私の道、彼の道。
「もう! びっくりするじゃない。ジェダこそどうしたの?」
驚きに心臓をバクバクさせながらジェダイトを振り仰ぐ。危なくマカロンを取り落すところだったが、そこは頑張って阻止できた。
「いや? 家に帰ろうとしてたらマダム・ジュエルからお前が出てくるとこが見えたからさぁ。そのまま家を素通りするからついてきてみた」
いたって普通な表情で答えるジェダイト。そのまま「よっ」とルビーの横に腰を下ろす。そしてルビーが両手を皿にして、落下から守り抜いた食べかけのマカロンを見つけると、
「あ! 美味そうなマカロン見っけ!」
嬉しそうに破顔してひょいっと摘んで口に放り込んでしまった。
「ああっ! 私の幸せのマカロン!」
「は? 幸せのマカロン? ナニソレ」
呆然とジェダイトの口元を見つめるルビー。そしてルビーの口走った言葉にキョトンとなるジェダイト。
「せっかくリリィお姉ちゃんに分けてもらったのに……。ジェダなんて嫌い。あっち行って」
せっかく幸せな気分になっていたのにこの男のせいで台無しになってしまい、またへこんだ気分に戻ってしまった。涙目でジェダイトを睨む。
「え? うそ、わりぃ!! 今買ってきてやるから!」
しゅんとなったルビーに慌てたジェダイトは、あたふたと立ち上がって駆けて行った。
あまりの慌ただしさに、マカロンのくやしさをしばし忘れて呆然となるルビー。遠ざかっていく背中をただただ見守るしかなかった。
「……なんだったのよ?」
私をへこませに来ただけか? やつは。そういえばさっき隣のクラスの子と話してたよね? もう終わったのかしら?……って、まあいいや。
考えるだけ無駄に思い、元の物思いに耽る。
パン屋を手伝うのはやぶさかでないのだが、いかんせん世間での見聞は広がらない。
メイドをするにも伝手がない。
パティスリーで修行して、それを実家のパン屋で活かすか、自分で店を出すのもいいかもしれない。
「今は菓子職人が一番有力かなぁ」
キラキラ光る水面を見つめて、自分の考えをまとめる。
修行するならマダム・ジュエルでさせてもらえたらうれしいなぁ、と漠然と考える。
王都にも色々パティスリーはあるが、マダムのところは老舗だし、アウイン侯爵家やタンザナイト伯爵家など、貴族が御用達にするほど腕前も確か。
「早いうちに一度マダムとだんなさんにそうだんしてみるか」
自分の中で何とか納得のいく結論に達したルビーは、もう一つ、紙袋に入れてあったマドレーヌを取り出して頬張る。
「うん、マドレーヌもやっぱり美味しい。うう、マカロン~~~!!」
一段落ついて、先程のくやしさがぶり返してきたルビー。「おのれジェダ! マカロンの恨みはらさでおくべきか!!」と、焼き菓子が入っていた紙袋をクシャリと握りつぶす。
その時、
「だから悪かったって。ほら、マカロン。マッチャはもうなかったからこれで我慢しろ」
そう言って、ポンッと小ぶりの紙袋が頭に乗せられた。
また振り仰ぐと、ジェダイトの苦笑にぶつかった。
「ほんとに買ってきたの?」
頭に乗せられた袋をそっと手に取り開けると、きれいなマカロンが二つ。イチゴとショコラ。
「ああ。リリィさんに笑われたよ」
そう言って再び横に腰掛けてきた。
「ふうん。でも、ありがと。いただくわ」
本来食い物の恨みは恐ろしいのだが、今回はこれで許すことにしたルビー。微笑み付きでお礼を言うと、ちょっと浮上した気分でマカロンを食べようとしたが、じっとこちらを見つめるジェダイトの瞳に動きが止まる。
「……わけっこしよっか?」
「いや、いいよ」
そういって目を細めるジェダイトだったけど、ガン見されてる中で食べる勇気のないルビーは、割れてしまわないようにそっと気を付けて半分にすると、一つを彼に渡した。
「ありがと」
そう言うと、またポイッと口に放り込んでしまった。
「あーあ。なんでもっと味わわないのかしら。勿体ない」
呆れて彼の顔を見つめてしまったルビー。
「どう食べたって美味いモンは美味いんだって」
っそう言ってニカっと笑い、悪びれる風もないジェダイト。
「わかってないなぁ。ま、いいけど」
そう言って自分の分を味わうルビー。
なんだかんだと言いながらも、もう一つのマカロンも半分こして食べた。
「で、ここでぼんやりしようとしてた訳は?」
マカロンを食べ、ルビーが持っていたお茶を飲んだ後、おもむろにジェダイトが切り出した。
「あ~。これからについてね。進路、どうしようかなぁって思ってて」
あまりにさりげなく切り出されてしまったので、思わず本音をこぼしてしまったルビー。
ぐはっ!! しまった! ジェダに相談するつもりなんてこれっぽっちもなかったのに!
慌てて口元を押さえるが、言葉に出てしまったものは回収することなどできない。
「進路? ルビーはパン屋の手伝いすんじゃねーの?」
ジェダイトは不思議そうな顔をして聞いてくる。
「うん。どうしようかなぁって考えてるとこなの。他にもやりたいことあるし……」
言ってしまったものは仕方ない。しぶしぶ白状するルビー。
「へえ。そうか」
「ジェダはどうするの? 鍛冶屋を手伝うの?」
これ以上突っ込まれても困るので、話題をジェダイトの方に振る。
「オレも迷い中。ジル兄みたいに騎士になるのもいいかと思ってきてる」
そう言って、両手を後ろにつき顔を空に向け天を仰ぐジェダイト。
「ジル兄ちゃん、素敵だものねえ!!」
思わずうっとり微笑んでしまうルビー。反対にむすっとした顔になるジェダイト。
「……まあ」
どことなく不機嫌な受け答えをする彼に気付きもしないルビーは、
「そっかぁ。騎士様なら家柄も関係ないし実力世界だからやりがいはあるね。ジェダも剣の腕は凄いから、すぐにジル兄ちゃんみたいになれるよ!」
「まあな……」
「ジル兄ちゃんが第1小隊長で、ジェダが第2小隊長っていうのも夢じゃないよ」
「……」
「あ、いや待って、ジル兄ちゃんならもっと出世しちゃうわね? 団長はサファイル様だからさすがに無理ね。じゃあ副団長?」
とうとう無言になるジェダイトお構いなしに「ジル兄ちゃん」を連発するルビー。そんな彼女の様子を横目に見てからひとつため息を落とすと、
「騎士になるには騎士学校に入らなきゃなんねえしなぁ」
ポツリとこぼしたジェダイトの言葉に、ルビーはピタリと言葉を止めた。
そうだ。騎士様になるには騎士学校に入って、寄宿舎生活になるんだ。
ジルコニスが騎士学校に入り寄宿舎に行くと決まった時、ルビーは大泣きした。寄宿舎に入るとなかなか里帰りしてくることはできないから、滅多に会うことができなくなるからだ。まだ7歳だったルビーにはそれが悲しくて悲しくて仕方なかった。
でもその時はジェダイトがずっと傍にいて慰めてくれたから、すぐに立ち直ることはできたのだが。
今度はそのジェダイトがいなくなってしまう。
そのことに少なからずショックを受けるルビーだった。