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カオティック・ダイアリー  作者: 相良徹生
エピローグ

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エピローグ

三月 七日


 ワッドフォード第二シェルターは、大規模な対核攻撃シェルターでフレイモアの地下奥深くにあった。

 軍人と技術者とその家族一万人を一年間完全に地上と隔離して生活できるこの施設は人類最後の砦――という訳ではなかった。少しずつ入ってる地上の状況は悲惨なものだったが、絶望的なものではなかった。

 俺は今ではアイ・スノーマではなかった。

 ルイシャム研究所関係者として保護プログラムの適用を受け、名前を変えさせられた。万が一を考えて、だ。俺は希望の名前を申請した後、全ての管理を軍人にまかせていた。

 俺はシェルター内の教育プログラムを全て無視して、今日も医療棟へ向った。

 あの日、シェルターに入所して俺が治療を受けるためにクロタエから別れて以来、彼女には会っていなかった。

 誰に聞いても答えは同じ。『もちろん。すぐに会えるよ。少し待っていてくれ』俺は四ヶ月待った。なにも音沙汰が無かった。

 最初は入院中の暇つぶしに、今ではどこかにクロタエが入院しているんじゃないか、そんな思いにすがって医療棟徘徊は俺の空しい日課になっていた。

 今では人気のない廊下に空調の音と共に、微かな呟きが響いた。

 俺は顔を上げて音の出所を探った。廊下の隅に女の子が立っている。

 左目と頭を幾重にも包帯が巻かれ、顔にも生々しい傷が残っている。だが見覚えのある横顔だった。

 俺はじっと少女の横顔を眺めた。辛うじて残っているボサボサの髪が痛々しい。

 俺は目の前の少女の顔を思い出した。

「あんた……」

 俺の声に少女はぎくしゃくとした動きで首だけこちらに向けた。

 やっぱり、あの時の少女だ。

 パーティーにいたお人形。

「あんた、パーティーで会ったよな? 名前聞いていなかったけど……大丈夫?」

 俺はボソボソと言ってから後悔した。

 どう見ても彼女は大丈夫ではなかった。くそっ声なんてかけなきゃよかった。

「大丈夫よ」

 少女はポツリと言った。

「家にいたんだけど、ダムが決壊して家が流されたのよ。ガラスに突っ込んじゃって傷だらけって訳」

 少女は酷い傷跡が残った腕に手を滑らせた。

 俺は気分が悪くなった。

「そのくらいなら外皮再生ですぐ消えるよ」

 俺はなんとか呟いた。

 急に自分が野蛮人になった気がした。

 くそっ、シュゼが言っていた事をもっとよく聞いておけばよかった!

 一般常識と教養を身に付けた文化人らしく、ここはなにか慰めの言葉をかけるべきだとは分かっていた。だが全く出てこない。

 すぐ消えるだって? 俺は正真正銘の愚か者だ。

 ふいにシュゼの顔を思い出し喉が詰まった。あいつは生きているのだろうか。

 急に少女が顔を上げた。

「来週義眼を入れるの」

 ぼそりと言う。

「え?」

 俺はぎくりとして、頭の中のあれこれを振り払った。

「義眼を入れるの」

 彼女は繰り返した。

「ああ……」

 俺は包帯でふさがれた左目を見つめた。

 急に自分の事ばかり考えている自分が恥ずかしくなる。

「色が選べないの」

「なんだって?」

「ここにある人工眼球のストックがなくて、虹彩の色が選べないの。残っているのは緑か青のしかないって」

 少女は消え入りそうな声で呟いた。

「緑も青もいや」

「俺の目も青だぜ」

「あなたは生まれつきでしょ。わたしは違う」

 少女は左目を包帯の上から撫でた。

「パパと同じ目の色なの」

 ……優勢遺伝、か。俺はきつく手を握り締めた。

 なにかなぐさめの言葉をかけるべきだ。たとえ彼女の怪我が、俺の鼻先で起こったことが関係しているとしても。なんでもいい……。

「いつか、この――」

 俺はかすれた声で言った。

 少女は先を促すように俺を見ている。

「この……ここから出れたら」

 ここから出れたらだと? ちくしょう。

 俺は息を飲み込んだ。

「黒い義眼を入れればいい」

「そうかもね」

 少女はぎこちなく微笑んだ。

「ありがとう」

 俺はもごもごと呟いて、姿勢を正した。

「まだ自己紹介していなかったわね。わたしはフィセ・イズリントン」

 少女は包帯が巻かれた右手を差し出した。

「俺はロッソ」

 俺は馴染みのない名前をなんとか言った。

 軍人に申請して以来、口にしたのは初めてだった。

「アルベロ・ロッソ」

 差し出された手を軽く握る。

「アルベロ・ロッソ」

 フィセが呟いた。

「アルって呼んでいい?」

「いいよ」

 不恰好な名前だと思ったが、この少女に呼ばれると悪くないような気がする。

 フィセは顔を上げて、今度はにっこりと笑った。

「あなたやっぱり、スノーマ博士の子じゃなかったじゃない」

 俺は急に居心地が悪くなり肩をすくめた。

「まぁね」

 フィセがクスクスと笑う。

 俺は体中の力が抜けていくのを感じた。

「アル、わたしに声をかけてくれてありがとう。よくわたしだって気づいたわね。ぐるぐるに巻かれているのに」

 俺はここに来て初めて微笑んだ。

 頬が引きつっただけかもしれないが、確かに笑おうとした。

「もちろん、すぐにわかったよ」

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