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犬娘拾いました  作者: シラキ
それから
11/12

戦い、終わり

あれからモモは何度も呼び出され、その度に傷を負って帰ってきた。

時には全身血塗れで、朦朧としながら帰ってくることさえあった。

あの女にもらった薬のお陰か、それともアヤカシの強靭な生命力故か、しばらくすれば傷は完全に癒えてしまう。

それでも俺は、モモが傷つくのを見ていられなかった。


「モモ、やめることはできないのか」

その問いに、モモは悲しげな笑みで応える。

「ごめんなさい、これは私がやらないといけない事なんです」

そのやさしい拒絶に心が軋む。

しばしの沈黙の後、モモはまた呼び出しを受けて出て行く。


考える暇もなく、その余裕もなく俺はモモの後を追っていた。

いくつかの通りを抜け、角を曲がり、見知らぬ建物が立ち並ぶ場所まで来たとき、モモとそれは対峙していた。


それは、怒りと憎悪の形相でモモを睨みつけている。

その姿は獣と人が悪意をもって混ざり合わされたような異形。

「ッ!」

異形の獣人が、音鳴らぬ咆哮をあげる。

一瞬でモモとの間合いを詰めて、その鉤爪を振るう。

モモは身を翻して爪を避けるが、それは道路をまるでバターのように切り裂く。

反撃にでたモモの拳は獣人の顔面を的確に射抜く。

「ぐァッ」

しかし、悲鳴を上げたのはモモ。

獣人はモモの拳を受けた上で、その拳に牙をつきたてたのだ。

獣人の牙は明らかにモモの骨まで達している。

下手をしたら、骨も無事では済まないのが容易に想像できてしまう。

だがモモの戦意は衰えていない。

噛まれたままの右手を振りほどくことはせず、そのまま相手の喉奥えと突き立てる。

口を塞がれた獣人は、モモの手を離さざるを得ない。


「なかなかいい戦いをしているだろう」

いつの間にかそこに沸いていた黒い女が、俺の耳に囁く。

「やめさせられないのか?」

もうこいつの登場にいちいち驚くことはない。

「子犬は己の意思で戦ってるんだよ、人間さん。ああ、その疑いを隠さない目線はいいねぇ」

軽薄な笑みを貼り付けた黒い女は、獣人を懐から出した扇で指す。

「あれは何か判るかい? 人間さんは知っているはずだよ」

首を横に振る。

モモと出会ってから、いろいろとアヤカシに遭遇することはあったが、あんな凶悪な化け物は見たことがない。

「ふふん、あれも可愛そうに。あんな姿になってまで人間さんを追っているというのに」

「追っている……、俺を?!」

驚きに黒い女はさらに追撃をかける。

「子犬はね、あれから人間さんを守ろうとしているんだよ」

「なんで俺が、あんなのに狙われないといけないんだ!」

疑問と怒りが理性を消し飛ばし、気がつけば大声を出していた。

「それは、あんたが『モモの主人』だからだよ」

黒い女は、平然と応じる。

扇はモモを指し示す。

「あの子犬は人間さんに名を与えられたことで『モモ』に為った」

獣人へと扇が向かう。

「あれはかつて『モモ』だった。そして、子犬に名を奪われたことで『モモ』では無くなった」


モモ、だった……?

心と記憶の歯車が、音を立ててかみ合う。

そして、何故か唐突に理解した。

あの獣人は、本当に『モモ』だったのだと。

「でも、なんで……。モモが居るのに、『モモ』に為るんだよ」

「ふふ、理解できないから『あやかし』という。まあ、納得できるかはしらないが、説明はしてあげよう」

黒い女は続ける。

「アレは人間さんに憑いていたモモの霊魂だ。それだけなら特に悪さもしていなかったようだが、人間さんが子犬を拾って、『モモ』の名を与えたことでモモの魂を子犬が引き継いだんだ。」

「しかし、子犬はモモではないし、生まれ変わりでもない。あくまで成り上がりだ。だから、アレが残った」

獣人に向けられた黒い女の目からは、何の感情も見出せない。

「たまらないだろうね、それこそわが身を引き裂かれた上に、名前まで奪われたんだから」

胃の奥に、黒いなにかが沈殿していく。

「だから、アレは俺を狙っていたのか……? 復讐するために」

「さてね、そんな感情が残っているかも疑問だよ。子犬としては、万が一の危険も犯したくなかっただろうがね」

そこで俺と黒い女の会話は途切れた。

獣人が勝利の雄たけびを上げたからだ。


全身を血に染め、地面に倒れこむモモ。

獣人はそんなモモに、最後の一撃を加えようとその恐ろしい爪を振り上げていた。

「ッ!」

何かを叫んだのかもしれない。

気がつけば、俺は『モモ』に向かって駆け出していた。


倒れている『モモ』と目が合う。

その瞳に浮かぶのは、驚愕と恐怖。

己の命よりも、俺の身を案じている事が痛いほど理解できてしまう。

「」

『モモ』の口が、何かを言おうと動くが、それは言葉にならなかった。


獣人の『モモ』は、その時初めて俺を認識したようだ。

その瞳に様々な感情が溢れ、血の涙が滴る。

『』

『モモ』が言葉にならない叫びをあげる。


「やめてくれ、モモ!」

嗚呼、と『モモ』の喉がなる。

「ワたし、っは……モモ?。だ、けど、もうモモじゃナい」

「ダか、ら。コイツを、消シ、て、モモに、も、どる!」

それは、壮絶な叫びであり、祈り、願いだった。

俺は覚悟を決めて告げる。

「ああ、そいうだ。……お前は、もうモモじゃない。モモはここにいる」

「」

音に鳴らない絶叫が響き渡る。

怒りと悲しみに憎悪と嫉妬。

あらゆる不の感情を混ぜ込んだ、黒い咆哮。


魂が削られるような思いがした。

だからこそ、それを一身に受け、言葉を続ける。


「お前はもうモモじゃない。だから俺はお前に新しい名を付ける」

「お前の新しい名前は『ハク』! モモの呪縛を解いて、新しいお前に生まれ変わるんだ!」


それは、とっさに思いついた賭けだった。

モモがその名を付けられ、『モモ』になったのなら、獣人に新しい名を付けることで、変われるのではないかと。

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