第22話 人口五百突破
城門が開かれてから三日が過ぎた。
魔の森の開拓都市には、朝から人の声が満ちていた。
丸太の城壁の内側では、至るところで人が動いている。井戸の周りでは水を汲む者たちが並び、空き地では新しい小屋が建てられていた。斧の音、木槌の音、子供の笑い声。数日前までは静かだった開拓地が、まるで別の場所のように賑わっている。
城壁の上では見張りが森を監視していた。
しかし彼らの視線の先にあるのは魔物ではない。
人だ。
森の奥から現れる、小さな影。
逃亡農奴たちである。
丘の上に立つレスティーナは、その光景を静かに見下ろしていた。
「来たわね」
隣に立つジェイが帳簿をめくる。
「本日だけで四十七人目です」
レスティーナは小さく頷いた。
三日前、最初の三十五人を受け入れてから流れは止まらなかった。
一日目――六十人。
二日目――八十人。
そして三日目。
今朝だけですでに四十人以上。
ジェイが数字を書き込む。
「現在人口……四百六十二」
レスティーナは笑った。
「もうすぐね」
帝国都市認定の条件。
人口五百人。
あと三十八人。
ジェイが少し苦笑した。
「本当に一週間もかかりませんでしたね」
レスティーナは肩をすくめる。
「だから言ったでしょ」
アルトがその横で腕を組んでいた。
帝国監察官である彼は、ここ数日ずっと都市の様子を観察していた。
「興味深い現象です」
レスティーナが振り向く。
「現象?」
「ええ」
アルトは城壁の外を見た。
スー公爵軍の野営地。
彼らは相変わらず丘の向こうで陣を張っている。
「公爵軍は包囲しているつもりでしょう」
レスティーナは笑う。
「でも実際は?」
アルトは答えた。
「宣伝部隊です」
ジェイが思わず笑った。
まさにその通りだった。
公爵軍が包囲しているという事実は、周辺の農村に急速に広まっていた。
そして噂も同時に広がる。
**魔の森に逃げ込めば助かる。**
**城壁の中に入れば兵は来られない。**
その結果――
人が流れてくる。
レスティーナは森の奥を見た。
「今日で五百いくわね」
その時だった。
城壁の上から声が響いた。
「人影多数!」
ジェイが顔を上げる。
森の奥。
木々の隙間から、十以上の影が見える。
逃げてくる人々だ。
レスティーナは静かに言った。
「門を開けて」
城門の兵が頷く。
「開門!」
巨大な丸太の門がゆっくり動いた。
重い音を立てながら門が開く。
逃げてきた人々が町へ飛び込んできた。
男。
女。
老人。
そして子供。
皆、必死の表情だった。
レスティーナは数える。
「一……五……十……」
ジェイも横で数えていた。
「二十七」
帳簿に数字を書く。
そして顔を上げた。
「人口……四百八十九」
あと十一人。
レスティーナは城門の方を見た。
その時。
森の奥からさらに人影が現れた。
十人以上。
レスティーナは微笑む。
「来たわね」
新しい逃亡者たちは転ぶように門をくぐった。
最後の一人が城門を越えた瞬間。
ジェイが静かに言った。
「五百突破」
レスティーナは目を細めた。
「何人?」
ジェイが帳簿を見る。
「五百四人」
アルトが小さく息を吐いた。
「……達成ですね」
レスティーナは頷いた。
これで条件は揃った。
城壁。
人口五百。
帝国都市認定の基準を満たした。
アルトは静かに言った。
「帝国監察官として確認します」
彼は城壁、町、人々をゆっくり見渡した。
井戸。
建物。
市場。
そして働く住民たち。
アルトは頷く。
「条件達成」
レスティーナは笑った。
「つまり?」
アルトは言った。
「この開拓地は」
一拍置く。
「**都市候補地として正式に認定されます**」
ジェイが思わず拳を握った。
「やりましたね」
だがレスティーナは静かだった。
まだ終わりではない。
むしろ――
始まりだ。
その時だった。
城壁の外で怒鳴り声が響いた。
「開けろ!」
スー公爵軍の兵だった。
アルトが目を細める。
「来ましたね」
レスティーナは笑う。
「当然ね」
人口五百を越えた都市。
それはもうただの開拓地ではない。
帝国法の保護を受ける存在だ。
ジェイが聞く。
「どうします?」
レスティーナは言った。
「門を閉めて」
兵が叫ぶ。
「閉門!」
重い門がゆっくり閉じる。
城壁の外では公爵軍の兵が怒鳴っている。
だがもう遅い。
アルトが静かに言った。
「帝国都市への攻撃は反逆罪です」
レスティーナは笑った。
「そういうこと」
城壁の上では住民たちが歓声を上げていた。
五百人。
それはただの数字ではない。
都市の誕生だ。
レスティーナは丘の上から町を見下ろした。
数日前まで小さな開拓地だった場所。
だが今は違う。
人がいる。
働く人。
生きる人。
家族。
子供。
都市とは建物ではない。
人だ。
レスティーナは小さく呟いた。
「ここからよ」
ジェイが聞く。
「何がです?」
レスティーナは森の奥を見た。
まだ人影が動いている。
逃げてくる人々。
そして遠くの丘にはスー公爵軍。
レスティーナは言った。
「人口千」
ジェイが目を丸くする。
「もう次ですか」
レスティーナは笑った。
「都市は止まらない」
アルトが苦笑した。
「帝国でもこんな都市は見たことがありません」
レスティーナは肩をすくめる。
「そのうち慣れるわ」
そして城壁の下へ歩き出した。
城門の前には、新しく来た農民たちが座り込んでいる。
疲れ果てた顔。
だがその目には希望があった。
レスティーナは言った。
「ここは都市よ」
男が震える声で聞く。
「追い返されませんか?」
レスティーナは首を振る。
「働くなら歓迎」
男の目から涙がこぼれた。
レスティーナは静かに町を見た。
城壁。
井戸。
家々。
人々。
都市はまだ小さい。
だが確実に成長している。
そして――
その流れは止まらない。
魔の森の都市は、今まさに誕生したばかりなのだから。




