彼は友達(おさななじみ)
アンバー王国は今日も平和です☆
ここはアンバー王国の王都ディアモンド。
賢帝の誉れ高い国王シャルルの統治のもと、安全で安定した平和を謳歌している。
王城から少し下った街の中心部に噴水大広場といわれているところがある。すべての道がここから蜘蛛手に分かれていくので、待ち合わせにも最適、人通りも多いので、店もここに集まり年中賑わっている。
王城とは反対方向、大広場を南西に下ったところに庶民の学校がある。
国立教養学校。ここは10歳から15歳になる庶民の子供達が通っている。
ちなみに貴族の子女は、上級貴族(公・侯)はおもに家庭教師、中級・下級貴族(伯・子・男)は王立学院に通う。
16歳で成人とみなすアンバー王国では、学校を出ると同時に何らかの職に就くのが一般的。家業を継ぐ者、貴族邸の下男下女になるもの、騎士になるもの、商人になるもの、様々である。
卒業する3月まであと半年。
まだ夏の名残の生ぬるい風が吹き抜けていく中で、ルビーはぼんやりと自分の将来を考える。
ルビーの家はブーランジュリ、パン屋を営んでいる。
ルビーは長女なので、妥当な線で行くと家業を手伝うことになる。弟もいるので、彼が家を継ぐということになるだろうけれど。
しかしルビーは迷っていた。
今のところ自分の中の選択肢は3つ。パン職人か菓子職人かメイド。
パン職人ならば、そのまま家で手伝うだけ。
菓子職人ならば、どこかパティスリーで修行させてもらう。
メイドはちょっと憧れ。侍女になるにはパン屋の娘では身分が足りなさすぎるが、メイドで実績をつくれば、上手くすれば侍女にもなれる。王城のメイドはさすがに無理というものだが、どこか貴族様のお屋敷に奉公に行ければ行儀見習いにもなるし一石二鳥だ。
「ああ、決めかねるなぁ」
一人ごちながら学校の正門を抜ける。揺れる紺色のふわりとしたワンピースの裾を眺めて溜息ひとつ。普段なら友達とあれこれと話しながらどうしよう、ああしようと言い合えるのだが、今日はいつも一緒にいる友達が進路のことで先生に相談するというのでルビーが一人先に下校することになったのだ。
誰もがみんな、今は迷いの中でもがいている最中だった。
「貴族様のお姫様ならばこんな悩みなんてなかっただろうになぁ」
スカートの裾から一転、今度は空を見上げて無い物ねだりをする。
見上げた夏の終わりの空はどこまでも高く澄んでいた。
現実に戻るべく進む方向に視線を向けると、正門横の、ちょうど陰になっていて道からは見えにくくなっているところに人影が見えた。こんなところに人? と思いながら通り過ぎようとしたところ、ちらりと見えたそれはよく見知った顔だった。
ジェダイト――隣の家の鍛冶屋の三男。ありていに言えば幼馴染だ。
すらりとした身体に整った顔立ち。
勉強の成績は普通だが、運動神経のよさとその顔立ちとで女生徒からかなり人気がある。
幼馴染だからといってあまり親しくしているとやっかまれるので、極力接触は避けている。面倒事はごめんなので。今もまあ人目に付きにくい正門横の木陰に立っているが、横にはルビーの隣のクラスの女子が一緒にいる。
おお、こんなところで告白ですか? 大胆ですな~。人目にはつきにくいけど見えないこともないからなぁ。幸運を祈ってるよ。
どうでもいいことなので全く気付いていないふりをしてやり過ごし、帰途を急ぐ。学校から家までは真っ直ぐの道で、10分ほどの距離。さほど重くもないカバンを抱えなおしてサクサクと歩く。
しかしジェダイトはモテる。彼の祖父は今でこそのほほんと王城の庭師をしているが、伝説の騎士オニキス。そのオニキス爺に、小さい頃から隣の3兄弟は剣術を叩き込まれていたので、15歳のジェダイトでさえすでに一流の腕っぷし。ちなみに長男は近衛騎士隊の第一小隊長になっている。腕っぷしや家族のことを自慢したりしないし、基本的に優しいし、何より整った顔立ち。女子が騒がないはずがない。ルビー的には長男のジルコニスの方が好みだけれど。歳も離れているし女の子がいなかったのもあって、隣の兄弟はルビーをかわいがってくれた。ちなみにルビーは弟と二人姉弟だ。
ルビーは優しくてかっこよくて強いジルコニスが大好きだった。隣の長男次男のせいですっかりブラザーコンプレックスだと自覚する。
ジェダイトに関しては、小さい頃は仲も良かったのだが、大きくなるにつれて実害が出てきたので(周りの嫉妬など)、やや距離をとっている。だが、そこはやはり幼馴染。兄弟のようにということで愛情はある。限りなく家族愛に近い。
ああ、ジェダのことを考えてる余裕なんてないのよ。自分の将来よ、目先の就職よ。いつも見慣れた告白シーンなんてどうでもいいわっ!
ぶんぶんと頭を振って現実逃避する頭を冷やす。
そのまま真っ直ぐに家に帰る気にもなれず、大広場に面しているパティスリー・マダム・ジュエルに寄っておやつを買い、家を素通りして隣のジェダイトの家の隣を流れる川のほとりに行こうと考えた。
カラン
店の入り口扉に取り付けられたベルが鳴る。
「いらっしゃいませ! あら、ルビー。もう学校はおしまい?」
ショウケースの向こうでにっこりと微笑みながら声をかけてくれたのは、ここの看板娘のリリィ。今日もアメジストの瞳はキラキラと輝いていて楽しそうだ。
ルビーはここでリリィに出会ってからすっかり彼女のファンだ。かわいくて優しくて。こんなお姉ちゃんが欲しかったなぁ、と会う度に思ってしまう。
「うん! ちょっとお腹が減っちゃったからおやつを買って帰ろうかなって思ったの。焼き菓子が欲しいんだけど、お姉ちゃんのお勧めはなあに?」
ショウケースを覗き込みながら、リリィのかわいらしい微笑みにつられて自分も笑顔になる。この微笑みにはいつも癒されるルビー。
「そうねぇ、いつもすぐに売り切れちゃうマカロン・マッチャかな? 特別にお取り置きしてたの。ルビーのためなら分けちゃうわ!」
ルビーと一緒にショウケースを覗き込んでいたリリィだが、先に体を起こし、ウインクしていたずらっぽく笑う。
「ええ? いいの? ディーさんがっかりしない?」
ディーさんというのはリリィの旦那様で、仕事帰りに彼女を迎えに来がてら毎日ここでお茶をしていく人だ。銀縁眼鏡のクールな美形。とても似合いの二人だなぁと常々ルビーは思っていた。傍目に見るだけでもディーのリリィに対するまぶしいほどの愛情が伝わってくるから。
「大丈夫よ。ルビーにだったらディーだって納得するわ!」
輝かんばかりの笑顔で言い切るリリィ。
「わぁ! ありがとう! じゃあそれを一つと、マドレーヌを一つでお願いします」
リリィの幸せを分けてもらったような気分になって、入ってきた時よりも足取り軽くパティスリーを後にしたルビーだった。
その足で家を素通りして川の土手に向かう。
川はきれいに治水されていて、両岸の土手は昼寝によし、妄想によし、落ち込むによし、いちゃつくによし等々……という、庶民のいこいスポットになっている。
「よいしょ」
土手にハンカチを敷き、丁寧にスカートの裾が皺にならないように気を付けながらその上に座り込む。
夏の名残の午後の陽光を跳ね返す水面は、キラキラと穏やかだった。
この場所は、この国の筆頭貴族トパーズ公爵家の広大な敷地に隣接しているためにあまり人もおらず穴場スポット。静かだし、トパーズ家の警護兵も見えているので安全で、ルビーのお気に入りだ。
土手に腰かけるや否や、カバンの中から焼き菓子を入れてもらった袋を取り出す。袋の中から、リリィの幸せのおすそ分けともいえそうなマカロンを取り出すと、そっと一口かじる。
「マカロン、おいしー」
やはり売れ筋。絶品だ。自然と笑みがこぼれる。口いっぱいに広がる甘みと苦みに幸せを感じる。
「うん、目先の悩み事なんて吹っ飛んでしまいそうだわ」
ひとり言を言い、一人でクスクス笑う。
「何一人で笑ってんだよ。大丈夫かぁ?」
突然後ろから声をかけられた。
びっくりして振り向くと、逆光に浮かぶジェダイトがいた。
王道幼馴染モノを書いてみたくなりました(^^;)
よろしくお願いします!




