犬娘拾いました。
春のまだ冷たい雨がしとしとと降り注ぐ。
天を仰げば、灰色の分厚い雲。
「この調子だと、今日は晴れないな」
そんな事を思いながら、人通りの少ない路地を歩く。
「わん」
突然の鳴き声。
といっても、元気のない挨拶程度の大きさだ。
「わんっ」
もう一声。
嫌な予感がひしひしと伝わってくる。
昔から動物は苦手なんだ。
特に犬猫の類とは関わりたくない。
「わぅん」
それが特に小さかったりすると最悪といってもいい。
転げまわってじゃれ付いて来るふかふかの毛むくじゃら。
あれは、まさしく悪夢だ。
「わっ……ぷし」
それがこの冷たい雨でグチョグチョに塗れて風邪でもひこうものなら、最低の最悪だ。
「わっくしゅん」
ひときわ大きなクシャミ。
「だからって、それを見捨てるのは、人でなしだろ」
俺は意を決して鳴き声の方に目をやる。
見つけたそれはまさに意外としか言いようのないものだった。
犬娘拾いました。
「で、お前なんだ?」
「何って、見ての通りですけど」
見つけたそれは、今は俺の部屋で毛布に包まって、温めたミルクをすすっている。
それの変わったところは、存在すべて。
「耳」
指差すと、ピコピコと器用に動いて答えたそれは、頭の上に付いている。
「ケモミミってやつですよ?」
「尻尾」
それはぶんぶんと勢いよく振って答える。
「自慢の一振りです」
「……お前犬か?」
「酷いっ、まさか猫なんかと混同されるなんて!」
口調の割には、ぜんぜん気にしてない表情だ。
「あやかし」
それが、不意につぶやいた。
「一般的には、そう呼ばれてる類のものです」
あやかしとは、いわゆる妖怪変化の類を大雑把にまとめた呼称だ。
その中には、奉られている神様や、UFOやUMA等の都市伝説の類までも含まれる。
「噂には聞いたことはあるが、本物は初めて見る」
あやかし自体、友達の友達しか見たことのない類の話だと思っていた。
実際、今まで見たことは無い。
「それは、見えないようにしているか、見ないようにしているかのどちらかですよ」
「そんなもんか」
その時、風呂のタイマーが鳴る。
「風呂、沸いたぞ。とっとと入れ」
「ああ、お風呂はあんまり好きじゃないんですけど」
「俺はずぶ濡れの女の子を放置する趣味は無いんだ」
そう、このあやかしを自称するのは女の子、それもかなりかわいい類の!
塗れたブラウスからうっすらすける体のラインはほっそりした中に少女独特のやわらかさを備え、
胸は発展途上ながら将来の展望が大いに期待できる。
「なるほど、塗れた女の子をシカンするのが趣味、と」
おれはそいつを問答無用で風呂場に叩き込んだ。
無論、ドアは閉めている。
神に誓って覗く気は無い。
本当だ。
「湯加減はどうだ?」
「ちょっと熱めですー」
しばらく経ってから声をかけると、若干間延びした返事が返ってきた。
「のぼせない内に出てこいよ」
そういってから、あいつの着替えが無いことに気が付く。
まさか塗れた服をまた着せるわけにもいかないし。
……こいつで我慢してもらうか。
「で、裸ワイシャツですか? いい趣味をしていますね」
うん、趣味と興味が脳内議会で圧倒的優勢だったのは認める。
「だが、あえて一言言わせてくれ。 似合ってるぞ!」
「わーい、全然うれしくないけどありがとー」
閑話休題
「それで話を戻すが、あやかしが何で捨て犬よろしくダンボールの中で鳴いてたんだ?」
「捨て犬でしたから」
それはあっさりと返ってきた。
「酷いですよね、人間て。勝手な都合で飼い始めて、都合が悪くなったらはい、さようなら」
「……まあ、そういう奴もいるな」
否定はできないが、全ての人間がそうとは思って欲しくない。
「人化しても、ろくに見てくれない人たちばかり」
「そのうち雨まで降ってきて、もうどうなることかと思っていた所を、あなたに拾われました」
「拾うって……。まあ、そうなるよなぁ」
「ちなみに、行くあてはありませんよ」
先手を打たれた。
「室内犬でしたので、このアパートでも十分です」
「ここ、ペット禁止」
「ならば同居人という事で」
「それは色々と困る」
主に俺の理性が。
「犬は猫と違って恩を忘れません。つまり、追い出すと7代祟ります」
「カッコいいポーズで言ってるが、それは恩じゃねえ! お前は猫か!」
だが、しかし。
俺は見た。
見てしまった。
そいつの目を。
目は口ほどにものを言う。
目を見れば分かる。
そんな言葉は色々あるが、そいつの目に浮かぶのは、紛れも無い恐怖。
再び捨てられる事を思っているのか。
それは捨てられても、なお人間を、俺を信じようとする気持ちの裏返し。
畜生、ここでその思いを裏切れるかよ。
「恩返しは期待できるんだろうな」
その言葉に答えるのは涙。
「はいっ、体で返します!」
「感動的な場面が台無しだ!」
「え、ちゃんと働くって意味ですよ? なにか変な想像してませんかー?」
「くそっ、何故か上から目線で見られてるが言い返せないっ」
「そうだ、名前。まだ聞いていなかったよな」
今更ながら、まったく今更ながらその事に気が付く。
あやかしと初遭遇した挙句、異性を自宅の風呂にまで入れていたのだから、
それに比べたら名前など些細なこと……だよな?
その答えは、沈黙。
しばしの重い間をとって、そいつは口を開いた。
「無い、です」
「私を捨てた人間がつけた名前でしたら、捨てられた時に、捨てました」
「……ですから、私に名前をください」
俺をまっすぐと見つめて来るそいつの瞳が、ふと記憶の片隅を刺激した。
「そうだな、だったらお前の名前は……」
しばらく続きます。
よろしければお付き合いください。




