Every cloud has a silver lining
日は変わって六月十二日。昨日の今日で鏑木と会うというのも正直何か気恥しいものがあるな、と若干の憂いを抱えつつも登校すると、下駄箱の前でぴょこぴょこと跳ねる焦げ茶色のお下げ髪が視界に飛び込んでくる。
「おはよ、春日野さん。風邪はもう大丈夫なの?」
お下げ髪の持ち主はクルッと振り返ると、丁寧に頭を下げて挨拶を返した。
「あ、おはようございます赤坂君! はい、すっかり良くなりました! ご心配おかけして申し訳ありません!」
頭を上げてニコッと微笑んだその顔がとても眩しくて、何ていうかこのまま抱き締めてしまいたくなる。
自分より頭一つ分以上小さい女の子を目の前にすると、頭を撫でたくなるか抱き締めたくなるか、そのどちらかの欲求がふつふつと心の奥底に湧いてくるのは俺だけじゃないと信じたい。ましてや目の前にいるのは片思いの相手である。本当の意味で健全な男子高校生であればそんな欲求は抱かないだろうか。いや抱くだろう。
「……赤坂君?」
いつの間にか少し距離を詰めた春日野さんが、俺の顔を下から覗き込むように見上げてきていた。その破壊力たるや、並の精神力で耐えられるような代物ではない。
しかし俺も日本男児である。強靭な理性を以てその際限の無い欲望を御し、己の有する最大限の力で爽やかな笑顔というものを顔の上に形作ろうと努力する。
「な、何でもないよ」
「……? あ、そうだ!昨日どうでした? 紫月ちゃんと喧嘩とかしませんでしたか?」
動揺の最中フルパワーで作られた爽やかスマイルから発せられる動揺を隠しきれていない返事はさておき、昨日のデートもどき(デートとは言いたくない)についての感想を求められる。
「えー、そうだな……もしかすると楽しかった、かもしれない。多分。メイビー」
「えっ……!? 紫月ちゃん、ちゃんと遊園地に入ったんですね……いや、行けって言ったのは私なんですけど……」
「友達ならそこは信じてあげようよ……」
「だからこそ、というのもあるんですよ? あの子はご存知の通りああですから、いくら男子の中では慣れている方の赤坂君だとしても二人きりで遊園地はないだろうって」
「なるほど……」
一理ある。というか理しかない。確かに俺も昨日、春日野さんから連絡を受けた時点で実は帰ろうと思った程度にはありえない話だった。春日野さんが来れない時点で鏑木が待ち合わせ場所に現れることはまず無いだろうと。
ただ観覧車内での会話を鑑みるに、鏑木にも深く思うところがあったのだろう。それを考えれば辻褄は合うというものだが、流石にこの話を相手が春日野さんとはいえ、他者に漏らしてしまうのは誓い合っ……たわけではないが友人関係を確認し合った仲としては裏切りに当たってしまう気もするので心に留めておこうと思う。
「まあ、鏑木にも思うところがあるんだと思うよ」
「そう……なんですかね? 何はともあれ、お二人が楽しめたようでなによりです。本当は私も一緒に行きたかったのですが……」
しゅん、と物理的に小さな身体がわかりやすく小さくなる。
「また今度行こうよ、今度は三人揃ってさ」
その瞬間、春日野さんは花が咲いたように表情をパァっと明るくして、はい、と元気よく返事をした。
「そういえばなんですけど」
「ん?」
ふと、春日野さんは話題を変えて。
「今日って六月十二日ですよね?」
「うん」
「ですよね! 実は明日の六月十三日、紫月ちゃんの誕生日なんですよ!」
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「まさか再びこんな機会に恵まれるとは」
放課後。一度帰宅して私服に着替えた俺は、市の中心部にある図書館の前で待ち合わせをしていた。待ち合わせの相手は勿論──
「あれ? 赤坂君! すみません、まさか赤坂君の方が先に着いているなんて……」
──春日野さんだ。
『もしよろしければ放課後、紫月ちゃんの誕生日プレゼントを一緒に買いに行きませんか?』
そんなお誘い、ノータイムでOKに決まっている。
というわけで、俺達の生活圏では一番賑わっている市の中心部にやってきたという訳だ。
「いや全然待ってないよ。むしろ今来たところ」
このセリフ、地味に人生で一度は言ってみたかったセリフで相当上位に食い込むものだ。
「それなら良かったです……でもまあ考えてみればさっき別れてからそこまで時間は経ってませんしね?」
「そうなんだけど、そうじゃないんだよ」
「?」
頭にクエスチョンマークを浮かべる春日野さん。可愛い。
私服は前に見たものとは違うものだった。春と初夏という違いがあるので当然ではあるのだが。以前は春らしいパステルカラーのカーディガンを中心としたコーディネートであったが、今回は夏らしさが全面に押し出されているような白いワンピースを中心としたものであった。何というか、精霊か何かが舞い降りたのかと思った。頭の中で春の化身改め、夏の精霊にジョブチェンジさせておこう。
「それじゃ行こっか」
「はい!」
まずプレゼントの当たりをつける為に入ったのはショッピングモール。
「鏑木ってどんなものが好きなんだろう」
「えーっと、ぬいぐるみとか? どうでしょう?」
そう言って、春日野さんは通りがかったショップの店先に並ぶぬいぐるみの一つを手に取って見せてくる。
ぬいぐるみ……ぬいぐるみかぁ。鏑木ってそんな女の子らしいもので喜ぶのかなぁ。と思いつつも、先日思いがけず彼女の部屋に上がった時の記憶が呼び起こされる。
そういえば、鏑木の家って結構ファンシーな感じだったよな……本人あんな感じなのに。直接言ったら絶対ぶん殴られるけど。無論、言葉の暴力で。
「うん、確かに……悪くない……かも」
「ですよね! 紫月ちゃんああ見えて案外、こういう可愛いものに目がないんですよー」
「へ、へー……そうなんだ……」
はい。知ってました。すみません。
ただ鏑木の家に上がっていなければまず知り得ない情報なので、ここで俺がうっかり口を滑らそうものなら、あの日俺達が話をした場所が彼女の家だという事がバレてしまう可能性がある。危ない所だった。
「えーっと……じゃあぬいぐるみにしますか?」
「いやちょっと待って」
「?」
「あー、他のものも見てからで良いかなと思って」
「あっそうですよね! 私ったら何慌てて……」
少し眉を下げてシュンとする春日野さん。可愛い。
「とは言っても、もう夕方だしそんなに時間かけられないかな。春日野さん時間は大丈夫?」
「は、はい! 常識の範囲内であれば……」
「常識の範囲内って……」
「えっと、その、朝帰りとかでなければ!」
突然何を言い出すんだこの子は。持ち帰るぞ。
「い、いやそれは流石に大丈夫だよ……」
これお誘いじゃないよね? 据え膳食わぬは何とかじゃないよね?
いや落ち着け俺。とりあえず落ち着け。……落ち着いた? オーケー落ち着いた。この間約二秒。
「あーじゃあもし大丈夫なら、夕飯でも一緒に……どう?」
「はい勿論! 喜んで!」
にぱっと天真爛漫な笑顔を咲かせる春日野さん。可愛い。俺今日だけで何回これ言ってるんだろう。でも仕方ないじゃない可愛いんだもの。
「んー、でも母には連絡しておかないとですねー」
「あ、じゃあ待ってるから今しておいでよ」
「はい! ではすみません、少し失礼しますね」
ふう……何か成り行きで晩ご飯までご一緒する事になったけど結果オーライ。ありがとう俺。これでただのプレゼント選びも一気にデートらしくなるってもんよ。
……さらっとデートとは言うが、デートだと思うと途端に緊張してきてしまうのが恋愛経験のない童貞丸出しだと思う。いや今はそんな話どうでもいいんだけど。
「お待たせしました! おっけーです!」
そんな良いのか悪いのかわからないタイミングで春日野さんが戻る。
「い、いや……待ってないよ」
「……? どうかしましたか? 顔が赤いみたいですけど」
「そ、そんな事ないよ。それじゃ何食べよっか?」
「そうですか……? えーっと、そうですね……じゃあイタリアン、とか?」
「イタリアン」
わかるわかる。ピザとかパスタだよ。慣れてる慣れてる。某大衆向けイタリアンレストランとかよく行くし。
「とは言ってもここに入ってるのはチェーン店ですけどね……あ、もしかしてお嫌いだったりしますか……?」
「え? いやいやそんな事ないよ! そこにしようか」
日本に千店舗くらいある某チェーン店ではないにしろ、ショッピングモールに入っているごく普通のチェーン店という事で、雰囲気はそこまで堅苦しいものではなかった。いやお高いイタリアンの店とか入ったことないから勝手なイメージだけど。イタリア人って開放的って聞くし、もしかしたらフレンチの店みたいな堅苦しさはないのかもしれない。フレンチの店も行ったことないけど。
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「んー……! ご馳走様でした……」
ご飯を美味しそうに食べる女の子って可愛いと思いませんか? 僕は思います。だって目の前のこの子とんでもなく幸せそうに食べてて可愛かったもん。
「美味しかったね」
「はい! 特に最後に食べたティラミスなんてもう……はわぁ……」
恍惚とした表情を浮かべる春日野さん。さっき食べたばかりなのに、と思わず笑ってしまう。
「あー! 今笑いましたねー。でも、本当に美味しかったです。また来ましょうね! 良かったら今度は紫月ちゃんも一緒に!」
「そうだなぁ」
悪気は無いんだろうけど、こういう事をサラっと言われると男として意識されてないのかなぁって思っちゃうよな。実際現状はただの友達、なんだけど。
「それで、プレゼントだけど」
「あっ……! 今言われて思い出しました、今日紫月ちゃんの誕生日プレゼント買いに来てるんでしたね……!」
それって俺と過ごしてて目的忘れるほど楽しかったって事なのかな、っていうのは流石に自惚れすぎだよな……
「まあまだ時間はあるし、ゆっくり回って吟味してみようか」
「そうですね! とりあえず、最初のぬいぐるみは保留ということで」
「あ、この髪留め可愛い……」
「ん?」
「あ、いえ……これ、可愛いなと思いまして……てへへ、すみません。私の趣味ですね」
「可愛いね、でも可愛すぎて鏑木には似合わなそうかな」
「そ、そんな事ないですよ! 紫月ちゃんにだってきっと……きっと……いやないかもです……」
「友達に対してそれは酷くない?」
「え、それなら赤坂君だって! も、もう知りません!」
春日野さんはそう言ってぷくーっと頬を膨らませる。でも髪留めかぁ……それくらいなら。
「ちょっと外で待ってて」
「え? はい」
まあちょっとしたサプライズとして。たまにはいいよね、友達だし。
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「結局、ぬいぐるみが一番良さそうですかねぇ」
「そうだなぁ」
服、下着(無理やり連れていかれた)、アクセサリーなど色々見た結果、どうやら今年の誕生日プレゼントはぬいぐるみになりそうだった。
まあ、言わずもがな鏑木はぬいぐるみは好きだろうし、迷惑にはならないと思う。……多分。
しかも俺一人からのプレゼントならともかく、春日野さんも一緒だし。鏑木も春日野さんからのプレゼントを無碍にはしないだろう。
……となると、問題はどのぬいぐるみをプレゼントとして選ぶか、という所に変わっていく。
ぬいぐるみと一口に言ってもジャンルとしては色々あるわけで。キャラクターものとか、モフモフな動物ものとか、よくわからないマスコット系とか。
まあ、鏑木の部屋で見たぬいぐるみはファンシーなキャラクターものが多かったような気もするが。サン〇オとか。マイリトル〇ニーとか。
「鏑木ってどんなぬいぐるみが好きだと思う?」
「そうですねー、紫月ちゃんのお家で見た限りだとこういうものだと思うんですけど」
そう言って手に取るのはファンシーなピンク色のお姫様の人形。
「まあ、女の子は誰でもお姫様に憧れるものですから」
「それ使いどころが違うと思う」
「そうですか? でもきっとこういうお人形さんは好きだと思いますよ!」
「んー、じゃあこれにしようか。買ってくるね」
ぬいぐるみを持ってレジに向おうとする俺を、春日野さんは不意に引き止める。
「だめです! これは私達両方からのプレゼントなんですから、割り勘です」
「そ、そう……? じゃあお願いします……」
ご飯も奢らせて貰えなかったし、こういう所しっかりしてるなぁこの子。そういう所も可愛いんだけど。でもまあ二人からのプレゼントを割り勘っていうのはわかる。何ていうかこう、気持ち的に。
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というわけでバス停前。
男の俺としては春日野さんを送ってから帰りたかったものだが、彼女によれば家はすぐ近くで、むしろ俺をバス停まで送ってから帰りたいとのこと。確かに前も図書館の近くに住んでいると言っていたし、嘘は言っていないのだろうが……最後までカッコつかないな、と少し落ち込んでしまったりそうでもなかったり。
しかし、気持ちはふわふわとしていた。前よりデートらしいデートが出来た気がして。はっきり口に出してそう言ったわけではないけど、これは紛れもなくそうだと俺は思う。
「あ、そうだ」
「?」
「あの……これ、良かったら」
そう言って、俺は先程アクセサリーショップで買った髪留めを手渡す。
「えっ……これって」
「その……可愛いって言ってたし。鏑木には似合わないかもしれないけど、春日野さんにはめちゃくちゃ似合うと思うし。……だから、その……今日のお礼というか。良かったら受け取ってほしいんだけど」
「い、いいんですか……?」
春日野さんは手渡されたそれをギュッと胸に抱いて。
「大切に、します……ありがとうございます」
えへへ、とはにかんだ顔が街灯に照らされて、とても艶っぽく見えた。心なしかその頬が紅く染まっているように見えて、こっちの顔まで熱くなる。
「あ、言い忘れてたんですけど、こういうのって世間では……」
「……デートって言うんだろ? そう言うと思った」
「えへへ、そうです」
発進したバスの車窓から見える春日野さんは、俺の乗るバスが見えなくなるまでずっとその場で見送ってくれていて。そんな春日野さんの姿を見えなくなるまで目で追いつつ、この日は幕を閉じたのだった。
✱✱✱✱
六月十三日。つまるところ鏑木の誕生日になる訳だが、この日は何故だか朝から空気が違っているように感じた。
「おはよ」
「あ、あぁ。おはよう……」
朝いつもと同じように登校してきた鏑木は、どことなく元気の無い様子だった。以前であれば気付かないような些細な差ではあると思うのだが、その違和感はまるで、小魚の骨が喉に刺さっているような感覚で残る。
「あ、おい鏑木」
「……? 何よ」
鏑木はギロリ、とこちらに鋭い眼光を飛ばしてくる。ああ、この迫力。俺は知ってるぞ。以前の鏑木がまさにこんな目をしていた。……って、どうしてそうなるんだよ。この前友情を誓い合った仲だというのに。しかし春日野さんと約束した手前、ここで臆してはいけない。
「今日の放課後、ちょっと話があるんだけどいいか?」
無論、春日野さんと密かに計画しているささやかな誕生日パーティの事だが、サプライズにしたいのでここではあえて伏せていく。
「話……? 悪いけど今日の放課後は行く所あるから、また明日じゃダメかしら?」
「い、いや明日じゃ意味ないっていうか……」
「? とにかく、今日はダメなの。何か知らないけど、また今度にして頂戴」
「あ、おい」
そう言い残すと、鏑木は自身の教室へと向かっていく。目の前でピシャリと閉められた扉が、まるで俺と鏑木の間にそびえ立つ分厚い壁のように感じられて、気付けば俺はそれ以上彼女に誘いかけるのを諦めていた。
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「はー……」
「どうしたんだよ赤坂、三人で話してるのに他の二人が自分のわからない話で盛り上がり始めて話に入れなくて困ってる人みたいな顔でしょぼくれて」
「何か実体験みたいな例え話はやめろサム」
「サムじゃねえ砂霧だ。誰でもあると思うんだよ、こういうの……」
「やめろ、悲しくなるだろ」
それにしても砂霧は俺が悩んでると本当によく察するな。よく見てる。正直少しそのケを疑ってしまう。
「で、どうしたんだよ」
「いやそれが……うーん……どう説明したものか。あ、そうだ。これは例え話なんだけど」
「おう」
「ある少年が前は犬猿の仲だった女の子とひょんなことから友達になるんだけど、その女の子と二人きりで遊園地に遊びに行くんだ」
「いやちょっと待て」
「なんだよ、話の腰を折るな」
砂霧はワナワナと震えながら口に手を当てる。
「そ、それって……例え話、だよな? ……お前の話とかじゃ、ないよな……?」
「話が進まないから例え話だと思って聞いてくれ」
「おい! どっちだよ! おい!」
「でだ。その女の子と遊園地に行った次の日に、別の女の子と……うーん紛らわしいな。遊園地に行った女の子をS、次の女の子をKとしよう」
「何だその具体的なアルファベットは」
「Sと遊園地に行った次の日にKと一緒にSの誕生日プレゼントを買いに街に出かけるんだけど」
「いや待て、それ本当に例え話だよな?」
「ああもう! うるせえな、はいはい例え話例え話」
「気になって話に集中出来ない」
「集中しろ。で、Kと買い物に行った次の日、まあ今日なんだけど」
「おいそれやっぱりお前の話だよな!?」
「登校してきたSが、ひょんなことから仲良くなる前みたいな態度で接してきたんだよ。どう思う?」
「Kと二人で買い物してる所でも偶然見ちゃったんじゃねーの。ケッ」
砂霧は鼻くそを飛ばしながらそう答える。
「汚ねえなやめろ。砂霧だったらそう思うか?」
「他に何も思い当たらないんならそうじゃねーの? Sが少年の事好きでKと二人で歩いてるところ見て嫉妬したとか」
「いやいやいやいやないないないない」
「すげえ否定っぷりだな。やっぱりお前の話なんだろ。相手は誰だ。やっぱり春日野さんか? となるとSは鏑木だな。データベースによれば誕生日も今日だし。いやでも無いだろ。しかしそう考えるとお前鏑木と二人きりで遊園地……正気か?」
「無いだろ? 後これはただの例え話な」
「わかったよ」
砂霧はそれ以上言及するのをやめ、一言だけ付け加える。
「でもな赤坂、例え話とはいえ、本当に心当たりが一切何も無いのか……それだけはよく考えてみる必要があると思うぞ、俺は」
「心当たり……なぁ……」
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「えっ、紫月ちゃん、今日来れないんですか……?」
「どうやらそうみたいだけど……春日野さんにも何も言ってないの?」
「はい……私にも何も。どうしたんでしょう……」
親友である春日野さんにも何も話していないなんて、本当にどうしてしまったのだろうか。行くところがあると言っていたが、それはどこなんだろうか。様々な思考が浮かんでは、グルグルと頭を駆け巡る。
心当たりは本当に何も無いのか、って砂霧に言われたな……
「くっそ……わかんねえよ」
「赤坂君……」
「……春日野さん、今日鏑木が行くって言ってた場所について何か心当たりとかあったりしない?」
「えぇっ!? 私ですか? そうですねぇ……すみません、私にもわかりません……」
「そうか……そうだよな……」
「お力になれずすみません……私も紫月ちゃんの誕生日をお祝いしてあげたいのですが……」
……ん?
喉にひっかかった違和感が、何故かこの場面で主張を始める。
「春日野さん、今なんて?」
「えっ、私も紫月ちゃんの誕生日をお祝いしてあげたいって……」
「それだ……」
「赤坂君!?」
春日野さんは突然走り出す俺を呼び止めた。疑問が半ば確信に変わりつつある俺は、自信を持ってこう応える。
「春日野さんはパーティの準備してて! 俺は……鏑木を連れてくる」
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思い出した。鏑木の話を──
『私の両親は、私の誕生日プレゼントを買って帰る途中で事故に遭って死んだの』
今日は鏑木の誕生日だが、それと同時に彼女の両親の命日でもあるんだ……
「クソッ! 何で気付いてやれなかったんだ……!」
酸欠で死にそうだ。だけど──まだ間に合うはずだ。俺は鏑木の両親が入っている墓地を知らない。故に、彼女が電車に乗り込んでしまったら最後だ。俺はそれ以上追いかける事が出来なくなる。墓地の場所なんてきっと春日野さんにだってわからない。今回春日野さんが鏑木が向かわんとしている場所に心当たりがなかったのも、きっと鏑木は自分の誕生日が両親の命日だということまでは教えていなかったのだと思えば納得できる。
「間に合え……!」
駅に到着し、今発車せんとしていた電車のドアに滑るように入り込む。
「ふぅー……」
「えっ……!? あ、赤坂君……!?」
……見つけた。
「ハァ……ハァ……探したぜ、鏑木……」
「あ、赤坂君……何でここに?」
「き、決まってるだろ、お前を探してたんだよ」
「話が見えないのだけど……どうして私を? 何でここが?」
困惑した表情を浮かべる鏑木に、俺はここへと辿り着くまでの経緯を説明していく。
「ま、まず……今日が何の日だか、ハァ……わかるか?ハァ……」
「まずは呼吸を整えなさい?」
「ハァ、ハァ……ふぅ……大分落ち着いた。で、今日は何の日だかわかるか?」
「えっとそれは……」
鏑木は言い淀む。
「言いづらいなら言ってやる。お前のご両親の命日。そうだろ?」
彼女はピクッと反応を見せるが、何も言おうとはしなかった。構わず続ける。
「恥ずかしながら、俺はさっきそれを思い出したんだ。ごめん……」
「べ、別に謝るような事じゃ……ただ、私が言わなかっただけなんだから……」
「そしてもう一つ、忘れちゃいけない事があるんだ」
「……何よ?」
「誕生日おめでとう、鏑木」
その瞬間、鏑木の顔がハッとした表情に変わっていく。
「えっ!? あ、あぁ、そう……そうね……そういえば、今日は私の誕生日、だったわね……」
「おいおい、まさか忘れてたのか?」
「誕生日が近づくに連れて両親の事ばかり思い出してしまうものだから、誕生日っていうこと自体を失念してたわ……」
まさか自分の誕生日を忘れたまま誕生日を迎えているだなんて、想像もしていなかった事だった。
「ていうか、ありがたいしとても嬉しいんだけど、まさか赤坂君、それを言うためだけにここまで……?」
「いや、それは半分正解ってやつだな」
「……他にも何か?」
「実は春日野さんと二人で鏑木の誕生日パーティをやろうって計画してたんだ……サプライズのつもりだったんだけど、全部バレちゃったな」
「櫻が……」
「だから、墓参りが終わったら一緒にパーティに戻ろうな? 春日野さんには申し訳ないけど、今一人でパーティの準備させちゃってるからさ」
鏑木は涙を湛えつつも口元は緩んでいて、何かもうグチャグチャな顔をしていた。
「ええ」
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「ここが両親の墓よ」
酒井家之墓。墓石にはそう刻まれていた。言葉が出てこなかった。
話を聞いただけでは現実味がなくて、別に嘘だと疑っているわけではなくても、目の前にいるこの女の子が幼少期に両親をどちらも亡くしているだなんて、にわかには信じ難い話であった。
こうして実際に墓石を見る事で、漸く現実感のある話として認識することが出来たような気がする。
「両親の前に男の子を連れてくるだなんて、結婚の挨拶みたいで変な感じね」
「け、けけ結婚!?」
「ふふ、冗談よ」
口先では冗談を言いつつも、鏑木の横顔は真剣そのものであった。
「お父さん、お母さん。私、十六歳になったよ。これ、高校の制服なんだ。似合ってるかな? 隣にいるこの人、彼氏だと思って焦ったりしてるかな? でもこの人、私の友達の事が好きなの。で、私の……友達。お父さん、お母さんがいなくなってから塞ぎ込んじゃって友達なんて出来なかったんだけど、今はやっと二人、いい友達に巡り会えたんだ。今育ててくれてる鏑木さん達も本当にいい人で、今私、やっと幸せだなって思うことが出来てるんだ。だから安心してね。安心……してね。お母さん、お父さん……」
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「もー! 遅いですよ! もう私だけ先にパーティ始めちゃうんですからね!」
「はは、ごめんって」
……春日野さんの家、初めて入ったな。
「さ、櫻……その……」
俺の背後から鏑木がそっと顔を覗かせる。
「し、紫月ちゃんー!」
「ちょっ櫻! 恥ずかしいから!」
「紫月ちゃんー! 誕生日おめでとー!」
涙をぶわっと溢れさせた春日野さんが、鏑木に抱きついて更に泣く。釣られて鏑木もまた泣き出して、涙で顔をクシャクシャにした彼女達は笑顔で抱き合う。
微笑ましい光景ではあるのだが、正直居づらさを感じた俺は無理矢理話題を転換する。
「そ、それであの……これ、俺達からの誕生日プレゼントなんだけど」
「ええっ、た、誕生日プレゼントまで? あ、開けてもいい?」
「「勿論!」」
春日野さんと俺が同調する。
「わぁ……!」
出てくるのは昨日買ったお姫様の人形。
鏑木は目を輝かせてそれをギュッと抱き締めると、ありがとう、大切にする。と小さくお礼を呟いて泣いた。
こんなに喜んでもらえるとは思ってなくて、こっちまで泣きそうになるのをグッと堪える。
「何か今日、私達泣いてばかりね」
「でも全部、嬉し涙だろ。少なくとも俺はそう思う」
両親を失ったその日から、鏑木にとっての誕生日は両親の命日でしかなくて、その度に悲しみの涙を流していた事だろうと思う。
でも今日は違う。多分これはきっと鏑木にとって初めて、自らの誕生日を呪いではなく、祝いだと感じることが出来た日なのではないか。そう願わずにはいられない。
「ありがとうね、柚人君……」
「え?」
「な、何でもないわよ!」




