第23話 帝国都市誕生
人口五百を突破した翌朝。
魔の森の開拓都市は、これまでとは明らかに違う熱気に包まれていた。
夜明けと同時に、井戸の前には長い列ができている。水を汲む人、桶を運ぶ人、洗濯をする人。空き地では大工たちが木材を運び、新しい家を建て始めていた。城壁の内側は、まるで巨大な工事現場のようだった。
人が増えたことで、町は一気に変わった。
人がいる場所には、仕事が生まれる。
仕事が生まれれば、さらに人が集まる。
都市とはそういうものだ。
丘の上からその様子を見ていたレスティーナは、静かに息を吐いた。
「思ったより早かったわね」
隣に立つジェイが帳簿を閉じる。
「人口五百四人。正式に条件達成です」
レスティーナは頷いた。
帝国都市認定の最低条件。
**城壁と人口五百。**
その両方が揃った。
アルトが後ろから歩いてくる。帝国監察官である彼は、今日も朝から町の様子を観察していた。
「昨夜、報告書を書き終えました」
レスティーナが振り向く。
「早いわね」
「こういう都市は帝国でも珍しいですから」
アルトは城壁を見上げた。
太い丸太で組まれた四メートルの防壁。まだ新しい木の香りが残っている。
「正直に言いましょう」
レスティーナが少し笑う。
「また驚いた?」
「ええ」
アルトは頷いた。
「三日で城壁、五日で人口五百」
普通ならあり得ない速度だ。
だが、この都市ではそれが起きた。
レスティーナは森の奥を見た。
遠くに煙が上がっている。
スー公爵軍の野営地だ。
五百の兵はまだ丘の向こうで陣を張っている。
「帰らないのね」
ジェイが言った。
「都市認定された以上、攻撃できませんから」
アルトが補足する。
「帝国都市への攻撃は反逆罪です」
つまりスー公爵軍は、もう手出しができない。
それでも帰らない理由は一つ。
面子だ。
公爵軍が何もせず帰れば、完全な失敗になる。
レスティーナは肩をすくめた。
「好きにさせておけばいいわ」
その時だった。
城壁の上から見張りの声が響いた。
「人影!」
ジェイが振り向く。
森の奥。
また小さな影が動いている。
逃亡農奴だ。
レスティーナは小さく笑った。
「まだ来るのね」
ジェイが言う。
「噂が広がりきってますから」
ここに来れば助かる。
働けば住める。
兵は入ってこない。
そんな話が周囲の農村に広まっている。
レスティーナは城門へ向かった。
門の前には兵が立っている。
「開けて」
「開門!」
重い丸太の門がゆっくり開く。
逃げてきた人々が町へ入ってきた。
十人。
二十人。
そして三十人。
皆、疲れ果てた顔をしている。
その中の一人の男が膝をついた。
「助けてください……」
レスティーナは静かに言った。
「ここは帝国都市」
男が驚いた顔をする。
「都市……?」
「昨日、認定された」
男の目が見開かれる。
帝国都市。
それは農民にとって特別な意味を持つ。
貴族の領地ではない。
都市法が適用される場所。
つまり――
奴隷にはならない。
レスティーナは続けた。
「働くなら住める」
男は震える声で言った。
「本当に……?」
「ええ」
男の目から涙がこぼれた。
「ありがとうございます!」
周りの農民たちも次々と頭を下げる。
レスティーナは静かに頷いた。
そしてジェイに言う。
「人数」
ジェイが帳簿を見る。
「三十一人」
「人口は?」
「五百三十五」
レスティーナは小さく笑った。
「順調ね」
アルトがその様子を見ていた。
「止まりませんね」
「ええ」
レスティーナは森を見た。
その奥。
まだ人影がある。
逃げてくる人々だ。
レスティーナは言った。
「都市ってね」
ジェイが聞く。
「何ですか?」
「人が集まる場所」
建物でも城でもない。
人だ。
人が来て、住み、働く。
それが都市。
アルトが腕を組む。
「しかし」
レスティーナが振り向く。
「何?」
「問題もあります」
ジェイも頷いた。
「食料ですね」
人口が増えれば、食料も必要になる。
現在は備蓄がある。
だが、この流入が続けば足りなくなる。
レスティーナは空き地を見た。
「農地を増やす」
ジェイが言う。
「森を切り開くんですね」
「そう」
魔の森の外縁部はまだ手つかずだ。
そこを開拓すれば農地は増える。
レスティーナは続けた。
「あと市場」
アルトが興味深そうに聞く。
「市場?」
「商人を呼ぶ」
都市が生きるには交易が必要だ。
物が動き、人が動く。
それが経済になる。
ジェイが笑った。
「人口五百で次は商業ですか」
レスティーナは肩をすくめた。
「都市だから」
その時だった。
城壁の外から怒鳴り声が響いた。
「レスティーナ!」
スー公爵軍の使者だった。
アルトが静かに言う。
「ついに来ましたね」
レスティーナは門の外を見た。
使者は苛立った顔をしている。
当然だ。
五百人都市が完成してしまった。
公爵軍の包囲は完全な失敗だ。
レスティーナは門の前に立った。
「何かしら?」
使者が言う。
「公爵様がお会いしたいと」
レスティーナは少し考えた。
そして笑った。
「いいわ」
ジェイが驚く。
「会うんですか?」
「ええ」
レスティーナは言った。
「都市の領主として」
アルトが小さく笑った。
「立場が変わりましたね」
レスティーナは城壁を見上げた。
丸太の壁。
だが、その意味は大きい。
ここはもうただの開拓地ではない。
**帝国都市。**
レスティーナは静かに呟いた。
「ここからが本番」
人口五百。
それはただの始まりに過ぎない。
都市はこれから成長する。
千人。
二千人。
やがて――
レスティーナは森の奥を見た。
まだ人が来ている。
逃げてくる人々。
そしてこの都市へ流れ込む未来。
レスティーナは微笑んだ。
魔の森の都市は、今まさに動き始めたばかりなのだから。




