4月13日
「そりゃ、D組の春日野櫻だろ。多分」
次の日。授業も全て終わり、ホームルームで後藤の長い話を聞き流しつつ、何となく前の席に座る友人──砂霧に、昨日あった出来事を話していると、どうやら俺がぶつかった女子生徒に心当たりがあるらしかった。
ちなみに、この砂霧は初見で名字を正しく読んでもらえることが少ないそうで、「すな……きり……さむ……?」と反応に困る読み方をされているのを俺も聞いたことがあった。その時の誤読「さむ」が何となくしっくりくるので、それから俺はずっとサム、とまるでホームステイ先のアメリカ人を呼ぶような、親しみを込めたあだ名で呼んでいる。呼ぶと即訂正されるのだが。
「春日野櫻? ……っていうか、何でこれだけでわかるんだよ」
「ふっふっふ……俺のデータベースにかかれば、そんなものは赤子の手をひねるようにだな?」
そう、この砂霧は学園内でちょっとした有名人になっているほどの女好きで、全校の可愛い女生徒をピックアップして手帳にまとめている変態なのだ。
今まで女性に告白した回数は2桁後半にまで及んでいるとか……にも関わらず彼女は出来たことがないらしい。俺と同じで。
「じゃああの子、俺らと同じ一年生なのか。まあその……小さくて……か、可愛かったし、先輩って言われた方がびっくりだけど」
「そんな事より! あの櫻ちゃんとぶつかって押し倒して! あろう事かその未成熟で控えめな大きさの双丘を撫で回してしゃぶり尽くしただって!?」
「ないない! そこまで言ってないから! 大声で誤解を招くような事を言うな!」
「そんな事が鏑木紫月にバレたら、お前多分殺されてるぞ」
「鏑木……紫月?」
またもや、聞いたことの無い名前が飛び出してきた。……殺される。穏やかではない話だ。無論、そんなものは言葉の綾ではあろうが。
「ああいや、こっちの話。いやー、それにしてもあの櫻ちゃんと事故だとしてもそんな事になるなんて羨ましいな?」
「……?」
誰だろう、昨日のあの子に関係がある人物なんだろうか? 見知らぬ人物のはずなのに、何故か嫌な汗が背筋を伝う。悪寒が駆け抜けていく。
それにしても、春日野櫻さん、か……。
俺が曲がり角に注意していなかっただけなのに、自分の責任と言い張ってまで面倒ごとに巻き込まれてくれたその優しさ。おまけにその小柄な体躯からくる小動物のような可愛らしさと、あとちょっといい匂いもした。
……これじゃあ砂霧の事を変態なんて言えないかもしれない。
一目惚れ。一般的に、これはそう呼ばれるものなのだろう。