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彼は王族を憎んだ  作者: 鹿田はもの
1/3

1、記憶





「なあ少年。君は自分の力のなさを憎んだことはないかい?」









 訪れる懐かしい恐怖に眠りについていた意識が俺の体へ逃げ帰ってきた。


 思わず起き上ると、俺の目に、洗濯したての布団のような日光が差す。目を細め安堵すれば、背中に大量の冷や汗をかいていることに気づく。深くため息をついた。


 ――俺は、ちゃんと強くなれたのかな。


 ベッドから降りて立ち上がると、気持ちの良い冷水で顔を洗い、ドア付近に立てかけてあった薄汚い剣を手にする。適当に振り回し感触を確かめると、裏口のきしむ木製ドアを開けて外に出た。


 まだ静かな村は、いつも絶え間なく立ち上っている、雲のような真っ白の煙すら煙突に見られない。みんな、寝ているのだろう。


 いつも見せるにぎわいがないのは少し寂しく思えるが、まあこの類の静かさは平和の証。もう少しすればいつもの喧騒が耳に入ってくるだろう、と自分に言い聞かせる。


 村のあぜ道を歩き、はずれにやってくる。牧場でもあるそこは、向こう側にやや大きい滝壺を持っていた。


 外に放たれていない動物を建物の外から見つつ、早起きであるここの牧場主に見つからないよう、柵に隠れて奥に進んだ。


 滝壺に到着すると、持っていた剣を、鞘に入れたまま振り回す。金具で固定されているそれは、いつしかやってしまった時のように吹っ飛んでいくことはない。


 頬を撫でる、朝露を混ぜた緑の風に口角を緩ませた。


 ――ああ、平和だ。


 魔物が頻出する地区から離れたこの村は、一度もやっかいな魔物に襲撃されたことはなかった。俺が来た五年前も、今も、凶悪な魔物の気配はまったく感じない。森によくいるある程度の魔物ならたまに見かけるが。


 ふと、剣を振り回す自分の腕に目がいった。昨日の少し嫌な記憶がよみがえる。近所の十七歳のガキに、お前俺より体格ひょろっこいのな、と言われたのだ。体格と力は確かに関係してくるが、戦闘能力と体格はあまり関係ない。それに、俺があのガキに力で劣っているわけではない。むしろ、明らかにこちらが優勢だろう。


 昔から背も普通で体格も普通で、見た目の取り柄と言えば黒い髪に黒い瞳というミステリアスな雰囲気を持つそれだけだった。顔は第三者に評価されたことはないが、まあ悪いほうではないだろう。


 黒い髪に黒い瞳。父さんは綺麗な金髪だった。会ったことのない母さんが俺の見た目にそっくりだと父さんは言っていた。なんでも、闇の魔術を追求し、それに対抗する魔術を研究する魔術師の研究員だったそうな。


 研究の旅の途中で、魔術の呪いによって髪と目が黒くなってしまったと言っていた。つまりこれは呪いなのだ。


 しかし、父さんは優しげな目で、これはある意味いい呪いなのだと言った。昔はその意味が分からなかったが、今ならわかる。これは成長以外の見た目にあまり変化を及ぼさない呪いだ。つまり、俺の体格がひょろいのもこの呪いのせいだと言える。じゃあなぜある意味いい呪いなのか。それは、恐らくだが、見た目がひょろいやつ相手だと、誰もが油断するから、だろう。


 だが最近、徐々に俺の成長のスピードが遅くなっている気がしていた。むしろ、成長が止まっているんじゃないかとも思う。事実、二年前から俺の見目に変化を感じない。


 そんな悩み事をして剣を振るっていたからだろうか。


 俺は突然視界が傾いたことに驚き、小さく叫び声を上げた。


 しりもちをつき、痛みが腰を暴れまわる。どうやら、湿った地面に足を滑らせたようだ。足元に、足を滑らせた跡があった。


「ぷぷ、見ーちゃった見ーちゃった」


 後ろから響く笑い声に顔を引きつらせる。軽い頭痛を起こしつつ、俺は静かに立ち上がって後ろを振り向いた。


「……頼むから見てなかったことにしてくれ。本当、頼むから、スリザー」


 顔を向けたほうににやけながら立っていたのは、体中に小型ナイフを携えた少女、スリザーだった。今日も白い髪と紅い瞳が鬱陶しいほど耀いている。美少女なのに、性格が不器用なため、村の青年らに敬遠されている。


 同じく友達のいない俺としては、この村で唯一の女友達とも言える。


「どうしよっかな。じゃあ、戦闘の練習に付き合ってくれたらいいよ」


 ニヒルな笑みで、腰の、彼女の持っているナイフとしては一番大きいナイフを抜いた。今にもこちらに跳びついてきそうだ。


「待て待て、お前、刃むき出しって危ないんだけど」


「私程度に殺されるタマじゃないでしょう」


 そう言って待ったも聞かずに跳びかかってきた。俺は慌てて鞘の収まった剣で応戦する。


「随分と早起きだな、今日は」


 日に日にキレがよくなっていく彼女の一撃に内心冷や汗を流しながら、俺は他愛もない話題をふる。


「そーね、昨日嫌という程昼寝したし」


 ああ、だから昨日は静かに過ごせたのか、と納得する。いつもなら必ず聞こえる騒音が、昨日はまったく聞こえなかったのだ。


「で、どうだ。両親の居場所はつかめたか」


 彼女には悪いが、早々にこの戦闘を終わらせてもらおう。聞いてもらいたくないことを突いて、彼女を動揺させようとした。


「卑怯ね、でもそんなこと言ったって私は動揺しないわよ」


そんな言葉に盛大に舌打ちすれば、彼女はより一層切りつける頻度を増やした。


「アステール、今日こそあんたを殺す!」


「そこは素直にお前に勝つって言ってくれたほうが嬉しいんだけど」


これ以上やってても彼女が勝つことはないと見込んだ俺は、そう言って彼女のナイフに剣を叩き込んだ。


金属のぶつかり合ういい音がして、空中にスリザーの大切なナイフが舞った。


「よっと」と声を漏らしながらジャンプし柄を掴むと、スリザーに渡す。


「いい加減諦めたらどうだ。俺とお前じゃ吐いた血の量が違う」


「私は諦めない。吐いた血が足りないならこれから吐く」


眼光キツめに睨む彼女。自尊心は人一倍で、目的のためなら努力を惜しまない。こういうところも彼女が敬遠されている理由だったりする。


ーーまあ、こういう勇ましいところは彼女の長所だと思うんだけど。


ため息をついた俺は剣をそこらに放り出して滝壺側に寝転んだ。


「大昔と違って、男女の力の差もなくなってきて……本当にお前が俺を越えて、俺を殺したらどうする」


近年、様々な種族が入り混じり、男女の性差がなくなってきていることに不安の声が上がっていた。もちろん体格は大昔とさほど変わりはないが、女性の筋力などが見目に似合わず発達してきているのだ。現在はまだ辛うじて差はあるものの、これではいつ追い越されるかひやひやしているのが内心だ。


「万々歳」


淡々と述べた彼女も、隣に座ってきた。二人で一緒に何と無く滝壺を眺める。


「無駄口の減らないやつ」


そう悪態つけば、彼女は悪どく笑った。


「そう。無駄口叩いて相手をイライラさせる戦術ってことでどうよ」


「ふざけんな」


俺は寝返りを打って彼女に背を向けた。遠くに薄っすら霧のような煙が見える。どうやら住人が起きはじめたらしい。


「もうこんな時間か。俺帰る」


勢いつけて立ち上がった俺は、剣を拾って帰途につく。いつもなら後ろに引っ付いてくるスリザーがいないので振り返れば、珍しく一人で滝壺を眺めていた。その白銀の髪の毛に阻まれ、表情はよく見えない。


珍しいな、と内心思いつつ、特に気にも留めず踵を返した。


ーー朝飯は昨日の残りでいいか。


そんな呑気な、平和ボケした思考で頭を埋め尽くしながら。

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