歓迎会
「歓迎会」
そう名づけられた重要議題は、世界各地の伝説にある様々な銘酒と山海の珍味を肴に始まった。
最初は雰囲気に呑まれて圧倒されていたモモと俺だったが、この場にいるアヤカシはみな友好的で、いつしか俺達はすっかりその場に馴染んでいた。
「はい、一献どうぞ」
「ああ、子犬さんありがとう」
「杯が空いていますよ、ささ一献」
「気が利く子犬だねぇ」
「子犬さん、こっちも頼むよ」
「はーい」
モモは主賓のはずだが、なぜか周囲のあやかし達に酒を注いで周っている。
その様はまるで、
「忠犬」
「ご主人、注ぎますか?」
こちらに駆け寄ってくるのを手で制し、酌をつづけさせる。
「人間さん、人間さん」
隣に座っている? 照る照る坊主のようなあやかしが声をかけてきた。
「いい拾い物をしたね。あそこまで気が利く子犬は今時珍しいよ」
まったくその通りなので、同意の意を示す。
「ビッグマムに気に入られただけはあるね。あれは将来化けるよって、もう化けていたか」
照る照る坊主は自分の冗談にカラカラと笑う。
「最初はね、気に入らなかったんだよ」
「うちが組に呼ばれたのはそれこそ九十九を数えてからなのに、変化したての子犬が呼ばれるなんてね」
「気に入らないから、適当にイチャモンつけてこの場で喰っちまおうと思ってたんだが」
そういう照る照る坊主の口には、あまりにも不釣合いなギザ歯が浮かぶ。
照る照る坊主はそこまで言ってから、杯を呷るとそのままそれを硬い音と共に噛み砕き磨り潰して嚥下。
杯だった物を腹に収める。
「チタンは噛み口が軽くて食った気がしないねぇ」
背筋に震えが走る。
今更ながらこの異形共が化け物だと思い知らされた。
照る照る坊主の歯も恐ろしいが、もっと恐ろしいのはその思想だ。
気に入らなければ喰らう。
そんな命がけを事も無げに言うという感性。
冗談を言っているのではない。
照る照る坊主は本心からそう思っている。
そして、モモが標的から外れたのなら、次の獲物は……。
「人間さん、人間さん。よくここに来られたねぇ」
照る照る坊主の歯が、不快な軋みを立てる。
「気に入らないねぇ、とーっても気に入らない」
ガチガチなるのは俺の歯か、それとも照る照る坊主の歯か。
「晴らそうか、この気持ち。降らそうか、血の雨を」
周囲からは、ねっとりと絡みつく不快な視線。
モモは俺の事に気がついていない。
黒い女は薄ら笑みを浮かべ、杯を仰ぐ。
この状況で俺にできる事は……。
湯飲みに残る酒を一息に飲み干す。
体の心から燃えるような、溶ける様な熱気が溢れて恐怖をかき消してくれた。
やれる? それともやられる?
ちがう、やるんだ!
覚悟が決まる。
俺は酒瓶を手に取ると、それを思い切り照る照る坊主の禿頭に叩き付けた。
「手前の事なんか知るか、馬鹿!」
ただのハッタリ、虚勢だ。
しかし、酒でビショビショになった照る照る坊主に対しては思うところがあった。
それは分の悪い賭けだ。
俺の手にあった酒瓶は、神便鬼毒酒。
かつて朱点童子が源頼光によって討伐された際に使われた、鬼をも潰す銘酒だ。
モモはひと舐めで酔いつぶれた。
「それなら一瓶浴びればどうだ……」
この時こそ、生きた心地はしなかった。
たとえ照る照る坊主を倒したとしても、周りを囲む無数のはアヤカシ。
無事に帰れるとは思えないが、だからといって何もやらないという選択肢は無い。
長い一瞬の後、照る照る坊主は真っ赤になって倒れこんだ。
「照る照る坊主っていうより、蛸坊主だな」
ざわめき、どよめきが波のように沸き立つ。
そして俺に向けられる視線に篭るのは、敬意。
「拍手」
黒い女が手を打つと、アヤカシから怒号の様な歓声と滝のような拍手が送られる。
「皆の衆、どうだい?」
「いやはや、文句のつけようがありませんな。女主」
「流石ボスが見つけただけのことはあります」
「大穴50倍だ、さあ払っとくれよ」
「泣いて侘びを請うと思うたんじゃが、近頃の坊は怖いもの知らずじゃて」
その様子を聞いて、やっと自分が試されていたのだと分かり重い息を吐く。
「人の事は言えんが、あんまりいい趣向じゃないな」
「管理者といっても、支配者ではないからね。思う道理にならぬ事もあるよ」
「人の身で会に入るなんぞ、そうそう在る事では無いからね」
「だから、人間さん。あんたは自分の価値を自力で証明する必要があったのさ」
落ち着いたところで、モモが駆け寄ってくる。
「ご主人、大丈夫ですか? どこにも怪我はないですか?!」
「落ち着け。すこし肝が冷えただけだ」
今にも服を脱がして、全身の点検をしてきそうな勢いのモモをどうにか御すると、
「ちきっしょう、ニンゲン。てめぇ、許さねぇ……。てめぇだけは食らってやる!」
そんな怒声と共ににふらふらと、真っ赤な照る照る坊主がにじり寄ってくる。
その形相は鬼。纏う気配は剣呑な殺気。
モモが俺をかばうように前に出るが、それよりも早く闇が駆け抜ける。
「坊主、ここは私の席だよ。無粋は許さない」
いつの間にか、照る照る坊主は黒い女の手に握られていた。
「お前には試させただろう。終わった事をぶり返すのは無粋ってものだよ」
「ニンゲンに、恥をかかされたんだ。これが許せるかよ!」
「ああ、許さなくてもいい」
「だから私も許さない。私の席で無粋を働く輩はな」
闇が坊主を飲み込むと、後には何も残らなかった。
「白けた。今日はお開きにしよう」
その声を合図に、アヤカシたちが雲散霧消と姿を消していく。
気がつけば、俺達も元の部屋に居た。
先ほどの事が夢や幻で無いという証拠は、転がっていた未開封の神便鬼毒酒だけだった。




