第9話 幼き領主の覚悟
皇帝モーリスアドルフとの謁見から数日後。
グランテ領の執務室では、セレスティア女伯と夫のグラン、そして長女レスティーナが机を囲んでいた。
窓の外には、整然と区画された街並みが広がっている。
石畳の道路、整備された上下水道、煙を上げる工房、そして学校へ向かう子供達。
それら全ては――
**まだ十歳にも満たない少女の発案**から始まったものだった。
「――という訳で、男爵位を二つ頂けることになった」
父グランが静かに言った。
レスティーナは紅茶を一口飲み、淡々と答える。
「妥当な落とし所ですね」
まるで大人の官僚のような落ち着きである。
グランは苦笑した。
「お前はもう少し驚いてもいいと思うぞ?」
「驚く理由がありませんもの」
レスティーナは肩をすくめる。
「侯爵に陞爵すれば社交が増えますし、魔の森の開拓は避けられません」
「でしたら、**爵位を分散した方が効率的**です」
完全に経営者の思考だった。
セレスティアは静かに娘を見つめている。
この子は幼い頃からこうだった。
物事を感情ではなく**構造**で見る。
それが恐ろしいほど正確なのだ。
「それで?」
レスティーナは机の上に紙を広げた。
「魔の森の件ですが」
そこには既に地図が描かれていた。
グランは目を見開く。
「もう調べていたのか?」
「はい」
レスティーナはさらりと言う。
「ググル先生」
〈はい、マスター〉
彼女の頭の中に静かな声が響く。
もちろんこの声は誰にも聞こえない。
「魔の森の地形情報を再表示」
〈展開します〉
レスティーナの視界に、魔の森の詳細な地形図が浮かび上がる。
この世界には存在しない精度の情報だった。
それは彼女の恩恵――
**検索知識補助存在《ググル先生》**によるものだった。
(本当に便利よね)
レスティーナは心の中で呟く。
「魔の森は危険な場所だぞ」
グランが言った。
「魔物も多い」
レスティーナはうなずく。
「ですので」
彼女は紙に円を描いた。
「**都市を作ります**」
沈黙が落ちた。
「……都市?」
セレスティアが聞き返す。
「はい」
レスティーナは当たり前のように答える。
「森を切り開くのではなく」
「**森の中に都市を建てます**」
グランは思わず吹き出した。
「普通は逆だろう」
「ええ」
レスティーナは微笑む。
「ですが普通の方法では百年かかります」
彼女は地図を指差した。
「まず**街道**を作ります」
「次に**防壁都市**を三つ」
「最後に中央都市」
それはまるで軍事作戦のようだった。
「防壁都市?」
セレスティアが尋ねる。
「はい」
レスティーナは言う。
「壁で囲んだ都市です」
「そこに兵士と職人と農民を住まわせます」
「農民?」
「ええ」
レスティーナは笑った。
「魔の森の土壌はとても豊かです」
「魔力が濃いですから」
「**薬草栽培に最適**です」
グランは目を細めた。
「……薬草都市か」
「それだけではありません」
レスティーナは続ける。
「魔物素材」
「薬草」
「木材」
「**資源の宝庫**です」
そして静かに言った。
「魔の森は危険です」
「だから誰も開拓しない」
「つまり」
「**独占できます**」
部屋が静まり返った。
セレスティアはゆっくりと息を吐く。
「……あなたは本当に十歳?」
レスティーナはにっこり笑う。
「まだ九歳ですわ」
グランは頭を抱えた。
「末恐ろしいな」
レスティーナは気にせず続ける。
「それと」
「男爵領の場所ですが」
「ここにします」
指差した場所を見て、セレスティアの目が細くなった。
「……そこは」
「はい」
レスティーナは静かに言う。
「**スー公爵領の隣です**」
グランが吹き出した。
「お前……」
レスティーナはにこりと笑う。
「だって父様」
「盗人は**隣で成功されるのが一番悔しい**でしょう?」
セレスティアは思わず笑った。
「ふふ……」
「本当に」
「私の娘ね」
その頃――王都では。
スー公爵家が。
**没落の入口**に立っている事を。
まだ誰も知らなかった。




