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年渡り、ふたりで

作者: たかはし 葵

蒲公英さま主催『かねのね企画』参加作品です。なろうでは初めての短編ですが、少しでもお楽しみ頂ければ幸いです。

※除夜の「鐘」、鐘の音を表す「擬声語」がNGとなっている企画概要のもとに書かせて頂きました。

 大晦日の二十時現在、私の大切な人は、まだ絶賛仕事中。


 一週間前。平日休みの彼と私は、クリスマスだけは何とか一緒に過ごすことができた。ただし、イブの日もやっぱり仕事だったから慌ただしくて何だかなぁ、な夜になってしまったんだけど。


 彼のアパートでチキンを温め直して、ケーキも用意して。プレゼントは毎年変わらず、彼からは天然石のペンダントトップを、私からは仕事中に重宝がられる使い捨てカイロの徳用袋。何でそんなもん、と友人には笑われるけれど、だってそれが彼のリクエストだったから。


 彼は地元のホームセンターに勤めるマネージャー。商品の部門別にそれぞれ配置されていて、パートさんやアルバイトさんをまとめている。“それって管理職なの?”と聞いたら“一応そうなるのかな”なんて笑ってたけど。

 私、知ってる。この肩書きを持つ人間には転勤がつきものなんだってこと。


 彼がこの地に来てからそろそろ三年になる。お互いに口にはしないけれど来年度あたり、もしかしたら異動になるのかもしれない。全国各地に店舗を構えるチェーンのホームセンターで、マネージャー職の人間に転勤が課せられるということは、出世が見込まれているということ。何年か地方で経験を積んだら、本部の偉い人の元に配属になるのだと聞いている。


 そんな事まで知っている私は、田舎に突如オープンしたそのホームセンターの、オープニングスタッフだった。元々接客は学生時代から何度か経験済みだったし、研修は楽しかった。同期も沢山いて、仲の良い同僚も出来た。

 研修の終わり頃に希望の部門を提出した時はお互いが人気の部門を狙ってか、かなりピリピリしていたけれど。


 研修の間、新店舗に配属が決まっていたマネージャー達が、入れ替わりで講義をしてくれた。殆どが男性で、年齢は様々だった。その中にいたのが彼だった。

 話す声は低く通っていて聞き取り易く、質問にも淀みなく答えてくれるから、おばさんパートにも人気があった。

 私は黒縁眼鏡のその人を、研修を通じて初めのうちからとても“いいな”と思っていた。その頃は彼氏もいなかったし、五才くらいの年の差のお兄さんに憧れるようになるのに時間はかからなかった。


 マネージャーである彼らがそれぞれどの部門に配属されているのかは、既に決まっているようだったけれど、研修の間は私たち研修生に明かされることはなかった。



 オープン直前、研修生の配属される部門が決まった。私は希望通り生活雑貨部門に配属が決まり、商品の多さからマネージャー二人体制になると聞かされた。これから一緒に働くことになる二人のマネージャーのうちの一人に、彼がいた。


 密かにドキドキする毎日。

 伝票の書き方に迷っていると、こっそりバックヤードで作業しているのに何故か彼に見つかり、直接指導を受けたりした。

 業者さんから重い荷物を受け取る時も、いつも近くでさり気なく手伝ってくれたりもした。メーカーさんとの打ち合わせの極意も伝授してくれた。

 棚の商品の配置替えでもたついて閉店時間を過ぎて仕事をしていたら、「女の子がこんな時間まで仕事して!」って、すごく怒られたこともあった。


 怒りながらも手伝ってくれたその夜、私は思い切って彼に問いかけた。



『どうしていつも助けてくれるんですか?』



 分け隔てしない人だと知っている。なのに聞かずにはいられなかった。



『まだ知り合って間もないのに君が好きだ、と言ったら引く?』



 既に閉店して静まり返った店内で、質問に質問を返されて答えに困った。まさかそんな直球な返しが来るとは。いや、だってそんなのテンプレすぎるでしょ。田舎の短大卒の私を、なんてあり得ないし。



『引きませんけど、ちょっと信じられません』



 少しだけ考えた後、それが率直な私の答えだった。



『ちっちゃいのに頑張り過ぎる程頑張る君が、研修の時から好きだよ』



 そして職権を乱用してこっそり私を自分の元に配属したのだ、と白状された私は、その夜から共犯者(?)になったのだった。



 恋人同士になってから一年目の冬、私たちは大人の関係になった。

 会社で借りて貰っているというマンスリータイプのアパートの一室で、声を殺して結ばれた。穏やかで丁寧な触れ方が、泣きたい程愛しかった。それは恋人同士になって三年目の今も、変わらない。草食系な人だから何度も求められることはないけれど、彼の隣りは居心地がいい。





「草ちゃん、遅いなぁ」



 留守を預かる一人きりの彼のアパートは、狭いくせに声が響く。

 明日の元旦はお店がお休みだけど、二日からは通常営業だ。お正月セールの準備に時間が掛かるかも、と言っていたから残業も想定内だけど。


 合鍵を使い、一足お先に帰った私はおせち料理も簡単だけど頑張った。出来る限りのお掃除もして、お風呂も沸かした。年越し蕎麦だって、後は茹でるだけなんだけどなぁ。………なんて事を考えていたら。



「ただーいまーー」



 間延びした声が、玄関から聞こえた。時間はとうとう二十二時。あと二時間で今年が終わってしまう。



「草ちゃん、お帰りなさい!やっぱり今年も遅かったねー」

「これでも頑張ったんだけどなぁ。もうあの商品の山、当分見たくないよ」

「そうだよねぇ。あーあ、私も明後日の戦争が怖いよ。……あ、お風呂沸いてるよ」

「ありがと、ひーちゃん」



 靴を脱いだ草ちゃんに頭を撫でられて、ただそれだけで嬉しくて頰がぽっ、と紅くなる。お帰りのキスもしたことはないけれど、心は優しく満たされる。

 こんなに暖かい笑顔をもつ人を、私は他に知らない。


 こんな風に二人だけの時間を過ごせるようになったのはひとえに彼の人柄のお陰だと思う。年上の彼は、お付き合いの挨拶を早いうちに両親にしてくれた。将来についてはさすがにその時は触れなかったけれど、それでも“大切にします”と言ってくれた彼。その時から草ちゃんは私にとっても、もっと大切な人になった。

 後から「ひーちゃんの外堀を軽く埋めておきたかっただけだよ」なんて怖い事も言ってた気がするけど。





 入れ替わりに私もお風呂を頂いたら、とりあえず部屋着を着て、それからお蕎麦を茹でた。テレビではおなじみの歌合戦が流れていて、裏番組を観ないあたりも彼らしい、と思ったらキッチンで一人、密かにくすりと笑ってしまう。


 彼とお付き合いするようになって、両親にも、都度きちんと報告はしている。お泊まりも特別な日だけは許されるようになった。

 婚約しているわけでもないし、本来なら年末年始も親元で過ごすのが正しいのかもしれない。けれどそろそろ彼に転勤の予感があるから、今年はなるべく離れていたくなかった。ダメ元で親に頼んだら、あっさり許して貰えて本当に良かったと思う。



「はい、草ちゃん」



 シンプルなお出汁の蕎麦に、ほうれん草のお浸しを添えて。海老天だってちゃんと作った。



「ありがとう、美味しそうだね。そういえばひーちゃんのお蕎麦は初めてだ」

「うん、さすがにお蕎麦は手打ちじゃないけどね。お出汁の濃さだってお好みかどうか自信がないけど」

「そう?いつも作って貰ってるもの、僕の家の味付けと似てるから大丈夫じゃない?」

「だといいけど」

「じゃあ、いただきます」

「どうぞ、召し上がれ。では私も、いただきまーす」



 歌合戦を見ながら「今年はどっちが勝つかな」なんて和やかに話しながらお蕎麦と、それから少し足しになればと思って作った温かいおにぎりを炬燵の上に並べた。美味しそうに食べてくれる彼を見ていられるのは、後どのくらいの時間なんだろう。私たち、来年の今頃はどうしているのかな。

 口を噤んでしまうと鼻の奥がつんと痛くなるから、努めて明るく振舞っていた。



 お蕎麦も終わり、歌合戦も決着がついた。去年の今頃はテレビを消して初詣の準備をしたけれど、今年はまだ行かないよ、と聞いていた。どうしたんだろう?去年、一昨年と寒さに辟易していたから、とうとう嫌になっちゃったのかな。



「ひーちゃん、テレビ消してごらん」

「はい」



 いつもより厳かな声で草ちゃんが言うから、私まで気持ちが引き締まる。

 私に何を伝えたいの?


 窓際に呼ばれて隣りに立つと、ふわり、肩を抱き寄せられた。



「ほら、耳を澄ましてみて。あの音、もう始まってる」



 そんな風に意外そうに言うけれど、私、ここで生まれ育ってるんだよ。それくらい知ってるよ。でも、すぐには言葉が出てこなかった。静かに寄り添い、同じ音を聞く。


 

 ここには大きなお寺があって、地元の参拝者がとても多い事で有名だ。歴史の教科書の片隅に紹介されるくらいにはそこそこ大きいお寺だから、その音を奏でる為には皆、夕方整理券を貰って一旦帰り、時間になる頃、また戻ってくるのだ。


 草ちゃんがこっちにいる間に一度くらいは行きたかったけど、草ちゃん、寒がりだからなぁ。



「あのね、ここではね、きっかり十五分前から始まるんだよ。皆のんびりゆっくりで、終わるのに時間が凄くかかるからなんだって。でも、京都の知恩院なんて十時半から始まるらしいよ。ここは遅い方なんだよ」

「……あぁ、ひーちゃん、地元だもんね。知っていて当たり前かー」

「うん………」

「じゃあこれは“年渡りの音”なんだね。静かで、他には何も聞こえない」

「………うん」

「………ひーちゃん、どうかした?」

「同じ音をいつまで草ちゃんと聞けるのかな、って思ったら何か………」



 瞳は涙を大量にたたえて、今にも零れ落ちそうだった。草ちゃんの方を向いたら、きっともう危ないから、暗い窓の外をじっと見ていた。



「ーーーねぇひーちゃん。明日、早起きして初詣に行こうか。今夜はちょっと早めに寝よう」



 鼻をすすって「うん」と答えて、二人で交代で歯磨きをした。パジャマに着替えて向かったベッドには布団乾燥機がセットしてあったから、ほかほかと暖かい。



「ひーちゃん、おいで」

「うん。………わー、あったかい!!」

「ね。ひーちゃんが乾燥機タイマーでかけておいてくれたからね」

「ほかほかだねぇ」

「うん。これなら仲良ししても大丈夫かな?」

「………え。草ちゃん、疲れてるんじゃ」

「君より五つ年上だと、もうおじさん扱いされちゃうの?」

「う、ううん、とんでもないです!」



 言うが早いか柔らかくパジャマの胸を覆う大きな手のひらに、すぐに身体が熱くなる。お布団の温もりのせいなのか、草ちゃんの手はいつもより熱いから。



「ん………草ちゃん、気持ちいい………」

「そう?今日は素直だね」

「や、そんなことない………んっ」



 唇も、ほら、熱いよ。

 さっき塗ったばかりの薬用リップだって、キスしたらすぐに草ちゃんに移ってしまう。



「草ちゃん、好き………」

日和ひより、僕も好きだよ」



 雪の降らないこの地でも、空気は澄んで凍りつくほど。しんしんと寒さが募るこの国の、この夜の聖なる音を、多くの人は『煩悩を取り去る音』だと言うけれど、“年渡りの音”なんて素敵な言葉を紡ぐ貴方を心から愛しいと思うよ。



 大事に大事に身体中に触れていく指と唇に、いつしか私は泣いていた。



「ひーちゃん、痛いの?」

「ううん、嬉しいの。こうしていられるのが、嬉しいの」



 草ちゃんは“もう、可愛いなぁ”と目尻を下げ、そしてまた私に口付ける。


 全部、全部欲しいの。私に草ちゃんの全てをちょうだい。



「ん…………っ」

「日和、凄い熱い………っ」



 熱いのは草ちゃんだよ。


 ゆっくりと、お互いの熱を移し合いながら気持ちを確かめる。絡めた指を握りしめ、言葉にならない想いを伝えたら、彼からも深く愛されて気持ちが心に、身体に隅々まで流れ込んでくる。

 私の全ても、みーんな草ちゃんに溶けちゃえばいいのに。






「………あ」

「どしたの、草ちゃん」

「………けまして、おめでとう。って言おうとして噛んだ」

「あはは、草ちゃんたら。………うん、私も明けましておめでとうございます。草太さん、今年もよろしくお願いします」

「う、うん。おめでとう。こちらこそよろしくね」



 腕の中、“草太さん”って呼ぶと、面白いくらいに赤くなる草ちゃんを“可愛いな”なんて思いながら穴が開くほどじっと見つめていた。



「ーーー日和」

「はい」



 まだ赤い顔で、でも少し神妙な声。



「もし、二月の終わり頃に異動の話が出たら。僕と一緒に来てくれる?」

「うんうん、私もそんな気がしなくもないんだよね。………って、え?待って。それって、えっと………」

「次の休みにご両親に挨拶に行ってもいいかな?」

「あの、草ちゃん?」

「ごめんね、さすがにプロポーズはちゃんとした場所で、って決めてるから、もうちょっと待って。今は僕に自信だけ、くれるかな」

「え、あ…………」

「ずっと一緒にいてくれる?」

「ーーーはい!」



 当たり前だ。もうその覚悟は出来ている。これで何の迷いもなくなる。

 私はただ思い切りその胸に飛び込めばいい。



「………あー、でもね。何年かしたら余程の事がない限り本部に配属になるんだけど、本部のある所って、すごく寒い所なんだよね」

「知ってるよ。でもきっとどこだって一緒なら大丈夫だよ」

「そっか、そうだね」



 即答する私に大好きな顔で笑う。

 寒さ対策なら私も一緒に考えてあげるから、そんなに心配しないで。


 そうやって、どこの地域に行ったとしても、こうして同じように“年渡りの音”を聞くのだろう。


 こんな風に、ふたりで。





 夜が明け、真新しい朝が来た。



「う゛、寒っ!!」

「はい、マフラーとコート。それからカイロ。厳重にガードして行こうね」

「ありがとう、ひーちゃん」



 来年は、どこで新年を迎えるのかな。

 まだここにいられるのかな。

 背は高いけどものすごく細身で寒がりな彼と、今年も一緒に、どうか笑って過ごせますように。




お読み頂き、ありがとうございました。

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