなってしまったものの、負ける事などあるはずがなかった。魔術師が倒れた時点で、勝敗は決していた。が、一瞬の油断が命取りになる。
『危ないっ!!!』
ロードの叫びと、飛び散る紅。魔術師の、最後の悪足掻き。青年へ向けられた刃は、ロードによって止められた。
「あぁ…」
青年は、ただ静かに涙した。腕の中の、ヴァンパイアロードを見詰めながら…。
『愛してる…いつまでも…ずっと、深く…』
その言葉と共に、ヴァンパイアロードの体は灰と化す。
残ったのは、一枚の薔薇の花弁…。それと……、憎しみ。
「殺してやる…」
青年の口から漏れる言葉。その言葉は、青年の刃にこもり次々と血を流す。
彼は、その場にいた者全てを殺した。自身が、薔薇のように紅に染まりながら……。
其れが、彼の二つ目の罪…。
彼は、再び剣を握りしめ道を行く……。
愛した者の、世界を抜けて………。
終