出会いは、別れの始まり
若干の性的、残虐描写が入ります。
ご注意ください。
モモとの生活にもずいぶんと慣れてきたが、いまだにアヤカシとの距離感には戸惑うことも多い。
犬妖であるモモは普通に人として生活し、お隣さんにも人として認識されているようだが、
外出中は犬扱いされている事がしばしある。
その疑問をモモに問うてみたところ、そんな気分の時はそうするとの答え。
人同士でさえ簡単には分かり合えないのだから、それがアヤカシともなれば言わずもがな、か。
「それでご主人、その独白とこれにどう関連があるのでしょうか?」
犬妖の刺すような視線に耐え切れず、両手を挙げて降参の姿勢をとる。
「ええとだな、収支報告書に若干の不備があって……」
「分かるように言ってください」
言語道断。
「……いろいろあって今月の食費がピンチなんです。ゴメンナサイ」
「だからといって、コレはあんまりでしょう!!」
モモの前に置かれていたのは、ご飯に削り節と醤油で出来る美味しくてリーズナブルな家計の味方、
ネコマンマ!
「こんなものばっかり食べてたら、栄養が偏って病気になるんですよ!」
「怒る所そっちなの!?」
モモにしっかり栄養管理と財務管理についてのお説教をもらった後、ネコマンマは二人で美味しくいただきました。
食事の後二人でボーっとしていると、聞きなれないメロディーが流れる。
音の出所はモモ?
「あ、私の携帯です!」
……モモ、いつの間にそんな物を。
というか、契約や金はどうした!?
モモは暫く頭をぺこぺこ下げながら、はいはいと返事を続けた後で、一瞬表情を硬くして言葉を詰まらせる。
「……わかりました。承知しています。では、失礼します」
モモはため息をひとつ吐く。
「ちょっと呼び出し受けたんで、出かけてきますね。遅くなると思うので、先に休んでいてください」
その表情は何も聞いて欲しくないと言っていた。
だから俺はモモを黙って送り出して寝た。
一人で寝るのはずいぶんと久しぶりな気がした。
翌日、日が高くなってからモモは帰ってきた。
その姿は無残なものだった。
血まみれで、体に無数の傷。
その多くは鈍いもので裂いたような裂傷。打撲のあとも少なくない。
出血はすでに止まっていたし、見たところ急所は無事だったのが少ない救いだろうか。
モモは俺に「ただいま」と言い残して意識を失った。
何が出来るのか、何をしないといけないのか。
必死に考えた末、俺はモモの携帯を手にしていた。
勝手に他人の携帯を見るのはプライバシー侵害もいい所だが、そんな事を言っている余裕は無い。
見慣れぬ機種だが、適当にやってるうちにどこかに通じてくれた。
「誰か知らないが助けてくれ、モモが倒れた!」
「はいよ」
返事は窓から返ってきた。
「どっこいしょ」
その声と共に窓から黒い女が入ってくる。
「ああ、やっぱりここにいたか。忠犬も度が過ぎると駄犬だねぇ」
薄ら笑いを浮かべた顔からはその女の感情は読めない。
しかし、こいつが何かを知っているのは確かだ。
「休んでから帰るように言ったけど聞かなくてね。余計な心配をかけさせてどうするんだか」
「まあ、元が『モモ』だから命の危機に対して、人間さんに会いたいってー帰巣本能が過剰反応したって所かね」
「何があった?」
「戦闘、闘争、抗争、紛争。早い話が、殺し合い」
そんな言葉を笑みのまま吐くその様に、改めてアヤカシの怖ろしさを呼び起こされる。
「まあ、無駄死にするような事は無いがね」
「死に損なわせるつもりも無いんだろ」
その返事はくぐもった笑い。
「まあ、この程度の傷なら死にはしないよ。すぐに目もさめる。傷跡が残るのが気になるのならこれを塗っておきな」
黒い女は袖から薬瓶を取り出す。
「河童特製の傷薬だ。くれぐれも変な所に塗るなよ?」
それを言い残すと、黒い女は影に溶けて消えていった。
「ご主人……?」
「ここにいるよ」
あの女の言ったとおり、モモはすぐに目を覚ました。
「ごめんなさい」
返事をする代わりに、モモの髪をなでる。
フワフワだった毛も、幾分と毛並みが悪い。
「起きれるなら薬があるから、塗っておけ」
「うー……、ちょっと無理そうです。動けません」
「そうか、だったら遠慮なく濡らせて、いや塗らせてもらおう!」
「アレ、あれれ!? なんかしんみりした空気がしっぽりした空気に変わってませんか!?」
「フハハー! スキンシップは大事だからな! 直訳するとお肌の触れ合い、つまりエロス!」
「今気がつきましたが、モモは今裸ですよ!? 乙女のヴェールがひん剥かれてます!!」
「傷を確認しないといけないからな! モモの為にと思って仕方なく」
「モモは今、命の危機以上のものをご主人から感じてます!」
「つり橋効果だ、つまりそれは愛!!」
「絶対にちがーう」
そんなやり取りをしながら、優しく薬をモモの傷に塗りこんでいく。
流石は河童の謹製だけあって、傷は見る間に消えていった。
腕から背中に。爪先から太ももへと薬を塗った指が滑る。
最初の方こそ痛みに悲鳴を上げていたモモも、いつしかそれがくすぐったいと嬌声をこらえる始末。
お腹から胸元へと指が進む。
「そこは、……優しくしてくださいね」
艶っぽい囁き。
返事をする代わりに、軽く叩く。
「残念、薬は終了だ」
「そうですか、残念です」
くすぐったい笑い声で、ようやく緊張が解けた気がした。
モモを布団に寝かせてゆっくり休むように言い聞かせる。
「手、つないで欲しいです」
「元気になったらな」
「じゃあ、すぐに元気になりますね」
「ああ、楽しみにしてるよ」
モモの微かな寝息を確認すると張り詰めていたモノが切れたのか、震えが止まらなくなった。
今日のようなことが続けば、またモモを失うのではないか。
喪失の恐怖が全身に絡みつき、心臓が締め付けられる。
ため息も千切れる程に不快な記憶が暴れまわる。
出会いとは、別れの始まり。
「だから、飼うのは嫌なんだよ……っ」
その独白は闇に静かに飲まれていった。




