4月15日
「戦うって、誰とだ?」
鏑木紫月についての話を聞いている中途。砂霧は身体を90度曲げて椅子に座ったままの姿勢で、ふとそんな疑問を投げかけてくる。どうやら独り言が漏れてしまっていたようだ。
「鏑木紫月……と」
隠す意味もないので、素直にそれを打ち返した。
「お前……命知らずなんだな……俺の話ちゃんと聞いてたか?」
「聞いてた。その上で俺はあいつと戦いたいと思った」
「お前アレか? 『俺より強い奴に会いに行く』とか『オラもっと強え奴と戦いてえ! ワクワクすっぞ!』みたいなキャラなのか? 悪かった、お前の事誤解してたみたいだ」
「……いや、それこそ誤解なんだが。実は……」
俺は昨日、春日野さんに告白するべく手紙を下駄箱に入れたこと。そして手紙で指定した待ち合わせ場所に何故か鏑木紫月が現れた事。そして二度と目の前に現れるなと釘を刺された事。あった事を全て話した。
砂霧は真剣な表情でそれを聞──いていたはずなのに、突然破顔し、大声で笑い出した。
「お、お前……何でいきなりそんなとち狂った事言い出すのかと思えば、ラブレター出したら鏑木に持ち去られて告白する前に振られたからとか面白すぎるだろ! たまには面白い事もするんだなお前!」
「面白いって言うなよぉ! 真剣なんだよこっちは!」
酷い。目にデ〇ソースでも塗り込んで流したくもない涙を流させてやりたい。
「大体、俺は真剣だったんだよ! なのにあいつ、それを第三者の分際で蔑ろに……しかも、しかもだよ。手紙を持ち去った上で二度と近づくなって。むかつかない方がおかしいだろ」
「悪かったって、たい焼き奢るから」
「……許す」
甘いもので釣るのは卑怯だろ。好きだけど。たい焼き好きだけど。たい焼きみたいな和スイーツも好きだけどクレープとかパンケーキも好きだからそういうのも奢ってほしい。でも男2人でそういう店に入るのは何か気持ち悪いからやっぱり奢らなくていい。
「で、鏑木紫月と戦うんだろ? 具体的にはどうやって」
「それなんだよなあ……」
「言っておくが俺はアテにするなよ。鏑木紫月に接触するなんて死んでもお断りだからな」
「わかってるよ」
どうしたものだろうか……。
現状鏑木紫月についてわかっている事と言えば、クラス、出席番号、名前、容姿、中学時代の悪行(?)、それとスポーツ万能で成績優秀な事くらいである。あらやだ欠点がほぼない。弱点でも探してやろうと思ったのだが、どうやら彼女には弱点らしい弱点は無いようだ。いや、実際のところはどうなのかわからないが。
結局のところ、俺のニワトリ並の頭ではまともなアイデアが浮かばず、元から協力する気が薄い砂霧の力もアテにならないので、とりあえず当たって砕ける作戦に落ち着いた。
----
「なあ……」
「なんだよ」
「本当にやるのか?」
「当たり前だろ?」
放課後。俺は本当に嫌そうな顔をしている砂霧の顔を見ないように引き摺って校門の外で待機していた。
「俺の事はアテにするなって言ったよな」
「言ったっけ?」
「言っただろ! 本当に勘弁してくれよ……鏑木が来そうなタイミングが来たら走って逃げるからな俺は」
砂霧はこめかみに掌を立て、大きくため息を吐いて見せながら言う。
「わかったからそれまで一緒にいて……?」
「気持ち悪いから上目遣いやめろ俺は可愛い女の子にしか興味無いんだ」
正直自分でも気持ち悪いと思っていた上目遣いをやめる。
そして再び目線を校舎の方向に向けた。何故俺達は校門の外で待機しているのかと言えば、何という事はない。ただの待ち伏せである。一応校内では有名人らしい鏑木に校内で接触するのは色々とリスクが大きい。よって、校門から出てくる鏑木の後をつけ、適当に閑散とした場所まで行ったところで偶然を装って話をする。ケリをつける。完。という作戦である。
完璧だ……完璧でしかない。我ながら完璧過ぎて目からメープルシロップが流れてくる勢いである。
そうこうしている内に校舎から、長く艶やかな黒髪を揺らし、ピンと背筋を伸ばしてこちらへと歩いてくる人影が見えた。歩く姿さえ周りの人間とは一線を画する程上品なもので、一目でそれが鏑木紫月だと認識する事が出来た。
「鏑木が来たみたいだぞ」
「うわほんとだ……じゃあ赤坂、俺はもう帰るからな? 何を頑張るのかはわからんがとにかく頑張れ。じゃあな」
「おう、付き合わせて悪かったな」
何故か同行させてしまった砂霧を快く送り出し、俺は適当に身を潜めた。
鏑木が校門を潜り、駅とは反対方向へ歩き始める。徒歩圏内に住んでいるんだろうか。俺は少し距離を置き、鏑木の尾行を始めた。
この辺りは、駅の周りにはスーパーやゲーセン、ファミレスやカフェ、洋服屋、居酒屋、スポーツジムなど様々な娯楽、商業施設があるのだが、駅から離れるほどその賑わいは影を潜め、自然成分多めの閑静な住宅街へと景色は変わっていく。
ははは、鏑木の奴、恐らく全く気付いていない。周りを警戒する素振りすら見せない辺り、尾行されているという可能性すら考えてもいないのだろう。
……妙に罪悪感が生まれてしまったが、元はと言えば奴が悪い。これで相殺だ。
暫く道なりに歩き続けて20分といった所だろうか。鏑木は突然脇道へ逸れる。
「あ」
まずい。タダでさえバレないように十分な距離を取って追っているのだ。視界から外れてしまうと簡単に見逃してしまう可能性がある。俺は急いでその角を曲がる。
「あ、あれ……?」
しかし時既に遅し。角を曲がった先に鏑木紫月はもういない。見失ってしまったようだった。
諦めて踵を返そうとした所に、背後から声がする。
「私に何か用かしら?」
「ひいいいいいいいいいい!」
「……人の後をコソコソつけておいてその反応は無いんじゃないかしら?」
いた。鏑木紫月がそこに。
「お、おまっ……な、なんで後ろに」
「まあそんな事はどうでもいいじゃない。それより貴方、尾行が下手なのね……学校を出て少しした頃からもう判ってたわよ」
「…………」
「で?」
「は、はい……」
「私に何か用があるんじゃなくて?」
「えっと……それは……」
言葉に詰まる。まさか尾行がバレるとは思わなかった。刑事ドラマじゃあるまいし……。
偶然出くわした体で擦り寄って、昨日のことについてよく話し合った上で篭絡して、全てを謝らせた上で春日野さんへアプローチをかけることを認めさせてやろうという魂胆は全て崩れ去る。
崩落して代わりにやって来たのは絶望そのものだった。
「まあ貴方の事だから、多分手紙の件だとは思うけれど。まさかストーキングなんて犯罪紛いな事までしてくるなんてね……ますます櫻に近付けるなんて危険な事はさせられくなったわ。これだから男って生き物は嫌なのよね」
「うぐっ……」
理由はどうあれ、尾行をしてしまったのは事実である。弁明の余地がない。
「男なんてみんな嫌いだけど貴方みたいな奴が一番嫌いなのよね。言いたいことがあるなら堂々と言ってきなさいよ、馬鹿らしい」
「今日の所は私の虫の居所も悪いし、大人しく帰った方が賢明かも知れないわよ?」
「それとも、何? 手紙を勝手に抜き取って読まれた事に対する恨みで暴力でも振るいに来たっていうの?良いわよかかって来なさい? これでも護身術は一通り叩き込んであるのよ」
矢継ぎ早に、罵倒の数々が俺を襲う。
「……違う」
「へえ、違うのね? じゃあ何で私を尾行するような真似をしたのかしら?」
理由は明確である。しかし、先ほどの小さな罪悪感がチクリと空けた穴がジワジワと拡がっていくのを感じる。
「……ほら、何も言えないじゃない。言っておくけど、手紙の件は謝らない。悪いのは櫻と私の仲に土足で足を踏み入れようとした貴方なのだから」
何も言えなかった。多分こいつは何を言っても俺の言うことを受け入れる気なんて最初からさらさら無いんだろう。話し合いの場を設けようとしただけ無駄だったかもしれない。
「……今回の事は見逃してあげるわ。いや、こちらも許されない行為を行っている以上相殺ね。そういう事にしておいてあげるわ。でもその代わり、二度と櫻には近付かないで。これは警告。二度と目の前に姿を見せないで頂戴」
鏑木はそれだけを言い放ち、そしてまたその美しい黒髪を翻して俺に背を向け、歩き出した。
鏑木がいなくなり、風で揺れる葉と葉とが擦れ合う音だけが辺りに響き、俺の意識もその空虚な世界に溶けていくようだった。




