あやかし会
モモとの散歩から帰ると、すでに部屋に客が来ていた。
「モモ、鍵はかっていたよな?」
「はい。ただ、あの方にはあんまり関係が無いかと」
それは以前に一度だけ遭遇した、あの黒を纏う女だった。
「おう、お帰り。先に始めておるよ」
そういって黒い女はカップ酒を振ってみせる。
ちなみにツマミは裂きイカだ。
「何の用だ?」
尻尾を丸めているモモの前に立ち、女と対峙する。
「そんな怖い顔そするな、男前がだいなしだぞ」
そういって女はケラケラと笑う。
以前の殺気や狂気は微塵も感じさせないその様子は、まるで……。
「酔ったおっさんか」
女が着物の袖から、封筒をとりだして差し出してくる。
「書類が整ったからな。仕事明けの祝い酒くらいのませろや」
恐る恐るそれを受け取り中身を確認する。
それは各種書類、保険所から住民票まで、おおよそ生活一般に必要とされるものが一通り揃っていた。
「これは……」
「いるだろう、人の成りして暮らすには色々と」
「ああ、偽造じゃないから安心し。ただ見た者を化かすだけさ」
どう違うのか気になったがどうせ理解できないし、教える気も無いだろうから聞かないことにした。
「そいつはただの餞別。本命はこっち」
女はそういって同じような封筒をモモに差し出す。
俺が取ろうとすると、からかう様に避ける。
「おいおい、モモの主人さん。いくら主人さんといっても、モモの全部があんたのものじゃないさ」
なるほど、相当大事なものらしい。
モモの頭を撫ぜてやるとモモはその封筒を恭しく受け取り、中身を確認する。
その時のモモの表情は、喜びと戸惑いがない交ぜになったものだった。
「モモ、聞いていいなら答えてくれ。それは?」
「招待状、です。あやかし会への」
あやかし会、それはこの地域の「あやかし」による自治組織らしい。
町内会みたいなもんだよ、と言い残して黒い女は影に溶けるように消えていった。
ここに呼ばれるという事は、この地域に受け入れられた証なのだという。
「いくら名前持ちでも、何の力も実績も無いあやかしが呼ばれるなんて、異例ですよ!」
なるほど、そうとう格式の在る場所らしい。
モモはいまでは戸惑いの方が大きいようで、かなり動揺している。
そんなモモの様子はなかなかに被虐心をそそって可愛いものがある。
「よしモモ、逝って来い!」
「なにかニュアンスが違う気がしますが!?」
涙を浮かべたモモは、ふと招待状に目をやったあとで、ニヤリと表情を変える。
「なるほど、モモは行って良いのですね」
なにかある。冗談だ、と言おうとした所でモモが次の言葉を継げた。
「嬉しいなぁ。この招待状、ご主人と同行の事ってかいてあるんですよねぇ」
「何いいいいいっ!」
「はい、お二人さんご案内」
そんな暗く暢気な声を最後に、意識が暗闇に引きずりこまれていった。
ざわめきと薄明かりで目を覚ます。
「ご主人、大丈夫ですか?」
モモがぴたりと寄り添ってくるのが伝わってくる。
大丈夫だと伝えると、安堵の吐息。
目が闇に慣れると、周囲の異様と異形が見て取れた。
魑魅魍魎。
まるで百鬼夜行の只中に放り込まれたようだ。
俺達を取り囲んでいるのは、すべてアヤカシ。
圧巻にして偉観。
水木しげるや、京極夏彦の妄想夢想がそこにあった。
「ほい、にいちゃん。目覚ましに飲みな」
そう言って一つ目の大男が湯飲みを渡してくれる。
頭をすっきりさせたくて、一気に飲み干そうとして咽た。
「酒じゃねーか!」
「ばっか。般若湯だからセーフだって!」
「そういう問題じゃない……」
ぐったりとした思いで、今度は慎重にその酒をすする。
「……美味い」
五臓六腑に染み渡るという言葉はこの酒の為にある、とさえ思った。
全身の細胞、その隅々まで酒精が周り、力がみなぎってくる気さえする。
「モモも飲んでみな」
湯飲みを渡すとモモもそれを試すように舐めて、倒れた。
場がどっと沸く。
「子犬には早かったか?」
「最近の子は駄目だねぇ」
「いやいや、見所はありますぞ」
そんな周りの言葉は無視してモモに駆け寄る。
「大丈夫か、モモ!」
「もうのめましぇん……」
呂律が回っていない。
見た限り酩酊状態のようだが。
モモはこんなに酒に弱かったのか?
たしかにモモが酒を飲んでいるのを見た事は無かった。
「こんなに弱いと知っていれば、絶対に勧めなかったのに」
「いや、勝手に台詞を続けないでくれ」
思ったことを喋られて、言葉に詰まる。
「まあ、あれだよ。こいつはちと特別な酒でな」
先ほど俺に湯飲みを渡した一つ目が申し訳なさそうに言う。
「神便鬼毒酒ってな。これくらいのじゃないと俺達は酔えないんだわ」
「新入りを酔い潰すのは恒例行事だからなあ」
「ここしばらくは無かった事ですので、皆浮かれておりますのよ」
「子犬さんはすぐに目を覚ましますわい。舐めただけですしな」
なんとなくだが、体育会系のノリを感じる。
「さて、皆の衆。歓迎が終わったのなら本題にはいろうかね」
奥の院に居た黒い女の一声で、場が静まる。
モモもその一声で起き上がり、居住まいを正す。
「本日の議題は一つ。しかし最重要だ」
硬い唾をなんとか飲み込む。
モモも緊張しているのが分かる。
だからモモの握られた手に、俺の手を重ねた。
黒い女が告げたのは……。




