吹雪の賛歌
インフェルノリザード。
この世界では、火山周辺に生息する気性の荒い魔物の中でも特に危険とされているらしい。
それが、この施設に向かってきているのだという。
「…あれが。」
「そうですね。」
俺は今、山の上から、溶岩を楽々と渡ってやってくる真っ赤な巨大トカゲを見つめながら、戦闘準備を始めていた。
「弱点は、頭と【氷】属性です。…頭なら、武器でも切り落とせます。」
「アンセル、ありがとう。」
アンセルも既に戦闘する気満々のようで。
リンセルも、クリーゼも頷いている。
ミレイはメアリーと施設の中、ギョウアンに保護してもらっている。
ガイロウは一応護衛の為、戦闘態勢。
しかし、クリーゼ達に戦うなとは言わなかった。
「インフェルノリザードくらいなら、余裕余裕!」
なんてクリーゼとリンセルが言ったからだ。
…まあ、俺はリンセルの実力を知っているからいいんだが。
「さて…来るぞ。」
夥しい数のトカゲが見えた。
赤い。
そして、火を噴いている。
俺は、叫ぶ。
「【闇】属性上級近距離創造魔法、《闇魔剣》っ!」
------------------【ミレイ視点】
嵐。
貴方は、いつのまにそんなに強くなったの?
私、ミレイ・ヘリオスは嘗ての幼なじみをみて、そう考える。
急に現れて、急に協力を要請されて。
…正直、戸惑った。
一生、会えるか会えないかかなって、思っていたから。
「…いきなり上級魔法ですか。」
ここは嵐達の戦闘が見える、ベランダの上。
日本風の服に身をまとった猫耳の男が、呟く。
嵐は、真っ黒い剣を振り回していた。
黒い、まるで、…月夜みたいに。
黒いのは黒いけど、何か煌めいている。
しかも、闇雲じゃない。
ちゃんと、インフェルノリザードの頭を的確に切り取っている。
「やはり、気になりますか。…ランのこと。」
このひと、直感が鋭い。
…シオン・ギョウアンさんだっけ?
心の中を見透かされているような気がする。
「…そうですね。」
そう答えながら、さっき私に鬼気迫る顔で捲くし立てた、クールビューティーを思わせる少女…アンセルさんの方をみる。
「…!」
なにを言っているのか、この距離だともちろん聞こえない…はずなんだけど、なぜだかその声は澄んでいて。
「《氷の神よ、冷たき氷柱に宿されし冥府の神よ。》」
指揮をするように、また、壮大な曲を歌うように。
手を広げる。
彼女の体の周りから、水色のオーラが渦巻き始める。
「《標的を突き刺せ、『吹雪舞』》」
溶岩をも凍らせるほどの超低温。
ここからも、その冷たさは伝わってくるほど。
次の瞬間、大群の半分近くは氷の彫像みたいに、固まっていた。
「つ、強い。」
「驚かれるのも仕方がないでしょう。…アンセル嬢は、【異名付き】ですから。」
異名制度について、私は特に詳しくは知らない。
でも、ある程度の基準を彼女が突破しているのだろうと言うことはわかる。
嵐も異名あったし。
彼は、有名な魔法学校で総合1位をとったらしいんだけどね!
「…あれでも、足りないって言うの…?」
「ええ、全く持って足りませんね。」
彼女たちの親は、別格ですから。
ギョウアンさんは、悲しそうに笑う。
あれよりも、…強いの?
だからこそ、嵐…いや、ランはもっと強くなりたいの?
…私は、彼女たちと昔の私を重ねて見ていた。
私は、当時「プチトマト」って呼ばれてて、身長は高校生になっても140くらい。
そこに、180くらいの男の人たちが襲いかかってきたとき、いつもランは助けてくれた。
…そして、いつも謝る。
『ごめん、守ってやれなかった。』
って…。
もちろん、私はランが好きだったけど、つきあってはいなかった。
なにもされていないのに、未遂で終わったのに。
彼は、いつも自分を責めていたから。
「んー、ちょっと押されていますね。」
多勢に無勢、数の暴力はやっぱり酷い。
…どうしよう。
「…?」
私が立ち上がると、ギョウアンさんは戸惑ったように私を見つめた。
それを無視して、竪琴を構える。
…ランの、気持ちに気づいたからだ。
失望なんてしなくてよかったのだ。
…本質は、なにも変わっていない。
誰かを守ろうとしている。
それが、私だけじゃなくなっただけ。
「…っ。【氷】属性禁術広範囲支援魔法、《吹雪の賛歌》」
唱えるとともに、竪琴を鳴らして、歌う。
彼が助けを求めているのなら、助けてあげよう。
音色に乗って、冷気は広範囲に広がる。
冷気は普通のものじゃない。
…私の、心そのもの。
吹雪は、私のランを助けてあげたいという気持ちに沿うように、インフェルノリザードを凍らせ。
アンセルさんのオーラは、いっそう強くなっていく。
《吹雪の賛歌》の効果のみならず、《賛歌系》の魔法の一番の効果は、【一定時間、元々持っていた属性とは別に、賛歌の該当する属性を追加する。】というもの。
もちろん、元からその場合はそれが幾重にも強化される。
私からの、贈り物。
転生神であるアルカの声を、聞いたような気がした。
『もっと、道を進みなさい。 音色を運び、空を翔けて、大切な人を、救いなさい。』




