第85話 帝都の焦燥
私は机の前で深く息を吐いた。
「まさか……こんなことになるなんて」
帝都商会から届いた最新報告書を開く。北方領のレスティーナ――あの若き領主が仕掛けた都市運営の施策は、完全無欠だった。私の情報操作も商会戦略も、すべて空回り。むしろ、北方領の評判は高まり、帝都の貴族たちの間ではレスティーナの名声がさらに上がっていた。
「くっ……」
私、リリア・フェルミナは、元は平民だった。家も、コネも、権力も何もない少女だった。
それが、帝都の男爵家に引き取られ、令嬢としての地位を与えられた。
男爵家の力で商会に参加することも可能になったが、根本の能力はまだ未熟。
元は平民である私は、社交界での振る舞い、策略、情報操作――すべてを身につけなければ、令嬢として認められない。
そして、北方領のレスティーナ――たった数年で都市を完全に作り上げた才覚ある少女の存在は、私にとって圧倒的な壁だった。
「誰も私の努力を認めてくれない……!」
悔しさと焦燥感が胸の奥から沸き上がる。
机の前に広げた書類は、これまで帝都で築いてきた商会戦略や情報操作の計画だ。
だが、それを見れば見るほど、北方領の現実が手に余るものに思える。
北方領の都市は、人口一万以上。市場は活気づき、商業施設は稼働し、物流も整備され、教育も行き届いている。
市民は信頼を持ち、日々の生活は安定している――
そんな鉄壁の基盤に、私の策略が届くはずもなかった。
「なら、別の角度から……」
深く息を吸い込み、私は筆を取り直す。
北方領を直接揺さぶることはできない。情報を操作して噂を流すことも、都市の成長には届かない。
ならば、帝都での影響力を取り戻すしかない。
男爵家の書斎にこもり、机の上に並べた報告書と資料をじっと眺める。
平民として育った私は、貴族としての社交術を学んでいる最中。
嘘の笑顔、微妙な態度、巧みな言葉遣い――すべてを駆使しなければ、帝都で生き残れない。
でも、レスティーナは北方領で都市を完全に掌握し、実績も積み上げている。
「くっ……どうして……」
悔しさに髪を乱し、机に頭を伏せる。
北方領の発展の前に、私の商会戦略は小石のように砕け散った。
元平民の私には、権力も経験もない。背伸びしても届かない、遠い存在。
だが、ここで諦めてはいけない。
男爵家に引き取られたことで、帝都での舞台が与えられた。
北方領の実績には触れられなくても、帝都での評判操作は可能だ。
「新しい商会、新しい策略……帝都で私の存在を示してみせる」
夜、ランプの明かりの下、私は次の計画を書き連ねる。
北方領の都市基盤には届かない。だが、帝都の貴族社会における私の地位、男爵家の力、商会戦略――これを駆使すれば、まだ逆転は可能かもしれない。
心の奥で、敗北感と焦燥が渦巻く。
だがそれと同時に、闘志が燃え上がる。元平民として育った私には、負け続けてきた歴史がある。
だが、今回も諦めるわけにはいかない――
帝都の街並みを窓越しに見つめる。
北方領の成長は手の届かない壁かもしれない。
しかし、帝都の舞台は私の手の中にある。
この場で、私は必ず存在を示す――誰にも負けない令嬢として。
焦燥の中で筆を握り、私は新たな策略を練る。
北方領を直接攻めることはできない。だが帝都での影響力を確立すれば、北方領のレスティーナにも、いつか揺さぶりをかけられるかもしれない。
夜の帝都を背に、リリア・フェルミナの挑戦は、新たな局面を迎えようとしていた。




