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桜の花とすみれ月  作者: 小波漣
2章:Rainy Pain
13/25

「紫月ちゃん、お昼ご飯出来たわよ。食べられる?」

「うん」


 あれからもうどれくらい経ったのかな。もう随分と長い間こうしている気がして、ふとカレンダーに目をやる。

……6月、18日。あの日からまだ、5日しか経っていないんだ。


 あの日──両親が突然死んでしまった日から、私の心にはぽっかりと穴が空いてしまった……いや、心の大半が消し飛んでしまったようだった。

 仲の良い友達もおらず、家にいることが多い私にとって、親というものはこの世で何よりも大切な、どんな物にも代え難いかけがいのない存在であった。


 駄目だ、もう平気だと思っていたけど、一人で両親の事を思い出すとすぐ涙が滲む。もう毎日こんな事の繰り返しだ。

……一人、か。


 今までこんな風に一人になった事なんてないな、とふと思った。あの日にも思ったけど。


 家に帰ればいつだってお母さんはにっこりと笑って、おかえり、って言ってくれるんだ。夜になればお父さんだって帰ってくるし、それが幸せだった。


 私は、黒焦げのゲーム機を見つめながら考える。

 充電ケーブルの差し込み口が熱と衝撃でひしゃげてしまい、もう二度と画面の点かないそれを。こんな姿になって、初めて私に触られたそれを。



 あの日は、私の誕生日だったんだ。



 必然的に、これは……そう。誕生日プレゼント、ってやつだ。


「私のせいだ」


 私が6月13日に産まれてさえなければ。私が、産まれてなんていなければ。──ワタシなんていなければ。両親が事故に遭うことなんて無かったんだ。


 そこまで考えて、ふと我に返る。そして叔父さんに言われた事を反芻する。落ち着け。今私が死んだって、お母さんもお父さんも喜ばない。喜ぶはずがない。


 そういえば、小学校。もう一週間近く休んでしまっている。先生やクラスメイト達も事情が事情だけに休んでも何も言ってはこないが、それでもこう休みが続いてしまうと、学校が恋しくなってしまう。変だな。いつもなら学校なんて行きたくないって思うのに。


「紫月ちゃん? ご飯冷めちゃうわよー」

「ごめん、今行く」


 一人になるから、余計な事を考えてしまうんだろうか。



----



「紫月ちゃん来たよ!」

「え? ほんとだ! 紫月ちゃん、大丈夫?」


 翌日、久しぶりに小学校に登校すると、いきなり数人の同級生に囲まれた。


「う、うん……大丈夫だよ」


 私は少しぎこちない笑顔を浮かべて見せる。


「紫月ちゃん、これからどーするの?」


 言外に両親が死んでしまって、という意味がついているような気がした。

 私の両親の事は、クラス会を通じてクラスメイト達に共有されているようだった。そういう話題は避けましょうねだとか、からかうような事を言っちゃ駄目ですよ、とか。そういう注意喚起みたいなものらしい。

 私からしてみれば余計なお世話という話だが。


「うん、叔父さんが引き取ってくれるって。学校からちょっと遠くなっちゃったから、もしかしたら転校するかも」

「紫月ちゃん転校しちゃうの!?」

「もしかしたら、だよ。そんな話出てるわけでもないし」


 今のところは叔父さんが車を出してくれているので何とか通えているが、いつまでも叔父さんに迷惑をかけ続けるわけにもいかないし、歩いて通える小学校に転校した方がいいのかも。

 自転車があれば通えない事もない距離だし、先生の許可が取れればそっちでもいいとは思うけど。小学校だし駄目だろうか。



 と思ったが、そういう事なら、とあっさり許可が下りた。

 自転車は2年生の時に補助輪が外れたので、元の家に置いてあるものを使えば良いだろう。叔父さんにもそう伝えよう。


----


「あら紫月ちゃん、おかえりなさい」

「うん、ただいま」


 叔父さん家の玄関脇に自転車を停め、玄関をくぐる。

 すると玄関を開く音に反応し、おかえり、という声が返ってくる。

 私にとっておかえり、という言葉はお母さんにかけられる言葉だった。

 私の「ただいま」に対する「おかえり」。

 それで私はああ、今家に帰ってきたんだ。というのを実感させられるのだ。


「……ねえ叔母さん」

「ん?なぁに紫月ちゃん」

「叔母さんの事……お母さんみたいに思ってもいいのかな?」

「何言ってるの、当然じゃない! 何ならお母さん、って呼んでくれても良いのよ?」


 その言葉がただただ嬉しかった。

 ここ数日、私はただの抜け殻のように生きていた。本体から切り離され、意思を持たないただのゴミと化してしまった抜け殻。

 知らない環境に突然放り出され、幾度となくもう死にたいと思って過ごしていたが、ようやく、この家に居場所というものを感じた。

──いや、違う。最初から居場所は用意されていたんだ。ただ、私がそれを受け入れようとしていなかっただけで。


 この母の弟夫妻が、私の新しい両親なんだ。

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