第76話 悪役令嬢の焦燥
夜の帳が帝都の街に降りる頃、私は自室で一日の売上帳を眺めていた。
十三歳の身でありながら、商会の経営に全てを注ぎ込んだ結果、今日の売上は前回の二倍を超えていた。
店の外からはまだ子供たちの声がかすかに聞こえる。母親たちは手に抱えた商品を誇らしげに抱えて家路につく。
(これで私の商会がどれほどの力を持っているか、みんなに示せたわね)
私は机の上に置かれた金貨の山を指でなぞり、満足げに頷いた。
今夜は静かに眠れる――そう思った瞬間、胸の奥で微かな焦燥が芽生えた。
(でも……レスティーナが北方領でどれほどの都市を作っているか、私にはわからない)
レスティーナ・フォン・グランテ――北方領の小さな町で、わずか数年で都市の基盤を築き上げた少女。
同じ十三歳でありながら、彼女の成功は私の想像を超えているらしい。
帝都の噂や商人たちの口ぶりから察するに、単なる土地の開発だけではなく、物流、働き手の管理、商業施設の運営まで手掛けているという。
(私の商会の規模なんて、きっと霞んで見えるんじゃないかしら……)
小さな不安が心を満たす。私は今まで何度も商会を立ち上げては失敗してきた。
十三歳にして数えきれないほどの挑戦と挫折を経験してきた私だからこそ、成功した今の喜びは大きい。
だが同時に、北方の少女の噂は、私に冷たい現実を突きつけてくる。
(まさか、あの北方領の少女、帝都の商人たちをも動かしているの?)
私の心は少しざわついた。
帳簿を閉じ、窓の外に目をやる。帝都の街灯が石畳に反射して揺れている。
通りを歩く人々の流れを想像すると、私の商会がどれほど影響力を持っているのか、逆に小さく思えてくる。
(でも……私だって負けない)
十三歳のメアリー・スーは、悪役令嬢と呼ばれても構わない。私は、自分の努力でここまで来たのだ。
今日の成果は確かに誇れる。店の売上、従業員の働きぶり、街の反応――すべて私の手腕の証明だ。
明日も計画を進めよう。新しい商品、特別イベント、子供向けの遊戯品――どれも帝都の人々の好奇心を刺激し、私の商会をさらに広げることができる。
(でも……レスティーナのことが頭から離れない)
噂によれば、彼女の都市はすでに北方領で生活の基盤を整え、働き手を効率的に管理しているらしい。
しかも、十三歳にしてその成果を上皇帝や帝国商人たちに認めさせたというのだ。
もし私の商会が彼女の領地と直接競うことになったら――
想像するだけで心臓が早鐘を打った。
十三歳にして、こんなにも焦燥感を覚えるとは思わなかった。
だが、それは私にとって好都合でもある。
(焦りは力になる――私にはまだ経験がある。何度も失敗して学んだ知識と計算力がある)
私は小さく笑った。
北方の少女がどれほど優れていようとも、私の帝都商会は独自の戦略で人々を惹きつける。
人の心理、流通、街の景観――あらゆる要素を計算し尽くしているのは私なのだ。
翌朝、商会を開くと、街の人々が次々と訪れた。
子供たちは新作の玩具に目を輝かせ、母親たちは手作り菓子の香りに誘われて店に入る。
十三歳の私が作り上げた計画通りに、街は活気づき、商会の利益は前日を超えた。
従者のエリザが報告する。
「メアリー様、本日の売上も順調です。街の人々も楽しそうに過ごしています」
私は微笑みながら、帳簿を眺めた。
数字が示す成功は、確かな手応えとなって胸に残る。
(レスティーナがどんなに北方領で力をつけていても、私には帝都という舞台がある)
十三歳の私の胸に、再び闘志が湧き上がる。
焦燥感はある。しかし、それは次の勝利への原動力となる。
私は北方の少女を意識しつつも、自分の手腕と計算力を信じて進むしかないのだ。
夜になり、帝都の街は静かになった。
私は自室の窓から、遠くに光る商会の灯を見つめる。
十三歳にして、帝都の舞台で確かな足跡を残したことを誇りに思う。
そして心の奥で、北方領の少女、レスティーナ・フォン・グランテの存在を改めて意識する。
(彼女もまた、私の競争相手――いや、私の前に立ちはだかる壁……)
しかし、私は十三歳の悪役令嬢。
経験と計算を駆使して、次なる勝利を確実に手に入れる――それが私の使命だ。
窓の外の灯りが揺れるたび、私の胸に再び決意が燃え上がった。
(レスティーナ、次は負けないわ――!)




