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桜の花とすみれ月  作者: 小波漣
3章:Violet Syndrome
24/25

篠突く涙雨と(後編)

 鏑木叔父──便宜上そう呼ぶが、彼の足取りを追う事は困難を極める事が予想された。何せ、数年前に行方を眩ませた男である。存命の肉親が鏑木紫月ただ一人であるため、捜索願等も当然のように出されることはなかった。故に、警察がその存在を認知し、そして調査を始めるのは、彼が雲隠れしてから初……という事になる。

 会社を辞め、社会との交わりの一切を断って隠遁してから数年経った男の潜伏先。それを手掛かりも何も無い状態、文字通りゼロの状態から見つけ出すというのは、まさに雲を掴むような話と言っても過言ではなかった。

 似顔絵を駅の交番の掲示板何かに貼りだして、目撃者を募るような段階から始めなければならないような捜査になりそうだと、その場にいた誰もが思ったであろう。

──そう、数人を除いては。


「……警察諸君。君達は、この事件をどう解決すれば良いと思う?」


 鏑木佐久夜は、矢庭に、その場にいた警察官全員に対してそう問う。


「えっと……それは、まず鏑木紫月さんの叔父という人物についての詳細、そしてその足取りについての情報を集めた上で……」

「それには、どれくらいの時間を要するのかね?」

「……出来る限り早く。それでも数日ほどは……」

「遅い」


 ピシャリと言い切る。


「……し、しかし、現時点では脅迫文や犯行声明のようなものが届いている訳ではありません。そしてこちらとしては誘拐と断定出来る証拠が無い以上、誘拐事件として公開捜査に乗り出す事は出来ません。あくまで行方不明となった紫月さんの捜索という形で動く他……」

「僕の、いや、僕達の中では、この件の犯人はその叔父と断定されたようなものなのだがね」


 佐久夜さんはちらりとこちらに視線を送る。

 そしてこちらも、それに対して力強く頷き返して見せる。佐久夜さんはそれを確認すると、警察官に向き直って続けた。


「僕が個人で調査した分ではあるが、紫月の叔父について判っている情報を君達に託そう。恐らく君達が欲しがっている情報の殆どがそこにはあるはずだよ。最も、とうとうその潜伏先を探し当てるには至らなかったがね」

「い、いえ、とんでもありません! ではその情報を元に被疑者及び被害者の捜索活動に移りたいと思います。ご協力感謝致します」


 そう言って佐久夜さんは秘書のような人物に指示を飛ばす。そして指示を受けた彼女は警察官と共に、足早に現場を後にした。


「さて、と……こちらはこちらで、何か他に手がかりを見つけられれば良いのだが……赤坂君」

「は、はい?」

「君は──警察(かれら)が紫月を見つけ出すことは出来ると思うかい?」

「えっと、それは……」


 出来ない。咄嗟に脳裏に過ぎったのは、その一言だった。何故出来ない? それは先ほどの彼らの発言を鑑みればすぐに解る。まず、警察は本件を"誘拐事件だと断定するに至っていない"。女子高生の家出か何かだと決めつけている節があるようにも思える。

 しかし警察の主張も一理ある。いくら相手が鏑木グループの現総帥とはいえ、「自分の娘が簡単に誘拐されるとは思えない、それが出来るとすれば彼女の叔父、ただ一人だ」という証言をどうして簡単に信用する事が出来ようか。客観的に見れば、それは状況証拠にだってなりはしない。

 そう考えれば鏑木叔父は被疑者にすら──いや、現段階では明確な嫌疑をかけられることすら無いかもしれない。

……クソッ、虫の報せに、不愉快な胸騒ぎに従っておけば……鏑木を家まで送っておけば、こんな事にはならなかったかもしれないのに。


「出来ない。そういう顔をしたね、今」

「…………」

「そう、出来ない。いや正確には、捜し出す事自体はともすれば可能かもしれないが、それに費やす時間はあまりにも膨大であろうと予見される事だ。何故なら、これが誘拐だと断定出来る証拠も、彼女の叔父が犯人だとする証拠も、我々の証言以外には何も無いんだからね」


 佐久夜さんは酷く残念そうな表情を浮かべて──しかし、その表情はある種の確信に満ちているようにも見えた。そしてそれはどう見ても、希望を失った人間のそれではない。


「だからね、彼らの力は過信せず、我々の力で紫月を捜し出してみせようじゃないか、と思っているんだが」

「……!? それは素人に出来ることなんですか……!?」

「ははは、素人じゃあ無理だね。だが、僕を誰だと思っているんだい?」

「……あ」


 そうだ。先ほどその威圧感に気圧されたばかりだというのに、すっかりそれを失念していた。この人は、この男は。国内有数のグループ企業を、人数にして約四万人にもなる社員達を、この一見してか弱そうな腕一本で纏め上げる並大抵ではない才腕の持ち主だった。冗談半分ではあるが、裏社会と密接な関わりがありそうな程の人物だ。……強ち冗談では無いかもしれないが。

 だからこそ、この男の手にかかれば警察など目ではないほどの捜査力で刹那にこの事件を解決出来るかもしれない。一筋どころではない、二筋、三筋もの希望の光が差したように感じた。身震いがするような思いだった。

 絶望しかけた俺の心を。春日野さんの心を。そして今この場にいる全員の心を。絶望的かと思われたこの状況を。この男は一言で打破してみせた。

 これが四万人の衣食住を一身に背負い込む男の貫禄。警察にも出来ないことが素人に出来るのだろうかという不安を、俺達に一抹も感じさせないその堂々たる構え。言葉の重み、説得力が違う。

──正直、期待以上だった。『こういう人が警察の捜査に協力してくれたら、事件も早期解決が図れるだろう』程度の気持ちで連絡をしたつもりだった。この人は拙劣な俺の予想の遥か上を行く男だ。それは激甚に心強い味方だった。



----



 佐久夜さんの連絡で、捜査を始めた警察とはまた違う集団がマンションの前に姿を現した。


「佐久夜さん、あの人たちは……」

「なぁに、ちょっとしたSPだよ」


 ちょっとしたSP(セキュリティ・ポリス)、と形容された彼らは、とてもちょっとした、なんて控えめな言葉では言い表せない程にガッシリとした体格の持ち主ばかりであった。

 低くとも180cmを超える長身は、岩石を思わせる程に厚く硬そうな筋肉で覆われており、日頃の鍛錬を決して怠っていない事が窺い知れる。筋骨隆々とはこの事で、そんな体躯を伸縮性に長けた真っ黒なスーツで覆い隠し、これまた黒いサングラスで表情は読めず、それはまるで氷のようだ。

 パッと見ただけで本能がこいつには勝てないと訴えてくるような風貌の男が、3台ものワゴン車に乗って、15人ほども登場したのだ。

 その光景はまさに異質。あの鏑木佐久夜がそこにいるという非日常を更に非日常で上塗りするような光景に、思わず笑みが零れてしまう。


「ちょっとした、じゃないでしょう、アレは」

「まあ、ちょっとばかし特殊な訓練を受けているかもね」

「はは……」

「本来彼らは、僕の外出時に一人ずつ護衛に付けるような存在なんだけど、今日は娘の非常事態だからね。思わず全員呼んでしまったよ」


 思わず全員呼んでしまったよ、なんてお茶目なセリフはこの状況に似つかわしくなかった。全く知らない人がこれを見れば、暴力団の抗争か何かとしか思えないだろう。


「……と、いうわけで、どうやらうちの娘(紫月)は何者かによって誘拐されてしまったらしい。警察はこの件を家出と見て捜索を始めているがね」

「お嬢様が……!?」

「どこの野郎か知らねえがクソ野郎、絶対ぶっ殺してやる」

「ですが総帥、お嬢様がそんじょそこらの野郎に簡単に誘拐されるタマとは思えないのですが」

「……浅田君、君もそう思うかね?」


 浅田と呼ばれたSPは姿勢を正し、語調を崩さずに続ける。


「はっ! お嬢様は鏑木グループで運営する道場の一つで、大の男でも敵わない程にCQCの技術を高めていると聞きます。その道場の男連中とは顔馴染みですが、体格は私と大差ありません。そして有段者揃いです。普通の女子高生が護身レベルの格闘術で倒せるような相手ではありませんよ」

「聞いたかね赤坂君」

「確信が深まりました」

「……? 何の話です?」

「いやね、僕達も同じ結論に至った結果、ある一つの犯人像が浮上したんだよ」

「それは、私の知っている人物なのでしょうか?」

「以前身元の調査を依頼した男がいただろう、彼だ」

「……なるほど、確かに。お嬢様が素で勝てない民間人がいるとすれば、彼以外と考えるのはむしろ不自然、ですね」

「だろう? 紫月よりも武術に優れた人間がたまたまそこを歩いていたとして、いきなり誘拐を企てるというのは、いくら現代社会が物騒だとは言ってもまず考え難い。仮にそうだとして、身代金の要求等が全く無いのもおかしな話だ。とすれば、そこから考えられる可能性は一つ。犯人は身体的にではなく、精神的に紫月を拘束する事の出来る人物だという事。そして、誘拐する目的が金ではなく紫月本人であるという事だ」


 佐久夜さんはそこで視線を浅田さんからSP全体へと移し、緩んでいた表情筋を引き締める。そして喝の入った声を上げた。


「現時刻を以て君達猟狼(ハウンド・ウルフ)は一時的に鏑木紫月捜索部隊となる! 手段は問わない、あらゆる手を尽くして紫月を見つけ出せ! もし叔父を発見した場合は速やかに両手足の自由を奪った上で拘束しろ! 以上! 作戦行動、開始!」



----



 時を同じくして、アパート。

 夕刻。下校する生徒や、買い物に出る主婦などで心做しか騒がしくなった外の様子を気にしつつ、叔父は悪態を吐く。


「クソッ……バレちゃいないだろうな」

「……何のことよ」

「勿論、紫月ちゃんがいなくなってる事が、だよ」


 コロッと口調を戻した叔父はいつになく不安げな表情を見せる。ここにきて、自分の行いの罪深さにでも気付いたのだろうか。いや、そんな事があるはずない。こいつはただ保身を第一に考えているだけだ。

 私がいなくなった事がバレる、か……そんな事、有り得るのだろうか。今朝は私の声で担任に電話をさせられ、風邪で何日かお休みする旨を伝えさせられた。……喉元に刃物を突きつけられながら、ね。

 私の声で連絡が来てるんですもの。学校はまず誘拐されて軟禁されているなんて思いもしないでしょうね。

 可能性があるとすれば、櫻……。あの子なら私と連絡が取れない事に真っ先に気付いてくれそうなものだけど……いや駄目だ、あの子を危険な目に遭わせる訳にはいかない。

 でも万が一、私のこの状況に気付いてくれる人がいたとしても、私がまさかこんな普通のアパートに幽閉されているなんて誰も思いもしないだろう。しかも私のマンションとそう離れていない場所で。灯台もと暗しとは、まさにこの事だと思った。


……ところで、これだけ辺りの喧騒が聞こえてくるということは、こちらが大声を張り上げれば向こうにも気付いて貰えるのではないか、という思いがあった。が、(すんで)の所で踏み留まる。それをした瞬間、もしかすればいるともわからない共犯者によって身内の誰かが傷付けられるかもしれないという可能性をどうしても捨てきれないからであった。

……いるかもわからない共犯者に怯えるだなんて、私らしくもないけれど。でも、馬鹿らしいとその可能性を足蹴にして、万が一にでも身内の誰かが傷付けられるような事があれば、その時こそ私は正気を保っていられる自信がない。

 そこまで考えると静かに諦観の溜息をついて、黄ばんだ磨り硝子の外の世界に重たい視線を投げかけるのだった。



----



「マンションの近く──恐らく、お嬢様の通学路と思しき道の路傍に落ちていた物なのですが、どなたかこれに見覚えのある方はいらっしゃいませんか?」


 一人マンションに戻ってきたSPが、懐から一つの小物を取り出した。それは、薔薇を模した黒い樹脂だった。


「……! これって!」


 春日野さんが思わず声を上げる。そしてそれは恐らく、普段の鏑木を知るものにとって、少なからず見覚えのあるものに違いなかった。


「紫月ちゃんがいつも付けてるカチューシャについてる薔薇! そうですよね、赤坂君!」

「根本に折れたような跡もあるし、多分何かの台座に付いてたものが折れたんだ。断言出来ないけど、多分……」

「それで、この薔薇はどこに!?」

「待って、着いて行く気? 危険だから春日野さんはここで待機してて欲しいんだけど」

「親友の一大事にただじっと待っているなんて出来ませんよ!」


 春日野さんは声を荒らげる。……当然か、ここに来てから今に至るまで、俺達は実質何の役にも立っていないお荷物同然なのだから。責任感の強い春日野さんには、尚更耐え難い状況なのだろう。


「もし着いて行った先に犯人がいたらどうする? 複数だったら? 主たる仕事が要人警護のその人だったら春日野さんの事だって守りきれるかもしれないけど、万が一があったら俺……」

「じゃあどうしろって言うんですか!? ここで指を咥えて待っていればいいんですか!? 嫌です、私そんなの耐え切れません! 今この瞬間にも紫月ちゃんは苦しんでいるかもしれないのに……ッ!」


……ここまで激昂する春日野さんは初めて見た。この子、ここまで怒りの感情を露にする事も出来るんだな。


「ああ、そうだよ」

「……ッ!?」

「だから春日野さんの代わりに、俺が行くよ」

「あ、赤坂君自分が何言ってるか分かって……」

「分かってる」


『こちら猟狼(ハウンド・ウルフ)No.8 近藤、薔薇のモチーフの拾得現場付近アパートの窓から外の様子を窺う怪しい人物を確認。写真との照合からこれを叔父本人と断定。突入準備に入る。No.1からNo.7まではこちらに合流。No.9以降はお嬢様のご学友の警護に当たれ。繰り返す。

こちら猟狼(ハウンド・ウルフ)No.8 近藤、薔薇のモチーフの拾得現場付近アパートの窓から外の様子を窺う怪しい人物を確認。写真との照合からこれを叔父本人と断定。突入準備に入る。No.1からNo.7まではこちらに合流。No.9以降はお嬢様のご学友の警護に当たれ。オーバー』



「落し物をさ、渡しに行くんだよ」




----



──死神。


 五月蝿い。


──死神。


 五月蝿い……ッ!


──死神。


 五月蝿い五月蝿い五月蝿いッ! 私は死神なんかじゃない!


──でも、私のせいで両親は死んだし、叔母さんは死んだし、叔父さんはこうなったんだよ?


 それは……。


──その上で今大切にしている人たちまでが憂き目に遭うなら、私の存在って何だろうね?


……死神?


──そうだよ。私は死神。そうじゃなくても疫病神かその類だよ。存在するだけで周りを不幸にするんだ。


……そっか。そうなんだ。私は死神。他人(ヒト)の命を貪って生きる化け物。そうなんだ。そう、なんだ……



----



 突如として、時折外の様子を窺っていた叔父の顔色が豹変する。


「何だあいつらは!? どう見ても警察関係者とは思えない! お前、何かしたのか!?」

「……こんな状態の私に、一体何が出来るっていうの?」

「クソッタレッ!」


 叔父はゴミ箱を派手に蹴り飛ばす。


「まずいまずいまずいまずい。そもそも何故この場所がバレた? アイツらは何者だ!? どう見てもカタギの人間じゃねえ、裏の世界の住人だぞあれは」

「と、投了でもすればいいじゃない?」

「馬鹿野郎! 何年もかけて用意してきた計画だぞ!? こんな簡単に、一日で終わらせるわけにはいかねえだろうがよォ!」


 叔父はヒステリックにそう叫ぶと、考えろ、考えろとブツブツ言いながら、ドスドスと足音を響かせる。

 そして私はと言えば、足が竦んで動かなくなってしまった。はは、赤坂君のおかげで少しは克服出来たかと思っていたけど、思い過ごしだったかもしれないわね。

……でもどうやら、それももう少しの辛抱らしい。警察か何かわからないけれど、外には私の味方がいるみたいだったから。

 目の前の叔父さんに怯えつつも、心のどこかでは安堵が広がっていた。助かる、ようやく。


「もはや、ここまでか……」


 そして、叔父もとうとう観念したらしい。さあ、大人しく両手を上げて外に……


「今君を殺して、僕も死ぬよ。紫月ちゃん」

「ヒッ……」


 声が、出なかった。この男が今何を言ったのかが上手く飲み込めなかった。咀嚼できなかった。何て言った?

『キミヲコロシテボクモシヌ』?

 君を、殺して、僕も死ぬ?


「ま、待って……今私を殺して貴方も死ぬ、って……!? じ、冗談も大概にしてちょうだい……?」

「僕が、君を殺す事に関して1ミリでも冗談を言うと思うかい?」

「…………」


 冗談であって欲しかった。そんな淡い希望は叔父の顔を見上げる、たったそれだけの行動で呆気なく粉々に砕け散る。

 眼が、本気だ。これからお前を殺してやるっていう眼だ。私はこの眼を知っていた。


──君が、彼女を殺したんだ。


 叔母の遺体を前に、私に語りかける叔父の姿がフラッシュバックする。


──君みたいな業を背負った人間はね、生きてるだけで周りの人間を不幸にするんだ。

──家にいてもらって、家から出ていくよりもっと酷い目に遭ってもらう。

──だからさ、逃げないでね。死んだ彼女も、君のご両親も浮かばれないだろう?


「あああぁっ! あああああぁぁあぁぁぁああああああああああああ!」



----



「ッ!? 今の悲鳴はお嬢様!?」


 間違いない。普段から耳にタコが出来るほど聞いている声だ。憎たらしくてたまらない、空気のように吐き出す罵倒の声だ。

 考えるよりも先に身体は動き出す。


「鏑木ィーーーーーーーー!!!!」



----



「!?」


 今の声は赤坂君……? 何でここに……?

 咄嗟の叫びは思考を追い越していく。


「赤坂くぅぅぅぅぅぅぅぅぅん!」



----




「おい赤坂君! 止まりなさい! 素人の君では危険だ!」

「うるせえ! そこに鏑木がいるのに一秒だってじっとしてられる訳ねえだろ!」


 理由なんて必要ない。だってそこで大切な人が苦しんでいるのだから。


 勢いよく扉を蹴破る。

 そこにいたのは、ボロボロになった制服姿で落涙に頬を濡らす鏑木紫月と、見知らぬおっさん。


「紫月から、離れやがれええええええええええええええええ!!!!!!!!」


 渾身の右ストレートがおっさんの左頬骨を抉る。

 全体重のかかった拳によって、おっさんは軽く吹っ飛び、地面に倒れ込む。床に折れた歯が幾本か散らばった。


「クッ……ソガキ、テメェェェェェ!」


 カウンターを決めようと起き上がる叔父を、後から突入したSP部隊が数人がかりで完全に制圧する。

 そこで叔父はとうとう諦め、投了の意思を示した。


 たった数分間の突入劇は、こうして呆気なく幕を閉じたのである。




──────

────

──



「紫月ちゃああああああああん!」


 マンションに帰った俺達を最初に待ち受けていたのは涙の洪水だった。


「し、紫月ちゃんは、ヒック、いつもわだじを心配させるだけさせて、ヒック、何事も無かったように帰ってくるんですからぁぁ!」


 春日野さん、よく聞き取れない。


「うん……ごめんね、櫻。ごめんね、ごめんね……ありがとう……」


 この光景、なんかデジャヴかもしれない……


「何はともあれ、何事もなく済んで本当に……本っっっ当に良かった……」

「あ、赤坂君も……ありがとう。助けに来てくれた時、本当に嬉しかったわ……今度こそ、本当に死ぬのかと思ったもの」

「あー、何ていうかその、身体が勝手に動いたんだよな。考えるより先に、っていうか……」

「そういう所も、本当、赤坂君らしいと思うわ」


 そう言って呆れ顔で少しだけ顔を綻ばせる鏑木。釣られて俺も苦笑いを返してしまう。


「ねえ、あの時私の事下の名前で呼んだわよね?」

「えっ!? ……あれはその、忘れて欲しい」

「あら、あれで何となく距離が縮まったと思ったのは私だけだったのかしらね、柚人君?」

「勘弁してくれ……」



──事件が一段落し、戻ってきた日常。

 しかし、柚人を見つめる櫻の目が少しトロンとしている事に紫月は気付く。そして、何故かそれに複雑な気持ちを抱いている自分に困惑したまま、"いつも通り"へと回帰していくのであった。

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