第6話 世界初の恋愛小説
**紙の革命**
メモワール商会を立ち上げて三年が経過した。
……振り返って思う。
私って、結構馬鹿だったのではないかしら。
だってそうでしょう?
貴族の淑女としての習い事――
舞踏、礼儀作法、音楽、語学、刺繍、歴史。
それだけでも毎日忙しいのに、そこへ**商会経営**まで追加してしまったのだ。
結果。
二年間の記憶が**ものすごく濃い**。
それでも――
「二号店のサンティマン、三号店のミニョンの売上も順調ね……」
帳簿を閉じながら呟く。
「四号店でも出そうかしら?」
すると、後ろに控えていたジェイが反応した。
「四号店ですか?」
「ええ」
私は紅茶を一口飲む。
「今度は雑貨屋兼本屋さんにしたいと思って」
その瞬間、ジェイの眉がぴくりと動いた。
「……本ですか」
案の定、疑問顔である。
「本は高級品ですし、聖典を読むのは聖職者ぐらいですよ?」
つまり。
**儲からないのでは?**
ということだ。
私はにっこり笑った。
「羊皮紙で本を作るつもりはないわよ」
「この間、開発に成功した**植物紙**を使うの」
ジェイが思い出したように頷く。
「あぁ……お嬢様が植物から紙を作ると言って作られた……」
そう。
この世界で紙といえば**羊皮紙**。
つまり動物の皮だ。
高い。
とても高い。
だから本は貴族か教会しか持っていない。
でも。
私は**作ってしまった**のだ。
植物から紙を。
「紙なら安価だもの」
そう言って胸を張る。
……張るほどの胸はないけれど。
「あと、扱うのは聖典じゃなくてよ」
そして言い放った。
「**恋愛小説!**」
ジェイが固まった。
「……れんあいしょうせつ?」
あ、カタコト。
ちょっと可愛い。
「恋の物語よ!」
えっへんと胸を張る。
するとジェイが冷静に聞いてきた。
「誰が書くんですか?」
呆れた表情である。
失礼ね。
「もちろん、私に決まってるでしょう!!」
どや顔。
しかし。
「お嬢様に恋愛なんたらって書けるんですか?」
胡乱な視線。
うっ。
腹が立つ。
なので私は机の引き出しから原稿を取り出し――
そっとジェイに渡した。
「まあまあ、読んでみて頂戴」
恋愛小説は前世の乙女ゲームの設定を丸ごと借りた。
冒険譚は漫画で読んだ名作の書き起こし。
つまり。
**丸パクリ**である。
……まあいいじゃない。
異世界なんだから。
ジェイは読み始めた。
そして――
無言。
完全に夢中。
その間、私はメモ帳を取り出す。
「……活版印刷も必要よね」
手書きの本は高い。
庶民には手が届かない。
でも。
私は**薄利多売**がしたい。
だから必要なのだ。
**印刷技術**が。
識字率は低いけれど、物語は流行ると爆発する。
前世で学んだ知識がそう言っている。
私は活版印刷の仕組みをメモ帳にまとめ始めた。
後でジェイに清書してもらい、工房に依頼する。
もちろん。
**特許申請も忘れない。**
すると突然。
「お!お嬢様!!」
ジェイが叫んだ。
「これは売れます!!」
原稿を握りしめている。
「特にこの冒険譚!!素晴らしい!!」
おお。
評価高い。
そして聞いてきた。
「続きは?」
……。
「そ、そう……良かったわ」
私は目を逸らした。
「小説はそれで完結よ」
するとジェイが固まった。
そして。
**落ち込んだ。**
「じぇ、ジェイ?」
恐る恐る顔を覗く。
すると彼は真剣な顔で言った。
「……あまりにもカインが可哀そうで」
あ。
そっち?
「救済は無いのかと……」
脇役に感情移入していた。
まあ。
カインは最終章でヒーローを庇って死ぬキャラだし。
ヒロインとの恋を盛り上げる当て馬でもある。
うん。
**便利なキャラ**だったのよね。
「是非!すぐ売りましょう!!」
ジェイの瞳が完全に**金貨色**になっている。
「あー……」
私は咳払いした。
「活版印刷機を作ってから製本するのよ」
「かっぱ?」
「活版印刷」
説明してあげる。
「スタンプを大きくしてインクを付けて紙に印刷する方法よ」
「技術街の職人に声を掛けておいて」
さらに続ける。
「絵が上手な人も欲しいわね」
「有名じゃなくていいの」
「私の指示した絵を忠実に描いてくれる人」
「画力がそこそこあれば誰でもいいわ」
挿絵はガリ版印刷して彩色すればいい。
もちろん。
**これも特許申請。**
「早速、人員を手配します!!」
ジェイは勢いよく立ち上がり――
父の所へ走って行った。
……忙しいわね。
私は窓の外を眺める。
「紅茶も美味しいけど……」
ぽつりと呟く。
「コーヒーが飲みたくなってきたわねぇ」
この世界にはまだ無い。
でも。
どこかにあるはず。
「コーヒー豆でも探そうかしら?」
三ヶ月後。
王都は**本のブーム**に包まれていた。
活版印刷とガリ版印刷で作った本は、父と母の社交界ネットワークによって爆発的に広まった。
恋愛小説と冒険譚は貴族の間で大流行。
そして地方へ。
商人が持ち帰り、都市へ広がる。
つまり。
**社会現象**になった。
活版印刷、ガリ版印刷、専用インク。
特許料のおかげで――
私の財布は**うはうは**である。
ある日。
ジェイが聞いてきた。
「お嬢様、今度は何を書かれるんですか?」
最近。
彼は完全に**新作待ち読者**になっている。
「そうね」
私は考える。
「私に妹か弟が出来るのだし」
「絵本も良いわね」
そして言う。
「創世の絵本なら貴族に高く売りつけられるんじゃないかしら?」
ジェイの顔が露骨に落ち込んだ。
ああ。
冒険譚派だものね。
「まあまあ」
私は原画を渡した。
「読んで感想を聞かせて頂戴」
神話を元にした創世物語。
世界の誕生を描いた絵本だ。
ページをめくるジェイ。
読み終わる頃には頬がほんのり赤くなっていた。
「……聖典だからもっと退屈かと思っていましたが」
「面白いですね!!」
当然。
だってこれは――
創世神ガイアとウラノスの**恋愛冒険譚**だもの。
脚色?
もちろん**しまくり**よ。
「この本一冊で聖典の第三章まで分かると思うの」
聖典は二十四章。
その八分の一をまとめてある。
かなり親切設計だ。
でも問題がある。
「教会の承諾が必要ね」
面倒くさい。
本当に。
現代で言う**許諾**というやつだ。
するとジェイが言った。
「売上の一割を寄付すれば良いのでは?」
さらっと恐ろしい事を言う。
「それで納得するかしら?」
「教会は万年金欠ですから」
「収入源が増えるなら喜びますよ」
……。
つまり。
**金貨袋で殴れ**ということね。
「まあ、任せるわ」
私は肩をすくめた。
「元々これは弟か妹に読み聞かせる為に作った物だもの」
「ダメなら別の絵本にするわ」
そして。
三日後。
ジェイは教会から**出版許可**を勝ち取ってきた。
条件は二つ。
・聖典二十四章まで絵本化すること
・利益の一割を寄付すること
……。
うん。
やっぱり。
**金貨袋は万能**ね。




