第50話 静かな対立
帝都宮殿の庭園は、穏やかな春の陽射しに包まれていた。
噴水の水音が静かに響き、整えられた花壇では色とりどりの花が揺れている。
遠くからは小鳥の鳴き声も聞こえていた。
それだけ見れば、ただの優雅な茶会だ。
しかし実際には――
そこには静かな緊張が漂っていた。
レスティーナは椅子に座り、静かに紅茶を飲んでいた。
白いカップから立ち上る香りは上質な茶葉のものだ。
帝都でも高級品に分類される茶だろう。
だがレスティーナの意識は紅茶には向いていない。
彼女は周囲の人間の動きを観察していた。
第一王子アルヴェルト。
令嬢たち。
侍女。
近衛騎士。
そして――
メアリー・スーとリリア・フェルミナ。
(ググル先生)
『はい』
(今の状況を分析すると?)
『社交戦の初期段階と判断できます』
(社交戦ね)
レスティーナは心の中で苦笑した。
剣も魔法もない。
だがここでは言葉や印象が武器になる。
帝都貴族の社交界とは、そういう場所だ。
庭園では王子を中心に散策が続いていた。
令嬢たちはそれぞれ距離を保ちながら歩いている。
あまり露骨に近づけば下品。
離れすぎれば印象に残らない。
絶妙な距離を取る必要がある。
レスティーナは少し離れた位置を歩いていた。
目立ちすぎず、しかし存在は見える距離。
すると後ろから声が聞こえた。
「あなた、余裕ね」
振り向く。
メアリー・スーだった。
腕を組み、睨むように見ている。
「何が?」
レスティーナは落ち着いて聞き返す。
メアリーは言った。
「王子に目をかけられてるのに」
「平然としてる」
レスティーナは肩をすくめた。
「町づくりの話をしただけよ」
メアリーの眉が吊り上がる。
「それよ」
「田舎の町なんてどうでもいいのよ」
「大事なのは王子に選ばれること」
レスティーナは少し考えてから言った。
「あなたは王子と結婚したいの?」
メアリーは即答した。
「当然よ」
「私は特別な存在なんだから」
レスティーナは思った。
(転生者特有の自信ね)
前世知識。
物語的な自己認識。
自分が選ばれる運命だという確信。
だが現実の社会はそんなに単純ではない。
レスティーナは静かに言った。
「私は別に婚約者になりたいわけじゃないわ」
メアリーは驚いた顔をした。
「は?」
「でも招待されたから来ただけ」
「町づくりの話ができたなら十分よ」
メアリーの顔が赤くなる。
「……ふざけてるの?」
「皇后の座よ?」
レスティーナは首を傾げた。
「大変そうじゃない?」
メアリーは言葉を失った。
その時だった。
「お二人とも」
柔らかな声が聞こえる。
リリアだった。
相変わらず可愛らしい笑顔。
だがその目は冷静だった。
「喧嘩はよくないですよ?」
メアリーは苛立った声を出す。
「あなたは黙ってなさい」
リリアは悲しそうな顔をする。
「そんな……」
周囲の令嬢たちがまたざわめく。
レスティーナは思った。
(この子、本当に演技上手いわね)
リリアはレスティーナに向き直る。
「レスティーナさんって本当にすごいです」
「町を作るなんて」
レスティーナは淡々と答えた。
「まだ途中よ」
「人口六百くらい」
リリアは目を輝かせる。
「六百人!」
「すごい!」
その声に王子が振り向いた。
「何の話だ?」
リリアはすぐに笑顔で答える。
「レスティーナさんの町です!」
「人口六百もいるんですって!」
王子は興味深そうに言った。
「もうそんなに増えたのか」
レスティーナは頷く。
「逃亡農奴が流れてきたので」
「受け入れて開拓しています」
王子は少し驚いた顔をした。
「逃亡農奴?」
「はい」
「帝国内の領地から逃げてきた人たちです」
王子は少し考える。
「普通は返還要求が来るぞ」
「来てます」
レスティーナはあっさり答えた。
王子は笑った。
「それで?」
「定住させて農地を与えました」
「今は納税しています」
王子は感心したように言った。
「なるほど」
「逃亡農奴を領民化か」
周囲の貴族たちもざわめいた。
大胆な政策だ。
普通の貴族はやらない。
だが成功すれば人口は増える。
レスティーナは続けた。
「街道も整備しました」
「市場も作りました」
「学校も」
王子は笑った。
「やっぱり見てみたいな」
「その町」
そして言った。
「前に言っただろ?」
「発展したら視察に行くって」
周囲の令嬢たちがまたざわめく。
王子は本気で言っている。
レスティーナは軽く頭を下げた。
「その時には、もう少しまともな都市になっていると思います」
王子は満足そうに頷いた。
「楽しみにしてる」
それだけ言って歩いていく。
しかしその言葉は重かった。
皇子が視察に来る可能性。
それは帝国の注目を意味する。
レスティーナは小さく息を吐いた。
(ググル先生)
『はい』
(また目立ったわね)
『その可能性は高いです』
レスティーナは苦笑した。
一方――
メアリー・スーは震えていた。
(なんで……)
(なんであの子ばっかり……!)
リリアは笑顔を崩さない。
だが心の奥では別のことを考えていた。
(邪魔ね)
(あの子)
本来この物語の中心は自分。
王子が惹かれるのも自分。
なのに。
今、王子の興味はレスティーナに向いている。
それが気に入らない。
とても。
静かな庭園。
優雅な茶会。
しかしその裏では――
三人の転生者の思惑が、ゆっくりと衝突し始めていた。




