4月14日
──放課後、屋上で待ってます。っと……。
春日野さんが好きだ。そう気付いた俺は、その晩には早速行動に出ていた。その行動とは……告白。
とはいえ、俺は彼女の連絡先を知らないし、サムのおかげでクラスと出席番号が判っているとは言っても、教室に直接赴いて呼び出す勇気は無い。……情けないが。
そこで、俺はラブレターをしたためて彼女の下駄箱にでも投函してみることにした。
内容は字が少し汚い以外には特に変わったことは書いていない。が、文面で直接告白するのではなく、あえて放課後に呼び出す形を取った。やっぱこういうのって直接言いたいじゃん?
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そして翌日。
昨晩に書いた手紙を朝一で彼女の下駄箱に入れた俺は、傍から見れば心ここにあらずといった様子であったであろう面持ちで一日を過ごし、屋上にて緊張に胸を苦しめながら、グラウンドで部活動に励む生徒達を眺めていた。
ギィッ。錆びた金属同士が擦れ合う独特の重い金属音が屋上に響く。扉は開かれた。
……来た。
緊張で息が苦しくなる。そして、恐る恐る。体を扉の方へ向けると──
「……あんたが櫻を呼び出した男子?」
────春日野櫻ではない、知らない女子生徒がそこにいた。
長い黒髪をまとめずに流しており、背は恐らく160cmほど。可愛いというよりは美人といった顔立ちで、春日野さんと同じく制服は着崩す事なくぴっちり着こなしており、スカートから伸びるすらっとした脚は生地が薄めの黒いストッキングに包まれている。黒薔薇の装飾が施されたカチューシャも相まって、何だか妖艶な雰囲気を纏った女だった。
……いや、それよりも。
「……誰?」
予想だにしていなかった人物の登場に、俺の頭は酷く混乱していた。
「私? 私は鏑木。鏑木紫月」
「い、いや名前とか聞いてるんじゃないんだけど」
「何しに来たかって?」
「そうじゃなくて」
「……? 何よ、はっきりしなさい」
「……何でお前がここに来てて、俺が春日野さん宛に手紙を出した事を知ってるんだ……?」
問題はそこである。何故この女は俺が確かに春日野さんの下駄箱に入れたはずの手紙の存在を知っていて、さらにこの場所にやって来たのか。
春日野さんの下駄箱と間違えてこいつの下駄箱に手紙を入れてしまったのだろうか。いやそれはない。春日野さんのクラスと出席番号はサムに死ぬほど確認したし、第一、あのサムが可愛い女の子のデータを間違う訳がない。
「ああ、その話ね。」
目の前の女は嫌らしい微笑みを携えながら口を開く。
「私が櫻の下駄箱から直接この手紙を抜き取ったのよ」
おもむろに取り出したそれは、正しく昨晩俺がしたためた手紙だった。……は?
「いや……それはおかしいだろ」
「何が?」
「何でお前は櫻さんの下駄箱を勝手に開いて中のものを勝手に持ち去ってるんだ?」
「決まってるじゃない。そんなの」
「櫻を悪い虫から守るためよ」
「私がいる限り櫻に男なんて汚らわしい生き物、近付けさせないわ」
目の前の女──鏑木紫月と名乗った女は、腰まで届くような、吸い込まれそうな美しい漆黒の髪をすっかり日の傾いた赤茶色の背景に翻し、こちらに背を向けた。
そして、顔だけをこちらに向け、解ったらもう櫻には近付かないで頂戴。と吐き捨てた。
呆然としたまま屋上に取り残された俺は、そのだらしなく開いたままの口を閉じる事が出来なかった。
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どうやら俺が知らなかっただけで、一年生の間で彼女はちょっとした有名人らしかった。
成績優秀スポーツ万能、しかもあの容姿。おまけに家柄もいいとか……。
しかし、性格に難があり、ベッタベタだとは思うが付いたあだ名は氷の女王。同性相手にはお淑やかな態度で接するため、女子人気はそこそこに高く、そちらについては特に問題は無いようだった。
問題は、男に対する驚異的なまでの冷たさである。
あのスペックだ。同世代の男が放っておくはずがない。中学時代には、先輩や同級生問わず、ありとあらゆる男から告白されまくったらしい。中にはサッカー部のエースだとか、バスケ部のキャプテンだとか、女子人気が爆発してそうなメンツもいたとかいなかったとか……。
にも関わらず、彼女はその全ての告白を完膚なきまでに叩き潰し、今まで誰ひとりとして彼女への告白を成功させた者はいなかった。振られた人間は二度と彼女に近付こうとすらしなかったらしく、そこから相当酷い振り方をしていたのではないかというのは、昨日の彼女を顧みるに想像に難くない事であった。
……という話を、彼女と同じ中学だったというクラスメイトの男子、もといサムに聞くことが出来た。ちなみに、彼も彼女に告白して振られた経験があるらしく、とても真剣な顔で
「何であいつの事を調べてるのかは聞かんが、あいつだけは絶対にやめておけ……絶対に後悔するだけでは済まない……」
と、釘を刺された。一応、サムのデータベース上にも鏑木紫月の項目はあるらしいが、名前、クラス、出席番号以上の情報はあえて記載していないとの事である。
とにかく、鏑木紫月という人物が思った以上にとんでもない奴だという事だけは理解出来た。
でも何故、自分だけならまだしも、友達の春日野さんにまで男との交流を避ける事を強いるのか。それだけが納得出来なかった。
それに俺だってラブレターを勝手に見知らぬ他人に勝手に読まれていい気持ちはしていないし、それが本人の手に渡らぬままその他人に拒絶されて、諦めろと言われて、はいそうですか諦めます。と簡単に納得出来るくらいの軽い気持ちではなかったつもりだ。
それは、徹底的に鏑木紫月への抗戦をする決意を固めた瞬間だった。